どんどん来る訪問者
神殿の応接室で寛いでいると、真っ白な法衣に身を包んだ老人が現れた。
彼は国王のように震えることも、アルヴィスのように殺気を放つこともしない。ただ、冷徹なまでに穏やかな微笑みを湛えていた。
「……お初にお目に掛かります、現世に降り立ちし暁の女神、リヴィア様。私は教皇を務めさせて頂いております、ピウス・ベルナルドと申します」
教皇はリヴィアの前で深く頭を下げたが、その動作には一分一厘の隙もない。
「教皇様…?わざわざご挨拶ありがとうございます」
「挨拶などという軽いものではございません。女神様、貴女様が目覚められた以上、我ら教団は古き教えを正さねばなりません。つきましては……明日より、貴女様には『大聖堂の奥の院』へと移っていただき、一日三回の祈りと、信徒たちへの祝福の儀式を執り行っていただきます」
その言葉に、真っ先に反応したのはアルヴィスだった。彼はリヴィアを遮るように前に出る。
「教皇ピウス、勝手なことを。リヴィア様の安息を管理するのは、我ら騎士団の役目だ。奥の院などという隔離された場所に、彼女を閉じ込める許可は出していない」
「……アルヴィス卿、貴公は相変わらず血の気が多い。これは『管理』ではなく『聖域の保護』です」
教皇は細い目を開き、リヴィアをじっと見つめた。
「リヴィア様。貴女様はあまりに尊い。昨日、街を歩かれたと聞き及んでおりますが、それは神としての威厳を損なう行為です。女神は手の届かぬ高みにいてこそ、民を導く光となる。下界の塵にまみれ、パンを食らうような姿を民に見せてはなりません。それは……信仰の崩壊を意味します」
「……パンを食べるのが、いけないことなのですか?」
「神に食事(栄養摂取)は不要。それはあくまで『儀式』として行われるべきものです。貴女様が『一人の人間』として振る舞うことは、この国を支える宗教的基盤を破壊する。……よろしいですか。貴女様が『人間』であれば、この国はただの詐欺師に支配された国になってしまうのです」
教皇の言葉は、鋭い針のようにリヴィアの心を刺した。 自分が「人間」であることを肯定すれば、この国を支える「神話」が壊れる。アルヴィスが軍事力で守ろうとするリヴィアを、教皇は「論理」という名の鎖で縛りにきたのだ。
「教皇。それ以上無礼を重ねるなら、この場で聖衣を血で染めることになるぞ」
アルヴィスが剣の柄に手をかける。だが、教皇は動じない。
「斬ればよろしい。ですが、女神様を『ただの女』として扱うことは、貴公の一族が千年間守ってきた大義をも否定することになりますぞ、アルヴィス卿」
部屋を支配する、重苦しい沈黙。リヴィアは、自分を挟んで対立する「武力」と「宗教」の狭間で、息が詰まりそうになる。 教皇が求めているのは「生きたリヴィア」ではなく、玉座に座り続ける「動かない神像」だった。
「……アルヴィスさん、剣を引いてください。……教皇様、あなたの言うことはわかりました。でも、私がどう振る舞うかは、私が決めます。千年前、私にこの国を救ってほしいと願った人たちは、私に『石像』になってほしかったわけじゃないはずだから」
リヴィアが毅然と言い放つと、教皇は薄く笑った。
「……左様ですか。では、その『神の意志』が本物かどうか……近いうちに行われる『大祭』にて、全信徒の前で証明していただかねばなりませんな」
教皇は静かに去っていった。残されたリヴィアは、崩れるように椅子に座り込む。
「……アルヴィスさん…。私、やっぱり『女神』なんてやめたい」
アルヴィスは、リヴィアの震える肩を抱き寄せた。その鎧の冷たさが、今は妙に心地よかった。
「……やめさせません。ですが、教皇の言いなりにもさせない。貴女を『神像』にしようとする奴らは、私が一人残らず黙らせます。……たとえ、神殿そのものを敵に回しても」
「リヴィア様、あの男……ピウス・ベルナルドには注意してください。彼はかつて、教団内の権力抗争を『神の審判』と称して全て勝ち抜いてきた男です。彼にとって信仰とは、人を支配するための最も効率的な道具に過ぎない。あのような男に、貴女の清らかな心を利用させるわけにはいきません」




