女神降臨のパニック・デイ
王太子と教皇の訪問から次の日の朝、リヴィアは神殿の外から響く、地鳴りのような轟音で目を覚ました。
「……何? 地震? それとも魔物の襲撃?」
慌てて窓に駆け寄り、リヴィアは絶句した。 神殿を取り囲む広場から、続く大通り、さらには遠くに見える街の屋根の上にまで――見渡す限りの「人、人、人」で埋め尽くされていたのだ。
「リヴィア様! 女神様! 姿を見せてください!!」 「私たちの病を治して! 豊作を授けて!!」
数万人の叫び声が、物理的な圧力となって神殿を揺らしている。
「……アルヴィスさん、これ、どういうこと!?」
背後に音もなく控えていたアルヴィスが、今までにないほど不機嫌そうな、殺気すら漂う顔で答えた。
「――国王陛下が、昨晩のうちに『女神降臨』の詔を全土に発布されました。さらには『リヴィア様の目覚めを祝し、三日三晩の宴を執り行う。幸運な者は女神の御尊顔を拝めるであろう』などという、余計な一文まで添えて」
「エドワードさぁぁぁん!!」
リヴィアは頭を抱えた。あの涙もろい国王が、興奮のあまり「世界中に自慢したい」という誘惑に勝てなかったのは明白だった。
「リヴィア様、ご安心を。不敬な羽虫どもがこれ以上近づかぬよう、神殿の全門を封鎖し、騎士団の精鋭に『実力行使も辞さない構えで追い払え』と命じてあります」
「ダメだよ! みんなお祝いに来てくれただけなんだから! 誰かが怪我をしたらどうするの!」
「しかし、このままではリヴィア様の安眠が妨げられます。いっそ私が、あの群衆を恐怖で黙らせて――」
「もっとダメ!!」
リヴィアは決意した。このままでは神殿が壊されるか、アルヴィスが暴走して「伝説の騎士団による民衆鎮圧」という最悪の歴史が刻まれてしまう。
「アルヴィス様、テラスに出るわ。みんなに挨拶して、落ち着いてもらうの」
「リヴィア様!? 危険すぎます! 民衆の熱狂は時に刃となります。どうしてもとおっしゃるなら、私が貴女を盾で覆い隠しながら――」
「それじゃ顔が見えないでしょ! ……いいから、私を信じて」
リヴィアは、最高級のドレスの裾を翻し、白銀の髪をなびかせてテラスへと歩み出た。 アルヴィスがすぐ後ろでいつでも剣を抜けるよう身構える中、彼女が民衆の前に姿を現した瞬間――。
――世界が、静まり返った。
あまりの神々しさに、数万人が一斉に息を呑んだのだ。 リヴィアは、千年前の記憶にある「母さんが客寄せに使っていた魔法」を思い出し、指先から淡い光の粒を空へ放った。
「皆様、お集まりいただきありがとうございます。私はリヴィア。……今のこの平和な景色を、皆さんと共に見られたことを、心から嬉しく思います」
光の粒が雪のように民衆に降り注ぎ、人々の心にある焦燥や興奮を、穏やかな安らぎへと変えていく。 静寂の後、今度は怒号ではなく、地を這うような深い「祈り」の声が広場を満たした。
アルヴィスは、その光景を見て、悔しそうに、けれど誇らしげに呟く。
「……まったく。これでは、私がどれだけ遠ざけようとしても、世界が貴女を放っておかないわけです」
こうして、リヴィアの「目覚め」は正式に国民の知るところとなり、彼女のスローライフは、国家規模の「推し活」の対象へと変貌を遂げたのであった。




