第九話『再会そして出会い』
登場人物
◎ゆき
15歳 女性
茶色い髪 茶色い瞳
旧会津藩家老佐川官兵衛に仕えていた馬丁の一
人娘
馬と心を通わせることが出来る
◎たけ
17歳 女性
ゆきが仕えた佐川家の向かいの西川家に下働き
の女中として仕えていた
二歳年下のゆきと仲が良かった
八戸の遊女斡旋屋「多志南美屋」にて遊女とし
て稼働している(源氏名:竹鶴)
◎せつ
29歳 女性
八戸の遊女斡旋屋「多志南美屋」において稼働
している遊女(源氏名:藤松)
かつて江戸(東京)吉原の大見世遊郭「扇松屋」
において「格子」の位にあった元上級遊女
自分が果たせなかった花魁になる夢をゆきに託
し、ゆきを江戸(東京)に向かわせる
◎粂吉 (くめきち)
歿年50歳 男性
会津藩士 佐川官兵衛の馬丁
ゆきの父
会津戦争の折、官軍の銃撃により戦死
◎みつ
女性 ゆきの母
ゆきを出産した後、まもなく死去
元は佐川家の給仕女
◎とら
ゆきが世話した牡の仔馬
世にも珍しい、金色に近い尾花栗毛の毛色を持
つ
◎佐川官兵衛(直清)
39歳 男性
旧会津藩家老
粂吉、ゆき父子の主君
戊辰戦争で活躍 鬼官兵衛の異名を持つ
熱い心を持った人情家
◎中村半次郎
男性 薩摩藩士
会津戦争時、官軍軍監
人斬り半次郎の異名を持つ
後の桐野利秋
「とら!お前、とらでねえのが!?」
ゆきが大声で叫ぶと門番の二人が注目し、手に木の棒を携えてゆきの方へ近付いてくる素振りを見せた。
そして、その馬車を牽く尾花栗毛の馬が足を止め、首をゆきの方に向けた。
「えーいっ!この駄馬めが、また臍を曲げたのか!!」
馭者台に座っている中年男が口汚く馬を罵る声を上げた。
その中年男の叫び声を聞き、ゆきの方へ近付いてきていた二人の門番が足を止め、今度は馬車の方に注目した。
「…これ…そのような言葉遣いをするのではない…
周りの人達の耳に障る…」
馬車の客車の中から、馭者台の中年男に向けて話しかける男性の声が聞こえた。
声の感じからすると若い男性のようだ。
「はっ、これは失礼致しました御所さま…」
馭者台の中年男は振り向いて客車の方へ声を掛け、また前に向き直すと
「しかし、うちに来てから一度もまともに言う事を聞かぬ…
この忌々しい馬めが…」
と、客車の中には届かぬように小声で呟やくと、傍らに置いていた長鞭を手にした。
「バシッッ!!」
馭者台の中年男が馬車馬の金色の尻を鞭で強かに打った。
「ヒヒイィーンッ!!」
鞭で打たれた瞬間、馬は棹立ちとなり、次に前へ全力で駆け出した。
更にその急発進の後、直ぐに右へ直角に進路を変えた。
その急激な進路変更によって客車が大きく傾き、馭者台の中年男は振り落とされて背中から地に落ちた。
そのまま馬は、馭者台が無人となった客車を牽きながら円を描くようにグルグルと走り始めた。
木の棒を持ってゆきに近付いてきていた二人の門番が慌てて馬車の方へ向かって駆け出し、足を止めない馬に棒の先を向けて構え、馬が近付いてくる間合いを図って棒を突きだそうとした。
「|そだこどしちゃ、わがねだ《そんなことをしては、ダメだ》!!」
ゆきが走り寄り、門番の一人が持っている棒にしがみついた。
「ええい!何をするか!!」
ゆきに棒を持たれた門番がゆきを引き離そうと棒を勢いよく引っ張ったが、ゆきはしがみついたまま離さない。
「とら!おらだ、ゆきだ!!
とら!落ぢ着げ!!」
ゆきが円を描くように駆け続ける馬車馬に向かって叫ぶと、馬は徐々に速度を落としていった。
「バンッ!!」
「うっ!!」
もう一人の門番が、相方の持つ棒にしがみついて離さないゆきの背を木の棒で打った。
ゆきは棒から手を離し、前のめりに倒れて地に両手と両膝をついた。
それを見た馬車馬が止めかけていた足を再び勢いよく動かし、今度は門番の方に向かって突進してきた。
二人の門番が慌てて左右に躱すと、その間を馬車は猛速度で駆け抜けた。
そして馬車は少し進んだ先で方向転換し、再び門番の方へ向かってきた。
門番達は再び馬車が自分達の方に向かってくるのを見て、前方に駆け出して逃げようとしたが、二人の内の一人が足を滑らせて転んでしまった。
その転んだ門番に向かって馬車が猛速度で突っ込んでくる。
「とら!やめろ!!」
立ち上がったゆきが転んで倒れている門番の前に駆け寄り、両手を広げて立ち塞がった。
「ヒヒイィーン!!」
猛速度で駆けていた足を急停止させ、馬車馬はゆきの直前で止まった。
だが、急に止まったため、牽いている客車が馬の尻に追突し、それに驚いた馬が再び棹立ちとなった。
そして高く上げた足を地につかせると、馬は首を右にずらして再び走り始め、ゆきの左横を通り過ぎようとした。
ゆきがすかさず馬の左側にしがみついた。
「危ない!」
「暴れ馬よ!!」
道を行き交う人々が猛速度で暴走する馬車を必死に避けていく。
駆けている馬から落ちないように、ゆきは頚の辺りにぶら下がるようにしがみつき、その金色の鬣を掴んでよじ登って馬の背に跨がった。
着物の裾の合わせが大きく開き、腿や脛が露となった若い娘が、暴走する馬車馬の背に跨がっている姿は通りの人々の大きな注目を集めた。
が、当のゆきにはそんなことは気にしていられなかった。
猛速度で疾走し、度々、進行方向を変える馬の背から振り落とされないように必死でしがみついていなければならない。
「とら、とら!お前とらなんだべ!?
おらだよ!ゆきだよ!!」
ゆきは疾走する馬上で前屈みになり、頚の上に伏せて話し掛けた。
「何でそらほど荒ぶってんの?
もうさすけねえよ。
落ち着いでくんちぇ。」
そう言ってゆきが優しく馬の頚を撫でると馬車馬は徐々に速度を落とし、やがて止まった。
「やっぱし、とらだ!
大ぎぐなったなあ…
東京さ来だばっかりで、とらにまだ会えるなんて何て偶然なんだべ!!」
ゆきはそう言うと涙を流し、次第に声を上げて泣き始めた。
すると、その馬車馬「とら」が首を振り向かせてゆきの顔に鼻先を近付けてきた。
「そうが…
お前も辛え目さ遭っでぎだんだな。
なのに、おらのこど心配してぐれで…
優しいままだな……」
ゆきはとらの目を見つめながらそう言った。
ゆきは不思議なことに、馬の気持ちや考えていること等が判る。
これは、ゆきが赤ん坊の頃から馬に慣れ親しんできたこともあるが、やっぱり持って生まれた才能なのだろう。
ゆきはとらの目に、ゆきと別れてからの四年の間の苦労を見てとった。
「…やっと止まったか…」
馬車の客車右側のドアが開き、人が一人降りてきた。
若い二十歳前後の背の高い男性
で、服装は先程の門番と同じような洋装だがズボンの色が違い、黒ではなく
赤色のズボン
を履いていた。
手にズボンと同じ色の
赤色の鳥打ち帽
を持っている。
ゆきは後方から声が掛かったため、馬上で振り返ってその男性を見た。
男性は
長い黒髪
長い睫毛の黒い瞳
で、抜けるような白い肌をし、そこいらの女性が見たら卒倒しそうな、あるいは嫉妬してしまいそうな、眉目秀麗で可憐極まりない顔貌をしていた。
「…君が馬を止めてくれたんだね。
礼を言う、ありがとう。」
ゆきは、その青年のこの世のものとは思えぬ程に美しい容姿に、茫然と見惚れていた。
第九話 (終)
道に迷ってしまった「ゆき」が偶然見かけた一頭の馬車馬は、「ゆき」が四年前に別れた仔馬の「とら」の成長した姿でした。
偶然の再会に涙を流す「ゆき」
その「ゆき」に突然新たな出会いが舞い降ります。
馬車から出てきた、この世のものとも思えぬ程に美しい美青年は一体何者なのでしょう?
これからもよろしくお願いいたします。




