第十話『銀鏡晴近』
登場人物
◎ゆき
15歳 女性
茶色い髪 茶色い瞳
旧会津藩家老佐川官兵衛に仕えていた馬丁の一
人娘
馬と心を通わせることが出来る
◎たけ
17歳 女性
ゆきが仕えた佐川家の向かいの西川家に下働き
の女中として仕えていた
二歳年下のゆきと仲が良かった
八戸の遊女斡旋屋「多志南美屋」にて遊女とし
て稼働している(源氏名:竹鶴)
◎せつ
29歳 女性
八戸の遊女斡旋屋「多志南美屋」において稼働
している遊女(源氏名:藤松)
かつて江戸(東京)吉原の大見世遊郭「扇松屋」
において「格子」の位にあった元上級遊女
自分が果たせなかった花魁になる夢をゆきに託
し、ゆきを江戸(東京)に向かわせる
◎粂吉 (くめきち)
歿年50歳 男性
会津藩士 佐川官兵衛の馬丁
ゆきの父
会津戦争の折、官軍の銃撃により戦死
◎みつ
女性 ゆきの母
ゆきを出産した後、まもなく死去
元は佐川家の給仕女
◎とら
ゆきが世話した牡の仔馬
世にも珍しい、金色に近い尾花栗毛の毛色を持
つ
◎佐川官兵衛(直清)
39歳 男性
旧会津藩家老
粂吉、ゆき父子の主君
戊辰戦争で活躍 鬼官兵衛の異名を持つ
熱い心を持った人情家
◎中村半次郎
男性 薩摩藩士
会津戦争時、官軍軍監
人斬り半次郎の異名を持つ
後の桐野利秋
「君くらいの歳の女の子が馬を操れるなんて凄いね。
武家の姫君?…には見えないけど、君は何者だい?」
その青年がゆきに語りかけるも、ゆきはとらの背に跨がったまま、ポカーンと口を開けっ放しにして、その青年の美しさに見惚れている。
「君がそうやって生足を表に出しているから、通りすがりの男達が好色な目を向けているよ。」
と、青年が周りを見回しながらゆきに向かって言うと、ゆきは漸く我に返り、とらの背から降りようと身体を動かした。
「いや、そのまま降りてしまうと裾の奥まで見えてしまうよ!」
青年が慌ててゆきが降りるのを制したため、ゆきも「ハッ」とその事に気付き、とらに跨がったまま、咄嗟に着物の裾の付け根、股間の辺りを両手で押さえた。
「ちょっと待って。」
青年はそう言うと客車の扉を開けて中に上半身を乗り込れて直ぐに表に出た。
手に朱色の外套を持っており
「これで隠すといい。」
と、馬上のゆきに外套を手渡してくれた。
ゆきは受け取った外套を膝の上に置き、腰に巻くように外套の端を掴んだまま両手を後ろに回した。
「さあ、馬の背から降りるといい。」
青年がゆきに向かってそう言ったが、ゆきは外套を持ったまま両手を後ろに回しているため、どうして良いか判らずにまごまごしていた。
すると青年がとらの馬体左側にピッタリと身を寄せて背伸びをし、ゆきの腰を両手で掴むと抱え上げた。
腰に外套を巻いているゆきを、所謂「高い高い」の状態にして持ち上げたのだ。
青年はゆきを持ち上げたところで
「おー、娘は重い。」
と言ったため、いきなり抱き上げられて驚いた気分が吹っ飛び、腹が立つのと恥ずかしいのとが合わさって、ゆきの顔は今にも湯気が吹き出そうになる程真っ赤になった。
「早ぐ降ろしてくんちぇ。」
ゆきがそう叫ぶと、青年はゆっくりとゆきを降ろして地に立たせてやった。
「おらはそらほど重ぐねえ!」
と、「重い」と言われた事にゆきが抗議したところ、青年は「ハハッ」といった風に笑い。
「ごめん、これは土佐の坂本龍馬という人が、酒の席で女中や芸妓を抱き上げては
「娘は重い、娘は重い」
とよく言ってたらしくてね、それの真似さ。
女の子を抱き上げたのは、私はこれが初めてだよ。」
「…それにしても、もっと他さ言い方が…」
ゆきがまた顔を真っ赤にしてブツプツと言っていたところ、その青年は、今度は黙って真剣な眼差しでゆきの顔をじっと見つめだした。
(…しかし、この娘…本当によく似ている…)
青年が見つめる時間が長かったため、ゆきは今度は羞恥で顔を真っ赤にしながら
「そ、そらほど見づめられるど!
あんたみだいに綺麗な男の人さ、そらほど見づめられるど、おら、しょうしいよ!!」
と両手を自分の顔の前に出して左右に大きく振りながら言った。
青年はゆきが手を離したために地に落ちた外套を拾い、ゆきに向かって微笑むと
「そういえば、名前を聞いていなかった。
君の名は?」
と尋ねてきた。
「ゆき、ていいます。」
(ゆき!?
…名前まで……)
「ゆき…君か、ゆき君が馬を止めてくれて助かったよ。本当にありがとう。」
「あんたはどなただが?」
と、今度はゆきが青年に質問した。
「私は銀鏡晴近
見ての通り軍人さ。」
「軍…人……?」
「この日の本を守るために戦う兵の事だよ。」
「だら銀鏡さまはお武家様づーごどだが?」
「違う、武士ではない。
私は武士ではなく公家の者だ。」
「…公家?」
「京畿以外の人には公家は馴染みないか…
まあ、軍人は武士とは別物さ。
といっても、今の軍人、御親兵は薩摩長州土佐の士族ばかりだけどね。でも、いずれ誰でも軍人になり得る。」
「???」
「軍は出来たばかりだし、判らなくて当然か…
それはさておき、ゆき君、この馬車を操って、さっきの所まで戻ってくれないか?」
「え?おらが?」
「ああ、先程振り落とされてしまって、この馬車は現在、馭者不在だ。
君は馬の扱いが達者のようだし、そもそもこの馬を知っていたみたいだし。」
「はい、この馬、とらはおらがお産さ立ぢ会っで、それがら四ヶ月一緒にいました。」
「それで知っていたんだね。
よし、じゃあ早く馭者台に座って!
道は私が案内するから。」
「お、おらも馬車なんて操ったごどねえよ!」
「大丈夫、大丈夫。
さ、乗った、乗った。」
ゆきは銀鏡晴近と名乗った青年に押しきられるまま、その瀟洒な造りの馬車の馭者台に乗った。
そして手綱を手に取ると
「…とら…おらの言う通りに動いでくんちぇね。」
と、前方の馬車を牽くとらに声を掛けた。
とらはゆきの声を聞くと耳をピクンと動かして振り向き、ゆきに目を合わせた。
ゆきはとらの目を暫くじっと見つめ
「うん、じゃあえぐべが、とら。」
と言い、手綱を軽く引いて合図した。
とらはゆっくりと脚を動かし始め、馬車は騒動を見物していた多くの人々間を静かに進んでいった。
第十話 (終)
馬車に乗っていた美形の青年は名を「銀鏡晴近」と名乗りました。
軍人とも公家とも言っていますが、正体は何者なのでしょうか?
この「銀鏡晴近」との出会いが主人公「ゆき」の運命を変えることになりそうです。
これからもよろしくお願いいたします。




