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『記録されなかった罪 ――桜ヶ丘苑連続事故事件』  作者: キロヒカ.オツマ―


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第20章 供述

施設長が警察署に入ったのは、夜の八時を回っていた。


取調室は狭く、白く、無機質だった。


金属の机。

硬い椅子。

天井の蛍光灯。


施設長は、コートも脱がぬまま、深く腰を下ろした。


正面に座ったのは、あの女刑事だった。


名前は、藤堂理沙。


四十代半ば。

淡々とした声と、逃がさない目。


「……北尾憲治さんの件から、聞かせてください」


施設長は、すぐに否定した。


「事故です。転倒事故……施設では、よくある……」


「転倒事故が、三ヶ月で四回も起きますか」


藤堂は、ファイルを一冊、机に置いた。


開く。


夜勤記録。

拘束指示。

鎮静剤の投薬履歴。


赤ペンの線が、何本も引かれている。


「しかも、すべて、同じ班の夜勤です」


施設長の喉が、鳴った。


「……現場の判断で……」


「あなたの署名があります」


沈黙。


長い沈黙。


やがて、施設長は、震える手で、額を押さえた。


「……現場が……回らなくて……」


それが、最初の崩れだった。



夜半。


副施設長、看護師長、主任介護士。


三人が、別々の部屋で、同時に事情聴取を受けていた。


誰もが、最初は口を閉ざす。


だが、机に置かれる証拠は、あまりに多かった。


改ざん記録。

裏の事故一覧。

USBのコピー。


「……あなた一人で、背負う話じゃありませんよ」


その一言で、誰かが、ぽつりと、言った。


「……石田が……やりすぎたんです……」


それを皮切りに、名前が、次々と出始めた。


拘束を強めた職員。

投薬を指示した上司。

家族対応を黙認した管理職。


だが。


誰も、ひとつの名前だけは、はっきり言わなかった。


――北尾憲治。


皆、無意識に、そこを、避けていた。



同じ頃。


病院の個室で、北尾の娘は、天井を見つめていた。


点滴の管。

心電図の音。


その横の椅子に、婿の達也が、疲れ切った顔で座っている。


「……ニュース……見たか……」


娘は、弱々しく、うなずいた。


「……父さんの施設……だよね……」


達也は、言葉を濁した。


「……大きな施設だから……たまたま……」


だが、内心では、冷や汗が止まらなかった。


(……まさか……)


彼は、あの老人を、何度、笑っただろう。


何度、金の話をしただろう。


何度、「早く逝けばいい」と、口にしただろう。


もし――

もし、何か、調べられたら。


携帯が、震えた。


知らない番号。


一瞬、無視しかけて、出た。


「……はい……北尾ですが……」


受話器の向こう。


低く、かすれた声。


「……ご無沙汰しています……達也さん……」


心臓が、跳ねた。


「……だ、誰だ……」


「……忘れましたか……」


一拍。


「……義父です……」


達也は、声が、出なかった。


「……お父……さん……?」


「……驚きますよね……」


くすり、と、笑う気配。


「……でも……大丈夫……誰にも……言いません……」


「……ただ……少し……お願いが……」


達也は、全身が、冷たくなるのを感じた。


「……な、何を……」


「……明日……一人で……施設に来てください……」


「……家族には……内緒で……」


「……話したいことが……あるんです……」


通話は、それだけで、切れた。


達也は、携帯を、握りしめたまま、動けなかった。


(……認知症……じゃ……なかった……?)


(……いつから……)


ベッドの上で、娘は、何も知らず、眠っている。


逃げるか。

断るか。

行くか。


だが。


番号は、すでに、着信履歴に、残っていた。



その頃。


桜ヶ丘苑の暗い部屋で、憲治は、静かに、受話器を置いた。


口元に、かすかな、笑み。


(……来る……)


(……逃げない……やはり……弱い……)


次は、密室。


次は、証言。


そして――


家族の中で、最初に、壊れるのは、

一番、卑怯な人間。


天井の染み。


三十八。


一つ、増えていた。


――続く。

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