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『記録されなかった罪 ――桜ヶ丘苑連続事故事件』  作者: キロヒカ.オツマ―


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第33章 遺された設計図

新聞は、小さく報じただけだった。


――高齢男性、病院階段から転落死。

――家族関係にトラブルの形跡なし。

――施設内事故との関連は不明。


婿の死も、同じ扱いだった。


自宅階段、深夜、転倒。

首の骨折。

即死。


事件性、なし。


三件の事故。


三人の家族。


三つの「偶然」。


世間は、

“運の悪い一家”として、

それ以上、興味を示さなかった。



だが。


藤堂理沙だけは、

終われなかった。


彼女の机の上には、

一冊の、薄いノートが、置かれていた。


桜ヶ丘苑。


憲治の、ベッドの下から、

清掃員が、偶然、見つけたもの。


布に包まれ、

湿気で、少し、歪んでいる。


表紙に、何も書かれていない。


藤堂は、

手袋をして、そっと、開いた。


中身は。


――文字。


歪んだ、震えた、ひらがな。


だが。


異様なほど、整然とした、構成。


日付。


名前。


配置図。


施設の平面図。


家族の家の、間取り。


病院の、非常階段の構造。


(……設計……)


それは、

日記ではなかった。


犯行記録でも、なかった。


――計画書。



最初のページ。


妻の名前。


その横。


「ころぶ ばしょ」


階段の図。


手すりのネジ。


床の傾斜。


数年後の日付。


そして。


小さく。


――「れんしゅう」


藤堂の、指が、震えた。


(……最初から……)


事故では、なかった。


すべて。


何年も前から、

順番に、

“練習”されていた。



次のページ。


娘。


婿。


孫。


名前の横に、

丸と、×。


赤鉛筆。


――娘 あと

――むこ さいご


そして。


一番、最後のページ。


自分の名前。


「けいじ」


その下に。


病院の階段の、詳細な図。


高さ。


角度。


落下位置。


――「ここで おわり」


藤堂は、

その場で、椅子から、立てなくなった。


(……最初から……)


彼は。


逃げるつもりなど、なかった。


裁かれる気も、なかった。


“最後に死ぬ場所”まで、

自分で、決めていた。



さらに、

ノートの、裏表紙。


布の裏に、

縫い込まれた、小さな、メモ。


たった、一行。


――「わすれた ふりが いちばん つよい」


藤堂は、

ゆっくり、息を、吐いた。


認知症。


壊れた老人。


誰も、疑わない存在。


だからこそ。


完璧に、

復讐者になれた。



数日後。


病院。


真理子の病室。


彼女は、生きている。


だが。


右半身は、動かず。


声も、出ない。


視線だけが、

かろうじて、動く。


藤堂は、ベッドの横に、立った。


「……あなたの、お父さんは……」


言葉を、探す。


真理子の目から、

涙が、静かに、流れた。


藤堂は、続けた。


「……あなたは……」


「……もう……誰にも……見捨てられません……」


答えは、ない。


だが。


その瞬間。


真理子の、左手の指が、

ほんの、わずかに、動いた。


シーツを、引っかく。


――とん。


――とん。


二回。


藤堂の、喉が、鳴った。


(……まさか……)


彼女は。


父のことを。


――わかっている。



その夜。


藤堂は、ひとり、報告書を書いた。


正式な結論。


「北尾憲治による連続殺人および自殺」


だが。


最後の欄。


動機。


そこに、彼女は、こう、記した。


――長期にわたる家族および施設職員からの精神的・身体的虐待への復讐。


だが。


その下に、

誰にも見せない、私的メモ。


――「この事件は、終わっていない」



数週間後。


桜ヶ丘苑。


新しい入居者が、入ってきた。


七十八歳。


認知症。


意思疎通、困難。


職員は、また、同じように、扱う。


優しく。


表向きは。


だが。


夜。


消灯後。


その老人が、

天井を、見つめながら、

小さく、笑った。


誰にも、聞こえない声で。


「……ここも……いい……」


ナースコールの、音。


遠くの、足音。


同じ、廊下。


同じ、階段。


同じ、構造。


老人の、指が、

シーツの裏を、なぞる。


――次の、設計図を。


藤堂は、知らない。


復讐は、

一人で、終わるものでは、ないということを。


壊れた場所は、

また、同じ怪物を、生む。


そして。


「疑われない怪物」は、

この国に、

いくらでも、眠っている。

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