第六話『会津若松での辛き思い出』
登場人物
◎ゆき
15歳 女性
茶色い髪 茶色い瞳
旧会津藩家老佐川官兵衛に仕えていた馬
丁の一人娘
馬と心を通わせることが出来る
◎たけ
17歳 女性
ゆきが仕えた佐川家の向かいの西川家に下働き
の女中として仕えていた
二歳年下のゆきと仲が良かった
八戸の遊女斡旋屋「多志南美屋」にて遊女とし
て稼働している(源氏名:竹鶴)
◎せつ
29歳 女性
八戸の遊女斡旋屋「多志南美屋」において稼働
している遊女(源氏名:藤松)
かつて江戸(東京)吉原の大見世遊郭「扇松屋」
において「格子」の位にあった元上級遊女
自分が果たせなかった花魁になる夢をゆきに託
し、ゆきを江戸(東京)に向かわせる
◎粂吉 (くめきち)
歿年50歳 男性
会津藩士 佐川官兵衛の馬丁
ゆきの父
会津戦争の折、官軍の銃撃により戦死
◎みつ
女性 ゆきの母
ゆきを出産した後、まもなく死去
元は佐川家の給仕女
◎佐川官兵衛(直清)
39歳 男性
旧会津藩家老
粂吉、ゆき父子の主君
戊辰戦争で活躍 鬼官兵衛の異名を持つ
熱い心を持った人情家
慶応四年〈1868年〉八月二三日〈新暦10月8日〉二日前に母成峠での戦いにおいて会津藩軍を破った新政府軍はそのまま雪崩を打ったように会津若松城下に押し寄せた。
多数の銃声、砲声が鳴り響き、城下町のあちこちに火の手が上がり、城下町の住人達はその突然の出来事に混乱を極めた。
「おゆきちゃん!お城へ、お城へ逃げんだよ!!」
ゆきが仕える佐川家の屋敷の向かいの西川家へ奉公している、たけがゆきを呼びにきた。
「おたけちゃん、おら、仔馬を連れてぐっから、先さ行ってで!」
ゆきはそう言うと、たけに背を向けて佐川家の屋敷の裏庭の厩戸の方へ向かって行った。
この屋敷の主人である佐川官兵衛直清とその一門の主だった者達は何ヵ月も前から新政府軍との戦いのために留守にしている。
ゆきの父、佐川家に馬丁として仕えている粂吉も主君佐川官兵衛の乗馬の口取りとして共に従軍している。
佐川家の、ゆきの他の家人達は砲声が轟くと直ぐに支度を整え、鶴ヶ岡城に向かって逃げており、屋敷は既にもぬけの殻である。
「キャアアァーーーッ!!」
近くの屋敷、屋敷から多くの悲鳴が聞こえた。
女性のものが多い。
どうやら逃げ遅れた婦女子達が襲われているようだ。
この時、会津若松城下を急襲してきた新政府軍の主力は薩摩藩と土佐藩の軍であったが、諸藩から徴用された軍兵も多い。
長く尊皇攘夷、勤王討幕活動を続け、帝の軍隊との意識が強い薩・土両藩の兵達と違い、戊辰戦争の形勢を見て新政府側についた諸藩の兵はその意識が薄く、従って戦場でのモラルが低い者も多かった。
「とら、とら!何処だ!?」
厩戸についたゆきが声を上げると隅に置かれた寝藁の中から仔馬がヒョコっと顔を出した。
この、とらと呼ばれた仔馬は煌めくような輝く鬣を持っていた。
尾花栗毛という世にも珍しい毛色をしており、その毛色は殆ど金色に近かった。
「とら、寝藁の中に隠れでだのか!賢いな、お前は。」
「おい!ここにも女が残っていたぞ!!」
その時、ゆきの後方から男の声がし、ゆきが振り返ると、そこに三人の男が居た。
三人とも前時代的な甲冑を身に付けており、手に抜き身の太刀を持っている。
「とら、また隠れろ。」
ゆきが小声で言うと、仔馬はまた藁の中に首を引っ込めた。
「おいおい、まだ子供ではないか。」
「いえ若、女は女でございますよ。」
「ほら、良く見ると可愛い面をしておりますぞ!」
三人の男が口々に言いながら、じわじわとゆきに近づいてきた。皆、ギラギラと血走った獣のような目をゆきに向けている。
「おい娘、大人しくしていろ!逆らうと命は無いぞ!!」
男の内の、若と呼ばれた一人が白刃をゆきに向けて迫ってきた。
ゆきは、それに答えず無言で駆け出そうとしたが、他の二人の男がゆきの腕を掴み、その場にゆきを引き倒した。
倒れたゆきに三人の男が同時に覆い被さってきた。
ゆきはこの時、まだ十一の歳であったが、三人の男達は構わず、飢えた獣のようにゆきを凌辱しようとしていた。
ゆきは着ていた着物の胸元を大きく開かれ、裾を捲り上げられて、帯も解かれようとしている。
「だ、誰か!誰か助けて!!」
その時、寝藁の中に隠れていた仔馬のとらが飛び出してきて、男の一人に体当たりを加えた。
生まれて四ヶ月程の仔馬とはいえ、既に人間の大人より体重は重い。
とらに体当たりされた男は大きく吹っ飛ばされ、仰向けに倒れた。
「何だ!この金色の…馬!?」
「くそっ!よくも若をやりやがったな!!」
男の一人が太刀を上段に構え、とらに向かって振り下ろそうとした時だった。
「貴様ら!そこで何をしちょい!!」
と、男達の後方から叫ぶ声がした。
男達が振り返ったところ、そこに
年齢二十歳後半から三十前
頭に黒色に染めた毛の被り物
紺色筒袖とズボンの軍服に赤色の陣羽織
羽織った
背の高い精悍な姿の男が立っていた。
「何だ、お前は!?」
「その訛り…薩摩の者か?」
「薩摩の兵は、隊長といえど下賎な身分の者ばかりと聞く。
こちらにおわす御方をどなたと心得る!!」
先程とらに吹っ飛ばされた、若と呼ばれた男も既に立ち上がっている。
「いてけな少女を襲う屑ども、と心得っどん。」
「何!おのれ愚弄するか!!」
ゆきを襲った三人は、それぞれ白刃を黒い毛の被り物の男の方へ向けた。
「軍監たっおいに刃を向くっなど、どげんなっか判っちょっとか?」
「はあ?何が軍監か、下郎の分際で!
名を、名を名乗れ!!」
「おいは中村半次郎。
少しばかり名が通っちょるんだがな。」
「…中村…半次郎…」
「さっ、薩摩の中村半次郎といえば…」
「ひっ!人斬り半次郎か!?」
「貴様らのような、帝ん名を汚す者は許せん!」
と、その中村半次郎と名乗った黒い毛の被り物の男は佩刀の柄に手を掛け、三人の男達に近寄ってきた。
「うっ!うわああぁーーっ!!」
「ひっ、ひえぇーーっ!!」
「お、お助けぇーーっ!!」
三人の男達は持っていた刀を捨て、ゆきに襲いかかった際に脱いだ兜も置き去りにして中村半次郎に背を向けて駆け出し、未だ地の上に横たわったままのゆきの横を走り抜け、屋敷奥の塀を登り越えて逃げていった。
「ほんのこと屑じゃな。兜も刀も捨て置っとは武士の風上にもおけん!
おい娘どん、大丈夫け?」
ゆきはショックのあまり放心状態のまま横臥したままだ。
「女好きん俺とはいえ、君みたいないてけな娘どんのそげん姿を見ったあ心が痛ん。着物を直してくれんかな。」
と、中村半次郎が横臥しているゆきの顔を覗き込むようにして優しく話しかけたところ、ゆきは我に返り、慌てて身を起こしてはだけた胸元と捲れた裾を整え、ほどけかかった帯を巻き直した。
「危ねえどごろを助げで頂き、ありがとうござった。」
と、ゆきは着物を直し終えると正座し、地に両手をついて中村半次郎に向かって頭を下げた。
「ゆきさん、ちゅとな。
ゆきさん、武家ん者には見えんが、こん屋敷にはないん用があった?」
「おらは此処の佐川様さ仕える馬丁の娘で、この仔馬連れでお城さ向がうどごろでした。」
「佐川…?佐川ちゅうと佐川官兵衛、鬼官兵衛か?
城へ行っなんて、そんた止めた方が良か。これより鶴ヶ岡城へは総攻撃をかくっ故に。」
「そんな……」
「悪かことは言わん。保護すっ故、ちて参れ。無駄けしみすっことはなかど。」
(そうして、おらは半ば強引さ中村様に連れられで、他にも戦から逃げでぎだ人達ど一緒に保護されで…
お城は落ちて会津は負けた……)
「おお、ゆきよ!無事であったか!!」
「佐川の殿様こそ御無事で何よりでした。
…あの殿様、お父は…?」
「お前の父、粂吉は…去る九月五日の材木町の戦いで、わしを敵の銃弾から庇って…討死してしまった……」
「え!!?」
「ゆき、済まぬ!わしが主君として不甲斐ないばかりに、兵ではない馬丁の粂吉まで死なせてしまった!!」
(おらは突然お父が死んだごど知らされで、訳が判らなぐなって…その日は泣き叫び続けたっけ…
そして明ぐる日、また佐川の殿様から…)
「ゆきよ、少しは落ち着いたか?
今日はあの仔馬、とらについてなのだが…」
「とらがどうなるのだ?佐川の殿様。」
「うむ、わしはこの先、家人を残して会津を出て、江戸で謹慎せねばならなくなった。
禄も、もう貰えぬ…これからは人間すら生きていくのが難しい。もう馬を養う余裕など無い。」
「まさが!とらを間引くつもりだが!?」
「慌てるなゆき!あんな見事な馬を殺せる訳なかろう。」
「なら、なじょするのだ?」
「お前を保護して下さっていた西軍の、薩摩の中村半次郎殿がな、とらを引き取りたいと申されておいでなのだ。」
「中村様が?だら、とらは中村様の御乗馬になるのだが?」
「いや、それがな…
そうだ、ゆきよ、お前は文字に明るかったな。これに中村殿よりの書状がある、読むといい。」
(その手紙には、中村様は前は馬乗れる身分でねがったから馬さ操るのは達者でなぐ、とらは中村様の御乗馬にはならず、中村様が責任を持ってしかっぺぎお人にとらを譲りでえと書いであった…)
その時偶然、昔を回顧していたゆきの前に荷車を牽く一頭の馬が通りかかった。
その荷車を牽く鹿毛の馬はつぶらな瞳でゆきを見つめてきた。
ゆきは知らずの内に涙を流していたのだ。
(お前、おらが何で泣いでんのが気になったんだな…
ん?心配してぐれでんの?優しい子だな。)
「おい!何立ぢ止まってる!?早ぐ行ぐぞ!!」
馬の轡を曳いている商人の男が、急に立ち止まった馬に向かって大きく叫んだ。
(おらはさすけねえよ。)
ゆきは心で思い、その思いが伝わるように
「ん。」
と、その馬に向かって頷いたところ、馬は立ち止まるのをやめ、ゆっくりと歩きだした。
(ん…そういや、お父とも、とらとも、ちゃんとお別れしていねえな…)
「えぐべが、会津若松さ。」
ゆきはそう言うと立ち上がり、しっかりとした足取りで歩き始めた。
第六話 (終)
「ゆき」が生まれ故郷であるのに会津若松を訪れるのを躊躇った訳は、故郷を離れる直前に不幸が重なったためでした。
楽しかったり嬉しかったりした思い出は既に遠く「ゆき」から離れ、辛い思い出が残ったのでした。
でも、「ゆき」は「たけ」との約束を果たすため、また、故郷とちゃんと別れを告げるために会津若松に訪れることを決心し、歩きだしました。
会津若松に戻った「ゆき」の心にはどんな思いが巡るのでしょう。
これからもよろしくお願いいたします。
※中村半次郎が被っていた黒い毛の被り物について
唐の頭または舎熊と呼ばれる兜に付ける、ヤクの毛を染めて作った装飾品。
戦国時代から見られ、幕末の戊辰戦争においては、土佐、薩摩、長州の三藩の主に部隊長以上が身に付けていて、土佐藩が赤色、薩摩藩が黒色、長州藩が白色に毛を染め、それぞれ赤熊、黒熊、白熊と呼んだそうです。




