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第十六話『馭者への誘い』

登場人物


◎ゆき

  15歳 女性 

  茶色い髪 茶色い瞳

  旧会津藩家老佐川官兵衛に仕えていた馬丁の一

 人娘

  馬と心を通わせることが出来る


◎銀鏡 晴近 (しろみ はるちか)

  22歳男性 

  長身 細身に見えるが筋肉質

  黒髪の長髪 黒い瞳 驚く程の美青年

  華族 従三位中納言


◎とら

  ゆきが世話した牡の仔馬

  世にも珍しい、金色に近い尾花栗毛の毛色を持

 つ

  銀鏡晴近の乗車する馬車の馬車馬になってい 

 た。


◎たけ

  17歳 女性

  ゆきが仕えた佐川家の向かいの西川家に下働き

 の女中として仕えていた

  二歳年下のゆきと仲が良かった

  八戸の遊女斡旋屋「多志南美屋」にて遊女とし

 て稼働している(源氏名:竹鶴)


◎せつ

  29歳 女性

  八戸の遊女斡旋屋「多志南美屋」において稼働

 している遊女(源氏名:藤松)

  かつて江戸(東京)吉原の大見世遊郭「扇松屋」

 において「格子」の位にあった元上級遊女

  自分が果たせなかった花魁になる夢をゆきに託

 し、ゆきを江戸(東京)に向かわせる


◎粂吉 (くめきち)

  歿年50歳 男性

  会津藩士 佐川官兵衛の馬丁

  ゆきの父

  会津戦争の折、官軍の銃撃により戦死


◎みつ

  女性 ゆきの母

  ゆきを出産した後、まもなく死去

  元は佐川家の給仕女


◎佐川官兵衛(直清)

  39歳 男性

  旧会津藩家老

  粂吉、ゆき父子の主君

  戊辰戦争で活躍 鬼官兵衛の異名を持つ

  熱い心を持った人情家


◎中村半次郎

  男性 薩摩藩士

  会津戦争時、官軍軍監

  人斬り半次郎の異名を持つ

  後の桐野利秋

「そうか、やっぱりそうなんだね。

 ゆき君の本心が聞けて良かったよ。」


 晴近はホッと安堵したような表情を浮かべてゆきに言った。


「あ、おら、遊女になんかっつっちまった(て言っちゃった)…」


「ゆき君が決してせつさんやたけさんを馬鹿にして言ったのではない事くらい判るよ。

 せつさんやたけさんも望んで遊女になったのではないのだろう?」


「はい、おたけちゃんは、おらと同じっぺな(ような)理由でしたし、おせつさんも遊女なんて女どして底の底まで落ちるごどだなんて言ってましたがら…」


「それならば、ゆき君が遊女になりたくないという気持ちをきっと理解してくれると思うよ。」


げんとも(でも)、おせつさんにうんと(沢山)のお金を借りでいますし…」


「良ければ私が立て替えてあげよう。

 何処に送ればいいのかな?」


「え?なして(どうして)銀鏡さまがそだ(そんな)事!?」


「なに、遠慮する事はない。

 立て替えた分は、これから君に支払う給金の中から差し引かせて貰うつもりだから。」


「給金?」


「そうさ。やっと本題について話せるけれど、ゆき君、これから私の元で働いてくれないか?」


「え?銀鏡さまの元で?

 おらに、銀鏡さまにお仕えしろどおっしゃるのだが(ですか)?」


「仕えるか…そんな前時代的な主従関係じゃなくて、ゆき君、君を雇いたいという事なのだが。」


「雇う?雇うって、おらは何かの職人づー(という)訳ではねえけれども…」


「私の馬車の馭者(ぎょしゃ)として雇いたい。」


「ぎょ、しゃ…?」


「ああ、馬車を操って走らせる者の事さ。」


「それは…あの時に振り落どされだ人がいるでねぇが(じゃないですか)?」


「山本君は、あの馬、とらを扱う事は無理のようだ。

 いや、元々あの馬は誰にも懐かなくてね…

 でも、君の言う事なら聞くようだから、ゆき君こそ適任だと思ってね。」


「確がにおらはとらの気持ぢが判ります。」


「あの馬、とらとも一緒に居たいのだろう?

 ならば悩む事はないのではないかな?」


「げんとも、そんじ(それで)は山本さんの職奪っちまうのでは?」


「うちにはとら以外の馬も居るんだ。

 山本君には他の馬を担当させるから、ゆき君は心配しなくてもいいよ。

 さあ、返事を聞かせておくれ。」


 ゆきは晴近からの申し出に、少し戸惑って俯いてしまった。

 しかし、やがて意を決したように顔を上げ、正面から晴近の眼を見た。


「それでは…おらは……」


「ドタドタドタッ!

 晴近!晴近は何処におりますか!?」


 その時、ゆきと晴近が居る部屋の外から、人が近付いてくる足音と女性の声が聞こえてきた。


 声の感じからするとそれ程若くはなく、かといって年輩という程でもない、壮年の女性の声である。


「御当主様はこちらの部屋に御座います、大奥様。」


 今度は年輩の男性の声が聞こえてきた。

 この声の主は、先程晴近が爺とも二家本(にかもと)とも呼んでいた男性のようだ。


「晴近!あなた、先程街中(まちなか)で娘御を抱き上げていたなどという、とんでもない噂が(ちまた)で立っているわよ!!」


と、部屋の襖戸(ふすまど)の外から声がすると同時に


「バサッ!」


と勢いよく襖が開かれた。

 開かれた襖戸から

   年齢四十歳くらい

   黒を基調とした豪華な着物姿

の背の高い女性が入ってきた。


 晴近に似た相当な美人であるが、優しげな美貌の晴近とは違い、意思の強さが表に現れたような顔貌をしている。

 その女性は入ってくるなり椅子に座っている晴近を睨むように見下ろしたが、次にテーブルを挟んで晴近の対面に座っているゆきにチラッと視線を移した。

 女性はそのまま、ゆきの顔を凝視したまま固まってしまった。

 口を大きく開け、目を見開き、明らかな驚愕の表情をしている。

 その女性の驚愕の表情は、まるでこの世にあらざるものでも見たかのようであった。

 暫く身(じろ)ぎしなかった女性はやがてブルブルと身体を小刻みに震えさせ、開いた口をワナワナと、何かを言いたげに動かした。


「……ゆ…ゆ!雪子(ゆきこ)!!」


 女性は喉から声を絞り出すようにして叫ぶと、崩れ落ちるようにその場に両膝をついてしまった。


              第十六話 (終)

 「ゆき」に自分の馬車の馭者となる事を誘いかける晴近。

 その事に「ゆき」か返事をしようとしたところ、部屋に晴近の母が入ってきました。

 その母は「ゆき」を見て「雪子」と叫びます。

 果たして「雪子」とは?

 また、「ゆき」は晴近の誘いを受けて銀鏡家の馭者となるのでしょうか?


 これからもよろしくお願いいたします。

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