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『記録されなかった罪 ――桜ヶ丘苑連続事故事件』  作者: キロヒカ.オツマ―


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第30章 最初の家族

婿は、事故だと思っていた。


義母の転落も、

病院の入院も、

すべて、「運が悪かっただけ」。


自分は、何もしていない。


していないのに――


夜になると、

必ず、夢を見る。


階段の上。


誰かが、後ろに、立っている。


振り向こうとすると、

体が、動かない。


「……お……ま……え……」


聞き覚えのない、老人の声。


喉元に、冷たい息。


そして、

必ず、階段を、踏み外す。


毎晩、同じ夢。



会社。


婿――北尾雅人は、

営業先で、ミスを連発していた。


数字を間違え、

約束を忘れ、

書類を落とす。


上司に、睨まれる。


「最近、どうしたんだ?」


「……すみません……」


手が、震える。


ポケットの中で、

スマートフォンが、何度も、震えた。


非通知。


出ない。


だが、

切っても、切っても、

また、鳴る。


昼休み。


意を決して、出た。


「……もしもし……」


雑音。


そして、

低く、かすれた声。


「……ま……だ……」


「……お……わ……っ……て……な……い……」


雅人は、

スマートフォンを、落とした。


周囲の社員が、

怪訝な顔で、見る。


「……誰だよ……今の……」


履歴、なし。


番号、なし。



帰宅。


夜。


妻は、実家の母の見舞いで、留守。


一人の、リビング。


テレビをつけるが、

音が、頭に、入らない。


テーブルの上に、

封筒が、置いてあった。


見覚えのない、白い封筒。


宛名、なし。


中。


写真。


施設の面会室。


車椅子の老人。


自分。


孫。


あの日。


孫が、額を、つついている瞬間。


その写真の、裏。


赤いペンで、

一行。


――「次は、お前」


喉が、鳴る。


(……見ていた……)


(……あの場に……誰か……)


いや。


職員しか、いない。


まさか――



深夜。


シャワーを浴び、

酒を飲み、

無理やり、眠ろうとした。


だが。


ベッドの下から、

音がした。


……きい。


……ぎし。


誰か、いる。


電気をつける。


何も、いない。


だが、

枕元に、

小さな、紙切れ。


「延命、いらないでしょ」


自分の、言葉。


面会室で、

笑いながら、言った、あの言葉。


雅人は、

初めて、はっきりと、悟った。


(……殺される……)



翌朝。


妻から、電話。


「……ねえ……お母さんの病院で……」


声が、震えている。


「……昨日……誰かが……病室に……」


夜中、

義母の点滴が、

外されていた。


看護師の巡回で、

すぐ、気づいた。


事故扱い。


監視カメラは、

ちょうど、点検中。


「……誰かの……いたずら……だよね……?」


雅人は、

答えられなかった。



その夜。


会社から、早退。


真っ直ぐ、帰宅。


だが。


玄関の鍵が、

内側から、開いていた。


心臓が、跳ねる。


恐る恐る、入る。


家の中は、

何も、荒れていない。


リビングの壁。


額縁の裏。


赤いペン。


大きな文字。


――「順番」


床に、

もう一枚、紙。


「階段、気をつけて」


雅人は、

声にならない悲鳴を、上げた。



翌日。


彼は、会社を休み、

一人で、施設へ、向かった。


理由もなく。


ただ、

確かめたかった。


あの老人が、

本当に、そこに、いるのか。


面会室。


ガラス越し。


憲治は、

いつものように、

虚ろな目で、

天井を、見ていた。


雅人は、

震える声で、言った。


「……あんた……」


「……あんたが……やってるんだろ……」


反応、なし。


職員が、

怪訝そうに、見る。


「……何か……?」


「……い、いえ……」


立ち去ろうとした、その瞬間。


背後から、

低い声。


「……あ……し……」


振り向く。


憲治の口が、

ゆっくり、動いていた。


「……す……べ……り……」


「……る……」


職員が、すぐ、駆け寄る。


「北尾さん、どうしました?」


だが、

その顔には、

いつもの、無表情。


雅人は、

逃げるように、施設を、出た。



三日後。


夜。


義母の病院から、

一本の電話。


「……ご家族の方……至急……」


階段。


病院の非常階段。


義母は、

転落していた。


今度は、

重体。


意識、戻らず。


警察が、来た。


だが。


監視カメラ、

やはり、故障。


手すりのボルト、

わずかに、緩んでいた。


「……事故でしょう……」


刑事は、そう言った。


だが。


雅人の携帯に、

同時刻。


非通知。


一通の、音声メッセージ。


再生。


「……じゅ……ん……ば……ん……」


「……つ……ぎ……は……」


それだけ。


雅人は、

その場で、崩れ落ちた。



同じ夜。


施設。


憲治は、

ベッドに、横たわりながら、

天井に、ゆっくり、指で、文字を、なぞっていた。


――母。


――婿。


次は――


娘。


一番、近くで、

一番、裏切った。


そして。


一番、苦しめる。


(……まだ……だ……)


(……壊……れ……る……ま……で……)


遠くで、

救急車のサイレンが、鳴っていた。


それが、

誰のためのものか、

彼は、もう、知っていた。


――続く。

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