第十三話『面影』
登場人物
◎ゆき
15歳 女性
茶色い髪 茶色い瞳
旧会津藩家老佐川官兵衛に仕えていた馬丁の一
人娘
馬と心を通わせることが出来る
◎銀鏡 晴近 (しろみ はるちか)
22歳男性
長身 細身に見えるが筋肉質
黒髪の長髪 黒い瞳 驚く程の美青年
華族 従三位中納言
◎とら
ゆきが世話した牡の仔馬
世にも珍しい、金色に近い尾花栗毛の毛色を持
つ
銀鏡晴近の乗車する馬車の馬車馬になってい
た。
◎たけ
17歳 女性
ゆきが仕えた佐川家の向かいの西川家に下働き
の女中として仕えていた
二歳年下のゆきと仲が良かった
八戸の遊女斡旋屋「多志南美屋」にて遊女とし
て稼働している(源氏名:竹鶴)
◎せつ
29歳 女性
八戸の遊女斡旋屋「多志南美屋」において稼働
している遊女(源氏名:藤松)
かつて江戸(東京)吉原の大見世遊郭「扇松屋」
において「格子」の位にあった元上級遊女
自分が果たせなかった花魁になる夢をゆきに託
し、ゆきを江戸(東京)に向かわせる
◎粂吉 (くめきち)
歿年50歳 男性
会津藩士 佐川官兵衛の馬丁
ゆきの父
会津戦争の折、官軍の銃撃により戦死
◎みつ
女性 ゆきの母
ゆきを出産した後、まもなく死去
元は佐川家の給仕女
◎佐川官兵衛(直清)
39歳 男性
旧会津藩家老
粂吉、ゆき父子の主君
戊辰戦争で活躍 鬼官兵衛の異名を持つ
熱い心を持った人情家
◎中村半次郎
男性 薩摩藩士
会津戦争時、官軍軍監
人斬り半次郎の異名を持つ
後の桐野利秋
ゆきは屋敷の中の一室に通され、暫く待つようにと晴近に言われて待っていたところ、部屋にゆきより五つばかり年長くらいの女中二人が入ってきた。
女中は手に薄い桃色の着物と緋色の帯を携えてきている。
その二人の女中も、ゆきの顔を見るなり口を大きく開けて目を見開き、一瞬立ち竦んだが、その後、何事もなかったかのように、持ってきた着物をゆきに着付け始めた。
この二人の女中がゆきの顔を見て明らかに驚いたのにも関わらず何も言わなかったのは、晴近に
「彼女の顔を見ても何も言わぬように。」
と命ぜられていたからであったが、その事は勿論ゆきの知るところではなく、ゆきは二人の女中に帯を解かれながら
(さっきの爺さまといい、このあんね方といい、おらの顔を見でビックリしたみだいだげんども、まだ顔さ汚れが付いでんのがな?)
などと思っていた。
そして襦袢姿となったゆきに、女中が持ってきた薄い桃色の着物を着せかけてきたのだが、袖を通した瞬間、ゆきの身に戦慄が走った。
(何だべこの感触!もしかして絹でねえのか!?
おら、絹の着物なんて着だごどねえよ!)
二人の女中はゆきに着物を着付け終わると、黙って部屋から出ていった。
残されたゆきが着せられた着物の振袖や裾などを眺め回したところ、薄い桃色のその着物には、所々に白い椿の花の見事な刺繍が施されてあった。
(こだの、照姫さまとががお召しになってたような着物でねえか!
おらみだいなのが着でもいいんだべか!?)
ゆきが着物の豪華さに目を瞪っていたところ、先程の二人の女中がまた部屋に戻ってきた。
今度は、手に櫛と小さな壺、そして大きな丸い盆のような鏡を持ってきていた。
ゆきは女中からしゃがむように言われたため正座をしたところ、女中はゆきの髪をほどいて櫛を入れ始めた。
そして女中が小さな壺の蓋を開けると、ゆきの鼻にほんのりと甘い香りが入ってきた。
その甘い香りのものを女中はゆきの髪に塗り、強く櫛を入れ始めた。どうやらそれは鬢付け油だったようだ。二人の女中はゆきの髪を結い直してくれているらしい。
髪を結い終わると女中は鏡を持ち、ゆきに自分の姿が見えるようにしてくれた。
髪の結い方が変わっていた。
それまでゆきが結っていた唐人髷ではなく、見たこともない髪形である。
「うっ、うっ、うぅっ…」
突然、鏡を持っている者とは別の、もう一人の女中が手で口を押さえて泣き出した。
よく見ると、鏡を持っている方の女中も少し涙ぐんでいる。
「ど、どうしただが?
急にお腹でも痛ぐなりだしたが?」
ゆきが心配して声を掛けるも、女中は何も言わない。
すると襖戸が開き、晴近が部屋に入ってきた。
が、晴近も何も言わずに突っ立って、ゆきの姿をぼんやりと眺めている。
「銀鏡さま、こちらのあんねが急に泣ぎ出して…どこが具合が悪ぐなったがもしんねえ。」
と、ゆきが晴近に向かって言ったところ、晴近は、ハッとして漸く我に返り、立っていた場所から一歩踏み出して泣いている女中の肩に軽く手を置いた。
「彼女なら心配しなくても大丈夫。
…ところで、髪を「ついぶち」に結えとまでは言っていなかった筈だが…」
晴近はゆきに話し掛けた後、泣いていない方の女中の方に顔を向けてそう言った。
「申し訳ありません、晴近様。
この娘の面影があまりにも似ていらっしゃったので、つい…」
「面影?似でだ?おらと誰が似ていらっしゃんだ!」
「いや、何でもないよ、ゆき君。
うん、その着物も、髪形も、よく似合っているよ。」
「ええ、この、まるでお大名のお姫様どがが着るような…一体、どなだの着物なのだべ?銀鏡さま。」
「…大切に思っていた人のさ…」
「思って、だ?」
「いや…あっ!ほら、ゆき君、茶菓子の用意が整ったから、私についておいで。」
晴近はそう言ってゆきの手を取り、部屋の外へ向かって歩き始めた。
ゆきは二人の女中に軽く頭をさげ、晴近に手を引かれるまま部屋から出ていった。
この時、泣いていた女中は泣き止んで顔を上げたが、何か驚いたような表情をしていた。
「ゆき…名前も…名前まで同じ……」
泣き止んだ女中は、晴近とゆきが部屋から出ていった後、もう一人の女中に向かってそう呟いていた。
第十三話 (終)
※ついぶち
幕末から明治にかけて流行した、公家の妙齢の娘に結われた髪形。
二家本の爺といい、女中といい、一体、「ゆき」に誰の面影を追っているのでしょう?
「名前まで同じ…」とは、誰の名と同じなのでしょう?
それは晴近の口から「ゆき」に伝えられることでしょう。
これからもよろしくお願いします。




