第2話 ファナ、冒険者ギルドに行く
――とはいえ、どの辺に住むのがいいんだろう?
生まれ育ち慣れ親しんだこの辺りで新しい住まいを探したいところではあるけれども、『死んだことにしろ』と言われてしまってはこの近くに住み続けることはもはや叶わないよね。
そんなことを思ったところで。
……あれ?
となると、私が登録していた、これから行く最寄りの町のギルドにも移籍願いを出さければいけない……かも?
はたとそんなことに気付き、街に向かって歩んでいた足をぴたりと止める。
ギルドというのは、いわゆる【冒険者ギルド】というやつだ。
いやいや、貴族令嬢がなんで冒険者ギルドになんか登録しとんねん、と言われそうではあるが、こちとら貴族令嬢であるよりも前に一人の魔術師である。
魔術研究に必要な素材を収集するため、魔術の実践を行うため、かつ小遣い稼ぎをするにも冒険者ギルドというのは実にちょうどよく。
そういった理由で、私は数年前からクレイドル家の最寄りの町のギルドに、素性を隠して冒険者登録をしていたのであった。
◇
「あらファナさん。お久しぶりですね」
冒険者ギルドに顔を出すと、馴染みの受付嬢のリサがそう言って私に声をかけてくる。
「うん、ちょっと色々あってね……。あのさ、聞きたいことがあるんだけどいい?」
「はい、なんでしょう?」
「実はギルドの移籍を考えてるんだけど。どこかおすすめとかいいところある?」
「……移籍ですか?」
「うん」
私の言葉に、リサが眉根を顰める。
……あれ?
もしかして、移籍とか願い出るのって、タブーだったんだろうか?
渋い顔をする彼女の表情を見ながら、ちらりとそんなことに思いを馳せる。
とはいえ、このギルドにも時々よそのギルドからの移籍者が来ているみたいだったし、絶対ダメってわけでもなさそうに思っていたんだけどなあ……。
そんなことを思っていたら。
「……とうとう、来てしまいましたか。この日が」
「……ん?」
「私たちも、ファナさんに愛想をつかされないよう、ファナさんに見合うSS級クエストを探して日々提供してきましたが……。もう、限界なんですね……」
「え? 何の話?」
くううっ……! と声が聞こえてきそうなほどに悔しげな顔でそう告げてくる彼女の言葉の意味が理解できず、思わずそう問い返すと。
「あれ? うちのギルドの依頼じゃもう満足できないから、他に行くって話じゃないんですか?」
「違うわよ。どちらかというと一身上の都合だわ」
きょとりと尋ねてくる受付嬢に、そう答える。
詳しい事情は説明できないが『家の事情でこの近辺で活動することができなくなったから他のギルドに移ることを考えているのだ』と言うと、リサがほっと胸を撫で下ろした様子で「……そうですか」と口にする。
「てっきり、ファナさんの要望に答えられない我々に失望して、新天地を求めていかれるのかと思いました……!」
「そんなことしないって。そもそも私、このギルド結構好きだったし」
冒険者ギルドというのは一般的に荒くれ者が多い印象を強く持たれるが、ここのギルドに関しては紳士的というか良心を持ち合わせた冒険者ばかりの良い場所だった。
だから十歳を少し過ぎたばかりの小娘の私が初めて訪れた時も、変な奴らに絡まれることなく逆に『こんな可愛い女の子がどうしたんだ……!?』と誰もが親身になって対応してくれた。
それ以来、ずっと良くしてもらってきたギルドだ。
感謝こそすれ恩知らずなことをするつもりなど毛頭ない。
「そう言ってもらえたならよかったです」
そう言ってほっとする表情を見せるリサに微笑み返すと、「それはそうと」と話を切り替え、本題の移籍の件について進めてもらえるよう促す。
「う〜〜〜ん、そうですね、おすすめの場所……」
そう言って、ペラペラとなにやら台帳を捲り出すリサだったが、その瞬間、ぺらりと一枚の紙がリサの立っていた机から風に乗って床に落ちてきた。
「ん? なにこれ。冒険者コン……?」
「あ、すみませんそれ! ちょうど来週から、この国の冒険者ギルド連盟でやるんですよ! ほんとは、冒険者男女のカップリング目的で起案してたんですけど、全然人が集まらなくて」
だから、男女のマッチング目的じゃ無くても、仲間集め目的とかでの参加でもいいからと、幅を広げて参加者を募っているらしい。
もともとは、冒険者界隈の少子化問題を憂いて『だったら冒険者同士の男女をカップリングさせれば問題解決なのでは!?』というとんでもない案を出したどこかのお偉いさん案件だそうだが、みごとに爆死しているそうで。
……まあそらそーでしょーね……。
マッチング目的の層がいないとは言わないが、かなりニッチな企画なのは火を見るより明らかだ。
よく冒険者ギルドもこの企画にGOを出したなあ、と妙な感心をする。
「当初、あんまりにも申込者が少な過ぎて開催も危ぶまれたので、今回は特別に【志学】のダンジョンを開けることにしたらしいです」
「え!? ダンジョン開けるの!?」
ダンジョンとは――。
その名の通りモンスターが住まう地下ダンジョンで、その管理は主に王宮と冒険者ギルドが管轄を分けて行っている。
ダンジョンは普段、中に生息するモンスターが人の生活圏に出てこないよう封印されているのだが、たとえばどうしてもそのダンジョンにしかないアイテムだったりが必要な時に申請を出して開けたりすることがあるのだ。
「そんなイロモノ企画のために開けるとか正気? 大丈夫?」
「もちろん、挑戦者の冒険ランク設定は設けますよ。流石に初心者とか参加させないですし」
開催期間も設けるので、3日経ったら自動的に中にいる人間は転移されるようにしますし! とリサが説明する。
まあ確かに、チラシを見てもいまリサが言ったこととほぼ同じことが記載されている。
一応、安全上の注意は払われてる、ってこと……? と思っていると。
「ちょうど【風通し】の時期とも重なっていたので、まあギルドとしては一石二鳥を狙おうってことみたいですね。……あ、もしかしてファナさんも興味あります?」
と尋ねてくるので。
確かに、通常ならばダンジョンが一般冒険者向けに解放されることなどそうそうないので、正直興味がありすぎるくらいに興味がある。
ダンジョンというのは普通、先ほど述べたように常時は王宮と冒険者ギルドが手分けして入り口を封じ管理しているのだが。
ずっと封じっぱなしにしていると知らない間にモンスターの無法地帯になり危険度が増す可能性があるため、こうやって定期的に解放し腕の立つ冒険者の手で【風通し】良くさせるのだ。
どうやら今回はそれと冒険者コンをぶつけて、一石二鳥でいこうというギルドの魂胆らしいけど……。
確か、【志学】のダンジョンってさあ!
奥に古代魔術の魔導書部屋があるって聞いたことがあるんだよね……!
ちょっとどころじゃなく行きたいかも……。
「……別に、マッチングした相手と、今回の企画が終わっても一緒にいなきゃいけないわけじゃないよね?」
「はい、もちろんです。当人たちの自主性、というか意志を尊重しますから」
なるほど。
「え、じゃあ……。ひとり参加申し込みで、お願いしてもいいかな……?」
「はいっ! もちろんですっ!」
私の言葉に、カウンター向こうにいるリサがにっこりと元気よく返事をする。
こうして私は、冒険者コンに参加することとなったのであった。
いろんなギルドから冒険者が集まるはずなので、せっかくだから移籍先のギルドもそこで情報収集するといいんじゃないかと、リサにも進められたのだった。