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第9章 亀裂
石田奈緒が姿を消してから、施設の空気は、はっきりと濁り始めた。
掲示板には、簡単な紙が一枚。
――石田奈緒、自己都合退職。
それだけ。
だが、誰も、その言葉を信じていなかった。
噂は、すぐに回った。
「……辞めたその日に、警察に行ったらしいよ……」
「……あの子、記録、持ってたって……」
疑いは、音もなく、廊下を満たしていった。
*
午前の入浴介助。
看護師長自ら、現場に立っていた。
「最近、事故が多いからね」
床は異様なほど乾かされ、手すりも何度も拭かれている。
(……守りに入った)
*
昼前、女刑事が、私服で現れた。
名刺も出さず、廊下を歩く。
看護師長と目が合う。
「最近、職員の出入りが多いですね」
何気ない一言。
空気が凍る。
*
午後、娘が施設長室に呼ばれた。
数十分後、怯えた顔で出てくる。
「……そんな話、聞いてない……」
(……家族も、巻き込まれ始めた)
*
夜。
「……警察、石田から話聞いてるらしいよ……」
恐怖。
疑念。
裏切り。
組織は、壊れ始めていた。
次は――
「家族」。




