第八話『東京』
登場人物
◎ゆき
15歳 女性
茶色い髪 茶色い瞳
旧会津藩家老佐川官兵衛に仕えていた馬丁の一
人娘
馬と心を通わせることが出来る
◎たけ
17歳 女性
ゆきが仕えた佐川家の向かいの西川家に下働き
の女中として仕えていた
二歳年下のゆきと仲が良かった
八戸の遊女斡旋屋「多志南美屋」にて遊女とし
て稼働している(源氏名:竹鶴)
◎せつ
29歳 女性
八戸の遊女斡旋屋「多志南美屋」において稼働
している遊女(源氏名:藤松)
かつて江戸(東京)吉原の大見世遊郭「扇松屋」
において「格子」の位にあった元上級遊女
自分が果たせなかった花魁になる夢をゆきに託
し、ゆきを江戸(東京)に向かわせる
◎粂吉 (くめきち)
歿年50歳 男性
会津藩士 佐川官兵衛の馬丁
ゆきの父
会津戦争の折、官軍の銃撃により戦死
◎みつ
女性 ゆきの母
ゆきを出産した後、まもなく死去
元は佐川家の給仕女
◎とら
ゆきが世話した牡の仔馬
世にも珍しい、金色に近い尾花栗毛の毛色を持つ
◎佐川官兵衛(直清)
39歳 男性
旧会津藩家老
粂吉、ゆき父子の主君
戊辰戦争で活躍 鬼官兵衛の異名を持つ
熱い心を持った人情家
◎中村半次郎
男性 薩摩藩士
会津戦争時、官軍軍監
人斬り半次郎の異名を持つ
後の桐野利秋
「何だ、これは!?
今日は祭りの日だが!?」
ゆきは故郷会津若松を後にして、会津西街道、日光街道を経て、目指していた東京に到着し、その行き交う人々の数の多さや、建ち並ぶ建物の数の多さに目を丸くして驚いていた。
八戸の遊女斡旋屋「多志南美屋」を出発してから二十日ほど経過し、季節は既に秋へと差し掛かっていたが、北国から来たゆきには、まだまだ蒸し暑さが感じられた。
八戸を出る頃には、約二年の困窮生活のせいで痩せ細っていたゆきであったが、多志南美屋の遊女、藤松ことせつが持たせてくれた潤沢な旅費によって旅籠に泊まれたり、飯屋や甘味屋等で食事ができたりしたため、幾分、肉付きが戻ってきている。
痩せていてもなお、人目を引く程の整ったゆきの相貌は生気に満ち、より輝きを増していた。
また、ゆきは会津若松から東京に至るまでに、せつが書いてくれた案内地図にあった名所、会津西街道においては泉現寺玉光堂地蔵尊や、日光街道においては日光東照宮等に立ち寄って観光したりして、生まれて初めての経験により知的好奇心を刺激したことも、この輝きを増したことの原因の一つかもしれない。
(ここが江戸が…
いや、今は東京って言うんだったっけ。
でも、さっき寄った団子屋の女中さんはトウケイっつってだげんども、おせつさんが言ってたトウキョウど、どっちが正しいんだべが?)
二年前に江戸から東京へと呼称が変わったばかりのこの当時、東京のことをトウケイと発音する人が数多くいたことをゆきが知る由もなく、トウキョウとの発音の違いに少し戸惑うゆきであった。
(さで、有名な日本橋さ着いだぞ。
吉原へは、こご日本橋がら北さ行ぐんだったな…
北さ行った所の、浅草寺の裏側一帯が吉原だど、おせつさんがら貰った地図には書いであるげんども…)
ゆきがせつから貰った東京の地図には町名や著名な場所、建造物名等が書いてあり、方位や吉原までの道筋の説明書きも添えられていたが、実際に東京の町中に身を置くと、地図で見るのとは感覚が全然違い、また、建物の多さ等に圧倒され、更に行き交う人々の数の多さに人酔いして混乱して、東西南北の方向感覚が麻痺してしまっていた。
「北は、こっちだべか…」
方向感覚の麻痺したゆきは、そう呟いて歩きだしたが、目指す北方向ではなく、知らず知らずに逆の南方向に進んでいた。
(誰かに道尋ねっぺがな…)
行けども行けども浅草寺が見えてこなかっため、ゆきは途方に暮れていた。
ゆきは日本橋から最初は南方向へ、次に西方向へ進んでしまい、日本橋から北方向へ向かわなければならないものを、遠く西南方向へ進んでいたのであった。
(げんども知らねえ町で、おらみだいな小娘が誰がに道尋ねんのは危険だべな。
騙されで何処かへ連れでいがれるがもしれねえし…)
旅の途中においても、年若く眉目の良い娘が一人で旅をしていることで、いかにも好色そうな目を向け、男がゆきに声を掛けようと近付いてくることがあったが、その度、ゆきは旧主佐川官兵衛から貰った、佐川家の家紋、三つ目紋の入った印籠を掲げて見せた。
すると男達は、ゆきが身分ある者の使いかと思い、バツの悪そうな顔をして離れていったのであった。
そのことからゆきは、娘一人旅の我が身の危うさをよく判っており、自分から人に話しかける必要があった場合も、努めて女性に声を掛けるようにしていた。
(あまりお腹はすいでねえげんども、飯屋にでも寄っで、そこの女中さんに道尋ねっぺがな…)
ゆきがそう思いつつ道を歩んでいくと、高い塀に囲まれた建造物の近くに辿り着いた。
ゆきの居る場所から約半町(50m弱)離れた所にある、その建造物の門の両脇には
黒っぽい地に赤い線が入った
前に沢山ボタンが付いている洋風上衣
同色のズボンと鳥打ち帽
を身に付けた二名の男が、それぞれの身長よりも長い木の棒を持って番をしていた。
(何の建物だべか?
あの人達の服、あの時の中村半次郎様の服さ似でる…)
ゆきがぼんやりとその風景を見ていると、やがて門から一台の馬車が出てきた。
その馬車は、何やら家紋らしき三つの丁子形の花と蔓と葉の意匠がなされた金色の模様が付いた白い客車を牽いていた。
馭者台(運転席)には燕尾服を着た中年男が座って手綱を持っていて、客車には窓が付いていたが、中から御簾が下ろされていて、中の様子は窺えない。
しかし、その馬車の白く華麗な客車は全くゆきの目には入っていなかった。
ゆきの目は、その客車を牽く一頭の美しい馬に釘付けとなっていた。
その馬車馬は、世にも珍しい尾花栗毛の毛色をし、その体毛が太陽の光に反射してキラキラと金色に光り輝いていた。
(…とら?……)
第八話 (終)




