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第十四話 『初めての洋菓子 初めての紅茶』

登場人物


◎ゆき

  15歳 女性 

  茶色い髪 茶色い瞳

  旧会津藩家老佐川官兵衛に仕えていた馬丁の一

 人娘

  馬と心を通わせることが出来る


◎銀鏡 晴近 (しろみ はるちか)

  22歳男性 

  長身 細身に見えるが筋肉質

  黒髪の長髪 黒い瞳 驚く程の美青年

  華族 従三位中納言


◎とら

  ゆきが世話した牡の仔馬

  世にも珍しい、金色に近い尾花栗毛の毛色を持

 つ

  銀鏡晴近の乗車する馬車の馬車馬になってい 

 た。


◎たけ

  17歳 女性

  ゆきが仕えた佐川家の向かいの西川家に下働き

 の女中として仕えていた

  二歳年下のゆきと仲が良かった

  八戸の遊女斡旋屋「多志南美屋」にて遊女とし

 て稼働している(源氏名:竹鶴)


◎せつ

  29歳 女性

  八戸の遊女斡旋屋「多志南美屋」において稼働

 している遊女(源氏名:藤松)

  かつて江戸(東京)吉原の大見世遊郭「扇松屋」

 において「格子」の位にあった元上級遊女

  自分が果たせなかった花魁になる夢をゆきに託

 し、ゆきを江戸(東京)に向かわせる


◎粂吉 (くめきち)

  歿年50歳 男性

  会津藩士 佐川官兵衛の馬丁

  ゆきの父

  会津戦争の折、官軍の銃撃により戦死


◎みつ

  女性 ゆきの母

  ゆきを出産した後、まもなく死去

  元は佐川家の給仕女


◎佐川官兵衛(直清)

  39歳 男性

  旧会津藩家老

  粂吉、ゆき父子の主君

  戊辰戦争で活躍 鬼官兵衛の異名を持つ

  熱い心を持った人情家


◎中村半次郎

  男性 薩摩藩士

  会津戦争時、官軍軍監

  人斬り半次郎の異名を持つ

  後の桐野利秋

 ゆきが晴近に連れてこられた部屋は、先程着替えのために居た部屋と同じく畳敷きの和室であったが、部屋の中央に、凝った細工の施されている丸テーブルと背もたれ付きの椅子二脚が置かれていた。

 テーブルの上には、何やら茶色や黄色をした四角や丸い形をした物が置かれていたが、ゆきは初めて見るもので、それらは白い大きな丸皿に盛られていたことから、ゆきは


 (お菓子かな?)


と思い、その見慣れぬ物をじいっと見つめた。

 そして、更にテーブルの上には白い磁器製の縦に長細い形をした急須(よう)の食器や、(ふち)に半円形の取っ手が付いた茶碗のような食器が置かれており、これもゆきは生まれて初めて見る物だった。

 これらが西洋のティーポットとティーカップであることなど、この時のゆきはまだ知らない。


「ゆき君、どうぞ腰掛けて呉れたまえ。」


 (腰掛けてくれっで、どうすれば…?)


 晴近が椅子を引いて座るように促したが、洋式の椅子に座った事のないゆきは戸惑ってまごまごとしていた。


「そうか、ゆき君は西洋の椅子に腰掛けた事がないのだね。

 これは失礼した。

 ほら、このように座ればいい。」


 ゆきの戸惑いの理由を察した晴近は、そう言ってゆきの為に引いた椅子とは反対側の椅子に無造作に腰掛けた。

 その様子を見て、ゆきは恐る恐る椅子に腰掛け、晴近とテーブルを挟んで体面する形で座った。


「じゃあ、お茶を入れよう。」


と、晴近は言ってテーブル上の白い磁器製の長細い急須の様な物を手に取ると傾け、取っ手が付いた茶碗の様な(うつわ)に液体を注ぎ入れた。

 その液体は赤茶色をしていたため、ゆきは最初ほうじ茶かと思ったが、湯気と共に鼻腔(びくう)に流れてきた甘い香りは、ゆきが今まで嗅いだ事のない香りだった。


「さあ、お茶をどうぞ、ゆき君。

 あ、その器はね、こうやって持つんだ。」


 晴近はゆきに茶を勧めると同時にティーカップの取っ手を人差し指と親指で()まんで持ち上げ、その持ち方をゆきに見せてやった。


(にげ)えっ!」


 ゆきは晴近が見本を見せてくれたようにカップを持ち上げ、一口、中の液体を(すす)ったが、その味の苦さに顔を(しか)めた。


「これ、銀鏡さまはお(ぢゃ)おっしゃったが(おっしゃいましたが)、本当にお茶だが(ですか)

 この味、初めて飲みます。

 うんと(凄く)苦えん(です)けれど…」


「うん。それは横浜の英国商館で(もと)めた紅茶というものだよ。

 西洋でお茶と言えばその紅茶の事なのだが、日本の緑茶やほうじ茶等と同じ茶葉であるらしいんだ。」


ほだが(そうですか)

 げんとも(でも)、この紅茶は香りは素晴らしいげんども味は苦ぐでたまんねえだ。」


「じゃあ、菓子と一緒に(きっ)してごらん。

 その菓子は紅茶に良く合うよ。」


と、晴近はテーブル上の皿に盛られた茶色い物や黄色い物を指差してゆきに勧めた。


「お菓子だったん(です)ね?

 これも初めで見ます。」


「それは軍のお雇い外国人である仏蘭西の方から頂いた物で、茶色のがビスキュイ、黄色のがマドレーヌと言うんだ。」


「ビ、ビスク…?マ、マド…?

 甘い匂いがしますね、頂ぎます。」


 ゆきはマドレーヌを一つ手に取ると、パクっと一口で口に入れた。


「ん、んぐっ、んがんぐっ!」


 大福餅ほどの大きさのマドレーヌを一口で頬張ったため、ゆきは少々喉を詰まらせたらしい。


「ハハ、慌てて食べなくとも沢山あるというのに…

 ほらゆき君、そこで紅茶を飲んでごらん。」


「ゴク、ゴクッ!はぁーっ…

 このマド何どが、甘ぐでうんとんまぇ(凄く美味しい)

 あど、おっしゃった通り紅茶もお菓子と一緒さ飲むど苦ぐなぐなって、口の中さ(あめ)え香りが広がって素晴らしい風味になった!」


「良かった、口に合って何よりだ。

 ほらビスキュイの方も美味だよ、お食べなさい。」


「これもんまぇ!

 このビス何どが、まるで甘え煎餅だね(ですね)。」


 ゆきは皿の上に盛られていた洋菓子達を次々と手に取っては食べていった。

 カップの紅茶が少なくなると晴近が黙ってティーポットから注いでくれ、ゆきは菓子と紅茶を交互に口に入れていった。


「あーっ、んまぇかった。

 御馳走さまでした!」


 何とゆきは皿の上に盛られていた洋菓子を全部一人で平らげてしまった。

 食べている間、晴近は黙ってゆきを見つめ続け、全ての菓子を食べ終わって両手を合わせたゆきに微笑みを向けた。


そんじは(それでは)銀鏡さま、お茶菓子食べだがら、おらは帰ります。

 ありがとうござった(ございました)。」


「いやいや、ゆき君、話があると言っただろう?

 だから、少し私と話をして呉れないか?」


「あ…そうでござったね……」


 ゆきは立ち上がりかけていたが、再び椅子に座り直した。


              第十四話 (終)


※ビスキュイ

 ビスケットの語源となった菓子

 フランス語(biscuit )

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