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『記録されなかった罪 ――桜ヶ丘苑連続事故事件』  作者: キロヒカ.オツマ―


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第32章 疑われない怪物

藤堂理沙は、その夜、眠れなかった。


シーツの裏に刻まれていた文字。


――「つぎ むすめ」


幻覚ではない。


確かに、あの指は、

“意志をもって”動いていた。


そして、あの目。


重度認知症の患者の目では、

決して、なかった。


(……でも……ありえない……)


机に並ぶ資料。


医師の診断書。


長期認知症。


意思疎通不能。


要介護3。


施設の記録は、すべて、完璧だった。


だが。


藤堂は、一つ、異様な点に、気づいていた。


北尾憲治の診断記録。


事故の、直後。


頭部打撲。


脳震盪。


だが、その後の再検査。


――簡易検査のみ。


MRIも、精密検査も、

一度も、行われていない。


(……誰かが……止めた……?)



翌朝。


藤堂は、単独で、病院に戻った。


真理子の病室。


今度は、警官を、廊下に立たせていた。


だが。


病室に入った瞬間。


藤堂の、心臓が、沈んだ。


ベッドは、空。


点滴スタンドだけが、

倒れたまま、残っている。


「……患者さんは!?」


看護師が、青ざめて答える。


「……さ、さっき……」


「……リハビリ室に……」


「……お父様が……来られて……」


藤堂の頭が、真っ白になる。


「……何て……?」


「……面会手続き……済んでて……」


「……“家族”だって……」


背筋が、凍りついた。



リハビリ棟。


誰もいない、廊下。


藤堂は、走った。


リハビリ室。


開いた扉の奥。


真理子は、

車椅子に、座らされていた。


腕と、脚。


ベルトで、固定されている。


口には、

白い、ガーゼ。


声を、出せない。


その前。


北尾憲治が、

車椅子に座って、

静かに、向き合っていた。


介護士の姿は、ない。


藤堂は、銃に、手をかけた。


「……北尾憲治……!」


ゆっくり。


老人が、振り向いた。


――完全に、正気の顔。


「……やっと……来たか……刑事さん……」


藤堂は、

言葉を、失った。


「……な……んで……」


「……歩けないはず……」


憲治は、

自分の膝を、軽く、叩いた。


「……歩けないのは……演技だ……」


「……でも……走るのは……無理でな……」


微笑。


優しい、祖父の顔。


だが、目だけが、

底なしに、冷たい。


「……やめて……父さん……」


真理子の目から、涙が、こぼれる。


憲治は、ゆっくり、彼女の頬を、撫でた。


「……おまえは……昔から……嘘が、下手だ……」


「……見舞いに来るたび……」


「……早く、死ねばいい……って……顔に……書いてあった……」


藤堂が、叫ぶ。


「放しなさい!」


「今なら……まだ……!」


憲治は、首を、振った。


「……刑事さん……」


「……これは……殺しじゃ……ない……」


「……“教育”だ……」



彼は、

車椅子の下のバッグから、

一本の、注射器を、取り出した。


透明な液体。


「……心臓の薬……少し……多め……」


「……止まりは……しない……」


「……ただ……」


「……半身が……動かなくなる……」


藤堂の声が、震える。


「……あなた……自分の娘ですよ……!」


憲治は、

初めて、少しだけ、笑みを消した。


「……娘だからだ……」


「……家族だから……逃げない……」


「……逃げられない……」


真理子は、

必死に、首を、振った。


涙で、顔が、ぐしゃぐしゃになる。


憲治は、

針を、ゆっくり、彼女の腕に、近づけた。


その瞬間。


廊下から、

警官の声。


「藤堂さん!」


「上の階で……!」


非常ベルが、鳴る。


――火災警報。


憲治の、口角が、上がった。


「……ほら……」


「……組織は……混乱すると……何も……見えなくなる……」


藤堂は、

一歩、踏み出した。


だが。


憲治は、

すでに、針を、刺していた。


ゆっくり。


押す。


真理子の、身体が、

びくり、と、跳ねた。


「……あ……あ……」


声にならない、悲鳴。


藤堂は、

銃を、構えた。


「……動かないで……!」


憲治は、

注射器を、置き、

両手を、上げた。


「……もう……いい……」


「……次は……婿だ……」


その瞬間。


廊下から、

複数の足音。


警官隊。


藤堂は、叫んだ。


「確保して!」


だが。


憲治は、

車椅子を、後ろに、下げ、

非常階段の扉を、開けた。


そして。


――ためらいもなく。


自分ごと、

階段の闇へ、

身を、落とした。


轟音。


悲鳴。


沈黙。



数分後。


階段の踊り場。


北尾憲治は、

血の海の中で、倒れていた。


首は、

不自然な角度。


即死。


顔には。


――満足そうな、微笑。


藤堂は、膝を、ついた。


理解した。


彼は、捕まるつもりなど、なかった。


最初から。


「……逃げ切る……つもりだった……」



病室。


真理子は、生きていた。


だが。


右半身。


完全麻痺。


声も、出ない。


藤堂は、ベッドの脇で、

拳を、強く、握った。


(……止めきれなかった……)


だが。


事件は、まだ、終わっていなかった。


翌日。


一本の電話。


「……刑事さん……」


「……北尾さんの……婿さんが……」


「……自宅で……首を……」


藤堂は、

ゆっくり、目を、閉じた。


最後まで。


彼は、

“家族”を、壊しきって、

死んだ。


――続く。

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