騎士の逆鱗と王宮の崩落
王宮の秘密庭園からリヴィアが消えた数時間後。北方の戦場から、一騎の黒馬が凄まじい速度で王都へと駆け戻ってきた。
その男、アルヴィスは、魔物の返り血で漆黒の鎧をさらに黒く染め、瞳には見たこともないほどの狂気が宿っていた。
◇◇◇
王宮の正面門。通常であれば騎士団長といえど下馬し、礼を尽くすべき場所だが、アルヴィスは馬を止めることすらしなかった。
「退け。さもなくば斬る」
その一言と共に放たれた威圧感だけで、門番たちは腰を抜かし、武器を落とした。アルヴィスはそのまま王宮の奥深く、国王エドワードが震えながら待つ玉座の間へと突き進んだ。
「ア、アルヴィス卿! 落ち着け! 魔物討伐の報告なら後で――」
「リヴィア様は、どこだ」
アルヴィスの低い声が、広間に響き渡る。
「それは……その、お茶会の最中に、不慮の事態で姿を消されて……現在、全力で捜索を――」
言い終わる前に、アルヴィスが動いた。瞬きする間に国王の眼前に詰め寄り、その細い襟首を左手で掴み上げる。
「ぐ、がっ……!? 離せ、不敬だぞ!」
「不敬だと? 貴様こそ、我が一族が千年間守り抜いてきた『唯一の宝』を、その薄汚い政治の道具として使い、あまつさえ失ったのか」
アルヴィスの右手、腰の聖剣が鞘の中で鳴動する。彼の怒りに呼応し、膨大な魔力が王宮の壁を、天井を、ミシリと軋ませ始めた。
「教えろ、エドワード。……リヴィア様をどこへやった。もし彼女の白銀の髪が一房でも傷ついていたら、この国ごと貴様を地獄へ叩き落としてやる」
「ひ、ひぃぃ……! ジュリアンだ! ジュリアンが彼女を連れ出したのだ!」
その時、広間の隅からボロボロになったジュリアンが姿を現した。彼は父の命令で騎士たちに拘束されていたが、アルヴィスの姿を見て、覚悟を決めたように告げた。
「……アルヴィス。リヴィア様なら、もうここにはいない。私が逃がした」
アルヴィスは国王をゴミのように放り捨てると、ジュリアンの元へ歩み寄った。その一歩ごとに、床の大理石が粉々に砕ける。
「逃がした……だと? 私の守護から、彼女を奪ったというのか」
「ああ、そうだ。お前のその『重すぎる愛』からもな。彼女は泣きそうな顔をしていたぞ、神殿の檻の中で。……あの方は、お前の所有物じゃない」
アルヴィスはジュリアンの胸ぐらを掴み、そのまま壁に叩きつけた。王宮の壁に巨大なヒビが走り、轟音と共に天井の一部が崩落する。
「貴様に、彼女の何がわかる。……一族の執念、ヴァンの後悔、そして私の……この渇きが!」
アルヴィスは剣を抜かなかった。抜けば、この王宮そのものが消滅することを知っていたからだ。彼はただ、地獄の底から響くような声で宣言した。
「全騎士団に告ぐ。王宮を封鎖せよ。これより、我ら騎士団は王の命ではなく、私の……私の『欲望』に従って動く。リヴィア様を見つけ出すまで、この国の誰一人として眠ることは許さん」
アルヴィスは王宮を背にし、再び馬に飛び乗った。 彼の向かう先は、リヴィアの魔力の残滓が微かに漂う――下町の路地裏。
「……待っていてください、リヴィア様。今すぐ、その羽を毟ってでも、私の檻の中へ連れ戻して差し上げます」
狂気と愛が混ざり合った最強の騎士が、ついに「女神」ではなく「一人の女」を狩るために動き出した。




