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『記録されなかった罪 ――桜ヶ丘苑連続事故事件』  作者: キロヒカ.オツマ―


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第24章 事情聴取

施設長・三浦健一は、県警本部の取調室に座っていた。


壁は灰色。

机は金属製。

時計の音だけが、異様に大きく響く。


向かいに座っているのは、あの女刑事だった。


名前は、佐伯由紀。


四十代半ば。

無駄な動きがなく、視線だけが鋭い。


「……では、昨夜の件から確認します」


淡々とした声。


「午前一時二十分。あなたは、桜ヶ丘苑の二階病棟に入り、北尾憲治さんの病室に、約三分滞在しています」


三浦は、指を組み、うなずいた。


「夜間巡回です。管理者として、状況確認を……」


「通常、施設長が深夜に巡回しますか?」


一瞬、詰まる。


「……最近、問題が多かったので」


「問題、とは?」


「……事故が続いたので……職員が、きちんとやっているか……」


佐伯は、黙って、資料を一枚、差し出した。


防犯カメラの静止画。


薄暗い廊下。

病室の前に立つ、三浦の後ろ姿。


「このとき、誰にも報告していませんね」


「……急でしたから」


「北尾さんに、何か、話しかけましたか?」


「……いいえ……寝ていたので……」


「触りましたか?」


その一言で、空気が凍る。


「……なぜ、そんな……」


「触っていない、でいいですね」


「……はい……」


だが、佐伯の視線は、離れなかった。



同じ頃。


桜ヶ丘苑。


朝のケアが始まる時間。


憲治は、ベッドに横たわり、天井の染みを眺めていた。


今日、施設長は、来ない。


もう、戻ってこないかもしれない。


(……予定通り)


昨夜の「指」。


あれだけで、十分だった。


カメラ。

記録。

刑事の疑念。


人は、「見たかもしれない」という記憶を、

自分で、どんどん膨らませる。



午前十時。


病棟に、佐伯が現れた。


今度は、制服。


管理者不在の施設は、露骨に、ざわついていた。


ナースステーションの前で、立ち止まる。


「……北尾憲治さんの、最近の様子、教えてください」


若い看護師が、戸惑いながら答える。


「重度の認知症で……ほとんど意思疎通は……」


「夜間覚醒は?」


「……最近は、あまり……」


佐伯は、記録を受け取り、静かに目を通す。


――異常なし。

――問題行動なし。

――意思疎通不可。


すべて、完璧だった。


完璧すぎるほど。



彼女は、そのまま、憲治の病室に入った。


カーテンを、そっと開ける。


老人は、目を閉じ、口を半開きにして、眠っている。


「……北尾さん」


呼びかけても、反応はない。


近づき、顔を覗き込む。


しわだらけの顔。

濁った目。


――本当に、何もわからない老人。


の、はず。


だが。


佐伯は、違和感を覚えた。


呼吸のリズム。


まばたきの間隔。


(……“見られている”……)


そんな感覚。


錯覚だと、頭ではわかっている。


だが。


彼女は、あえて、低い声で言った。


「……あなた、本当に、何も、わからないんですか」


沈黙。


数秒。


十秒。


何も、起きない。


――やはり、考えすぎか。


そう思った瞬間。


憲治のまぶたが、

ほんの一瞬だけ、

ぴくりと動いた。


佐伯の背筋に、冷たいものが走る。


「……今の……?」


看護師が、慌てて言う。


「反射だと思います……」


だが、佐伯は、動かなかった。


視線を、外さなかった。


(……偶然……?)



取調室。


三浦は、二本目の取り調べを受けていた。


「過去五年間の事故記録です」


分厚いファイル。


「転倒十二件。誤嚥死二件。浴室事故一件」


「……高齢者施設では、珍しくありません」


「共通点があります」


佐伯が、写真を並べる。


すべて、

同じ病棟。

同じ時間帯。

同じ担当。


そして――


「すべて、北尾憲治さんの、隣室、もしくは同フロアです」


三浦の喉が、鳴った。


「……偶然です……」


「そうでしょうか」


「あなた、石田奈緒さんのメモ、回収しましたね」


沈黙。


「念書、書かせましたね」


沈黙。


「防犯カメラ、壊れていることに、してましたね」


三浦の額に、汗がにじむ。


佐伯は、最後に、こう言った。


「……あなた、誰かを、かばっていませんか?」



夜。


病室。


憲治は、ゆっくりと、目を開けた。


今日は、誰にも、触られなかった。


誰にも、叩かれなかった。


誰にも、罵られなかった。


代わりに――


刑事が、来た。


管理者が、捕まった。


外の世界が、勝手に、壊れ始めている。


(……いい流れだ)


だが、まだ、終わりではない。


施設は、崩れかけているだけ。


本当に、壊すべきものは――


「家族」。


そして、

「自分を、狂人にした医師」。


最後に――


「この施設、そのもの」。


憲治は、静かに、目を閉じた。


次は、

“事故”では済まない。


警察が、

「事件」として、動かざるを得ない形で――


一人、消す。


――続く。

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