路地裏の女神と、魔法のハンダ付け
王都の北側に位置する、活気だけが取り柄の下町。リヴィアは、一泊銀貨三枚という格安の安宿「飛び跳ねる家兎亭」の一室に身を置いていた。
「……まずは、お金を稼がなきゃ」
手元にあるのは、ジュリアンが持たせてくれたわずかな路銀と、お忍びの時にアルヴィスに買ってもらった安物の指輪だけ。これでは数日も持たない。リヴィアはボロい外套を深く被り、意を決して街へ飛び出した。
「すみません、ここで雇ってもらえませんか!」
最初に訪ねたのは、香ばしい匂いが漂うパン屋だった。しかし、店主はリヴィアの白く細い手を見て鼻で笑った。 「お嬢ちゃん、うちは力仕事だ。そんなひょろい腕じゃ、生地を捏ねるだけで日が暮れるぜ。他を当たりな」
次に訪ねた洗濯屋でも、食堂でも結果は同じ。千年前、魔法で何でもこなしていたリヴィアにとって、純粋な「肉体労働」は想像以上にハードルが高かった。
(……私、もしかして魔法以外、何もできない……?)
夕暮れ時。トボトボと歩くリヴィアの目に、一軒の古びた店が留まった。 看板には、見覚えのある古い歯車の紋章。――魔導具修理店。千年前、父と母が営んでいた店と、驚くほど似た空気を纏っていた。
店の奥では、店主らしき老人が、壊れた魔法ランプを前に唸り声を上げている。 「……くそ、回路の接続(接合)がうまくいかん。今の劣化魔法液じゃ、この繊細な魔導回路は繋げられんか……」
その光景を見た瞬間、リヴィアの体が勝手に動いた。
「それ、魔法液じゃなくて、指先で直接『魔力の糸』を編み込めば直りますよ」
「あん? 何を言って……」
老人が顔を上げる前に、リヴィアはひょいとランプを奪い取った。 彼女が指先にほんのわずかな熱を込め、回路の断線部分をなぞる。千年前、父の隣で何千回と繰り返した「家庭用魔法具の修理」だ。
パチッ、と小さな青い火花が散り、次の瞬間。 死んでいたランプが、太陽のように眩い光を放った。
「な、なんだと……!? 道具も使わずに、素手で魔導回路を溶接したというのか!?」
「あ、ええと、これくらい普通じゃないんですか?」
「普通なわけがあるか! 今の時代の魔導技師が三日がかりでやる作業を、一瞬で、それもこれほど精密に……! お嬢ちゃん、あんた一体何者だ!?」
――そこからの展開は早かった。
リヴィアはそのままその店で「修理のアルバイト」として雇われることになった。 彼女が直す魔導具は、新品以上の性能を発揮すると瞬く間に噂が広まる。 「壊れた家宝の懐中時計が直った」「消えかけていた街灯が、リヴィアが触れただけで聖なる光を放ち始めた」
たった三日で、下町の路地裏には「魔法の指先を持つ美少女技師」を求める長蛇の列ができてしまった。
(……やばい。目立たないようにしてたのに、また有名になっちゃってる気がする……!)
リヴィアが焦りを感じ始めたその頃。 王都の反対側では、血の匂いを纏った一人の男が、狂気すら孕んだ執念で路地裏を突き進んでいた。
「……見つけた、リヴィア様。この魔力の残滓……。私を置いて、こんな汚い街で、楽しそうに笑っているなんて」
外套のフードを深く被り、手にした剣を握りしめるアルヴィス。 彼の背後には、彼が通った後に「恐怖」で静まり返った街の景色が広がっていた。




