第9話「君の隣にいる誰か、悪魔の名を呼んだ」
1.日常のひずみ
昼休みの教室。
ざわざわと談笑が交差するなかで、智久は違和感を覚えていた。
──静かすぎる。
普段は明るく冗談を飛ばすクラスメイト、三好ユウタが、一言も発していなかった。
窓際に座り、スマホをじっと見つめるだけ。
何かを押し殺すように、まるで「そこにいない誰か」と会話しているかのように。
「……ユウタ?」
智久が声をかけると、彼はピクリと肩を揺らした。
「……あ、ああ……綾瀬か……」
その目は、どこか焦点が合っていない。
「おまえ……知ってるか……? “悪魔”って、本当にいるんだな……」
「……!」
智久の背筋が凍る。
この学校で、悪魔を“知ってる”人間は、まだ限られているはずだった。
それなのに、ユウタは──知ってしまっていた。
2.囁きはすでに届いている
放課後。智久は真白とともに、屋上へとユウタを連れ出した。
「なあ、ユウタ。おまえ、何を見たんだ?」
ユウタは、空を見ながらポツリと呟いた。
「……夜中、教室に忘れ物を取りに戻ったんだよ。そしたら……誰かが、黒板に何かを書いてた」
「黒板……?」
「“名前”だよ。……クラス全員分の名前が、ずらりと並んでた。
でも、ひとつだけ──“バツ”がついてた」
「バツ?」
「……俺の、名前だった」
智久と真白が、互いに目を見交わす。
真白が口を開いた。
「それ、“契約の印”かもしれない」
「契約……?」
「悪魔と契約を交わすとき、“対象者の記憶や存在”を印で囲う儀式があるの。
その“バツ印”は、おそらく──“消去”のサインよ」
智久が息を呑む。
「誰かが……ユウタを、“消そう”としてるってことか?」
ユウタは震えていた。
「なあ、綾瀬……誰がこんなこと、してるんだよ……?」
「……」
智久は、言えなかった。
でも、ひとつだけ思い当たることがあった。
──この中に、“悪魔と契約した生徒”がいる。
それは、きっと……自分のすぐ隣にいる誰か。
3.崩れた仮面
翌日。
事件が起きた。
三好ユウタが、授業中に突然、叫び出したのだ。
「やめろ……! 俺の名前を消すな……!! 見てるんだろ!? おまえだろ、〇〇〇……!」
誰の名前を呼んだのか──その瞬間、教室中が凍りついた。
そして、ユウタはそのまま教室を飛び出した。
騒然とする中、智久は立ち上がりかけて──気づく。
クラスの片隅で、誰かが、冷たい笑みを浮かべていた。
目が合った。
けれど、その瞳には「感情」がなかった。
──あのとき、気づくべきだったのかもしれない。
その人こそが、「悪魔と契約した人間」だったと。
4.真白の葛藤
放課後、屋上にて。
真白は空を見上げながら、ぽつりと呟いた。
「……やっぱり、この学校には“中心核”がある。
悪魔が集まりすぎてる。これは……自然現象じゃない」
「……どういうことだ?」
「誰かが、“悪魔を呼び寄せてる”のよ。意図的に」
「そんなこと、誰が……」
智久が言いかけて、真白の目を見た。
彼女は震えていた。
「……私、少しだけ……“知ってる”の。
この学校にいる“最も完成された悪魔”の気配……」
智久が息を呑む。
そのとき、遠くから聞こえてきた。
──ピアノの旋律。
誰かが、音楽室で弾いている。
懐かしく、どこか悲しい旋律だった。
そして、それは**“悪魔が現れる直前”に聞こえる音**だった。