表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『記録されなかった罪 ――桜ヶ丘苑連続事故事件』  作者: キロヒカ.オツマ―


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/37

第10章 血縁

面会日。


週に一度、家族が集まる日だけ、桜ヶ丘苑の一階は、少しだけ騒がしくなる。


売店の前に人が立ち、面会室の椅子がすべて埋まる。


笑い声。

作り物の優しさ。

そして――無遠慮な視線。


憲治は、車椅子に乗せられ、いつもの窓際に置かれた。


娘と、婿と、孫。


三人そろって来るのは、久しぶりだった。


「ほら、おじいちゃん来たよ」

「……まだ生きてたんだ」


婿の声は、冗談めかしていたが、そこに、温度はなかった。


娘は、職員の前では、いつものように、頭を下げる。


「いつもすみません……本当に、手がかかる人で……」


それは、

“良い家族”を演じるときの、決まり文句だった。


職員が、慣れた笑顔で応じる。


「いえいえ、大丈夫ですよ。北尾さん、重度ですから」


――重度。


その一言で、空気が、完全に決まる。


憲治は、目を細め、口を半開きにして、意味のない音を出した。


「……あ……あ……」


孫が、顔をしかめる。


「くさ……」


娘は、慌てて、ハンカチで口元を拭いた。


「もう……汚い……」



会話は、いつも通りだった。


施設の愚痴。

介護費用の話。

遺産の分け方。


すべて、本人の目の前で。


「正直さ……こんな状態で生きてても、意味ないよね」


婿が、コーヒーをすすりながら言う。


「延命とか、いらないでしょ」


娘は、周囲を気にしてから、小さくうなずいた。


「先生にも言われたし……その方が本人も楽だって……」


建前ではなく、

本音だった。


憲治の耳は、すべて、正確に拾っていた。


(……殺してほしい、か)


孫が、興味本位で、顔を近づけた。


「ねえ、じいちゃん、わかる?」


指で、額をつつく。


強めに。


職員は、止めなかった。

誰も、注意しなかった。


憲治は、目を閉じ、舌をだらりと垂らした。


「……あ……」


孫は、笑った。


「やっぱ、バカだ」



その夜。


面会室の片隅にあった、記録用タブレットが、棚に戻されていなかった。


憲治は、夜勤の巡回の隙に、ゆっくりと、手を伸ばした。


指先は、まだ、十分に動く。


画面をつける。


暗証番号。


何度か、指を止めたあと、

――娘の誕生日。


試しに打ち込むと、

あっさり、鍵が外れた。


(……変わっていない)


家族連絡欄。

緊急連絡先。

住所。

勤務先。


すべて、そこにあった。


彼は、時間をかけて、ひとつひとつ、記憶した。


書き写さない。

証拠を残さない。


頭の中に、正確に刻み込む。



翌日。


施設に、一本の電話が入った。


「……北尾さんの、ご家族のことで……」


職員が、受話器を持ったまま、顔色を変える。


施設長が、呼ばれ、別室に入る。


しばらくして、低い声が漏れてきた。


「……自宅で、転倒……意識不明……?」


娘だった。


階段から、落ちたらしい。


大きな怪我ではないが、しばらく入院。

面会は、当分、来られない。


職員たちは、口々に言った。


「大変ですね……」

「心配ですね……」


憲治は、車椅子の上で、静かに、うなずいた。


心配など、していない。


階段の手すりに、ほんの少しだけ、

“緩み”を作っただけだ。


誰にも、気づかれず。


偶然の事故。


だが――


それは、始まりにすぎなかった。


血縁は、

一番、深く、長く、

人を縛る。


そして、

一番、壊れやすい。


天井を見つめながら、憲治は、次の名を、心の中で呼んだ。


――婿。


次は、

「逃げられない形」で、

失わせる。


――続く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ