第十一話『華族 中納言』
登場人物
◎ゆき
15歳 女性
茶色い髪 茶色い瞳
旧会津藩家老佐川官兵衛に仕えていた馬丁の一
人娘
馬と心を通わせることが出来る
◎銀鏡 晴近 (しろみ はるちか)
22歳男性
長身 細身に見えるが筋肉質
黒髪の長髪 黒い瞳 驚く程の美青年
華族 従三位中納言
◎とら
ゆきが世話した牡の仔馬
世にも珍しい、金色に近い尾花栗毛の毛色を持
つ
銀鏡晴近の乗車する馬車の馬車馬になってい
た。
◎たけ
17歳 女性
ゆきが仕えた佐川家の向かいの西川家に下働き
の女中として仕えていた
二歳年下のゆきと仲が良かった
八戸の遊女斡旋屋「多志南美屋」にて遊女とし
て稼働している(源氏名:竹鶴)
◎せつ
29歳 女性
八戸の遊女斡旋屋「多志南美屋」において稼働
している遊女(源氏名:藤松)
かつて江戸(東京)吉原の大見世遊郭「扇松屋」
において「格子」の位にあった元上級遊女
自分が果たせなかった花魁になる夢をゆきに託
し、ゆきを江戸(東京)に向かわせる
◎粂吉 (くめきち)
歿年50歳 男性
会津藩士 佐川官兵衛の馬丁
ゆきの父
会津戦争の折、官軍の銃撃により戦死
◎みつ
女性 ゆきの母
ゆきを出産した後、まもなく死去
元は佐川家の給仕女
◎佐川官兵衛(直清)
39歳 男性
旧会津藩家老
粂吉、ゆき父子の主君
戊辰戦争で活躍 鬼官兵衛の異名を持つ
熱い心を持った人情家
◎中村半次郎
男性 薩摩藩士
会津戦争時、官軍軍監
人斬り半次郎の異名を持つ
後の桐野利秋
慣れない手付きで手綱を持って馬車を操るゆきだが、客車の前部の小窓から顔を覗かせている銀鏡晴近が教示してくる道順に沿って
「とら、次は右だ。その次は左。」
と、馬車を引く尾花栗毛の馬、とらに指示すると、とらは自然にゆきの言ったとおりに動いてくれた。
高い塀に囲まれた建物に戻ってきたところ、先程の門番の二人が門の前に立っており、馬車を見るなり駆け寄ってきた。
「御所様!ご無事でしたか!?」
「中納言様!お怪我はございませんか!?」
と、客車の方に向かって声を掛けてきた。
ゆきが振り返って後ろの客車を見たところ、銀鏡晴近は「やれやれ」といった表情をして
「ゆき君、馬車を止めてくれたまえ。
私は此処で降りる故、少し待っていてくれないか。」
と、ゆきに向かって言い、やがて停止した馬車から降りた。
「君達、私の事は中尉と呼ぶように申し伝えていた筈だが。」
銀鏡晴近は馬車から降りるなり、傍に立っていた二人の門番に向かって軽く叱責するように言った。
「はっ、申し訳ございませぬ。
しかし、貴方様は御華族、中納言様であらせられますので…」
門番の一人がそう言うと、銀鏡晴近は先程ゆきに見せたような「やれやれ」といった呆れ顔をし、足早に門へと向かっていった。
「ゆき君、待たせたね。」
銀鏡晴近は小一刻(二時間弱)ほどで戻ってきた。
その間、ゆきはボンヤリと辺りを往来する人々を眺めていたが、近くを通り掛かった人は皆、馬車の馭者台に年端のいかない娘が一人で座っている事に対して、奇異なものを見るような目を向けた。
中には話し掛けようとする者もいたが、その馬車のあまりにも瀟洒な造りに、身分ある者の乗り物に違いないと気後れして話し掛けられずにいた。
門を守る二人の門番は、先程の騒ぎの経緯から、ゆきがどうやら馬車の暴走を収めて銀鏡晴近を助けたのだと思い、むしろ馬車に近付いてくる者達を追い払ったりしてくれていた。
「はい…では、おらはこれで…
あ、あの!よろしければ住所教えでくんねかえ?
これからも、とらに会いでえし。」
「ああ、その事なら、今から私の家に来てくれたまえ。
助けてくれたお礼がしたい。」
「え?なじょんして行げば…」
「勿論、君がこの馬車を動かして、さ。」
「さっきの男の人は?」
「うちの馭者は先程、馬車から振り落とされた時に腰を強かに打って暫く動けないらしい。
なので、治るまでこの兵部省の医務室で面倒を見て貰う事にしたよ。」
「とらに、あだ酷いこどしたがらバチが当たったんだ。」
「そんなんだ?馬に鞭打つは普通じゃなかったのか?」
「馬によります。
ムチ打だれるごどで気合いさ入って力出す子もいれば、そだこどされだら、なんもかも嫌んなったり、人間のごどが嫌いになったりする子もいます。」
「成る程、うちの馭者は馬毎の特性が判っていなかったんだね。
うん。ではゆき君、馬車を動かしてくれたまえ。我が家に参ろう。」
「いや、おらは行がねっかなんね所が…」
「だから、お礼をするから。
美味しいお菓子が一杯あるよ。」
「お菓子…」
「それと、ゆき君、君と少し話がしたいんだ。長い時間はとらせないから良いだろう?」
銀鏡晴近はそう言って、ゆきの瞳を真っ直ぐ見据えた。
「そんだから、そらほど見つめねえでくんちぇ!
しょうしいから!!
大体、あんたの家まで行ったら、おらはなじょんして戻ればいいんだが?」
「ああ、人力車を呼んであげるよ。」
「人力、車…?」
「うん、去年辺りからこの東京で走るようになった……
丁度良い、彼処を通っているのが、その人力車さ。」
銀鏡晴近は自分達が居る兵部省の門の前から三十間(約54m)ばかり離れた道路上を指差した。
「人が車ひいで走ってんだが?人を乗せで。
うんと早いなあ。
したっけ、あれに銀鏡さまが乗って帰られれば良いのでは?
馬車はここの人さ預げで。」
「母上が人力車に乗る事を好まなくてね…
あのような庶民でも乗れる物、羽林家の当主たる者の乗り物ではないと言ってね。
人力車に乗って帰りでもしたら、母上にきつく叱られてしまうよ。」
「うりんけ?
うりんけって、何だが?」
「ああ、公家の家格の事…そういえば、ゆき君は公家がどのようなものですら、よく知らなかったのだったね。
それについても教えてあげるから、さあ、ゆき君、馬車を動かしてくれたまえ。
我が家に行くよ。」
第十一話 (終)
銀鏡晴近に押しきられる形で彼の家に向かう事となった「ゆき」
決してお菓子につられた訳ではありません。
銀鏡家に行く事により、彼女のこの先の人生が変わります。
これからもよろしくお願いします。




