第6話「放課後、きみを壊す詩」
1
昼休み、教室の片隅。
スマホ画面に表示された「詩」。
《わたしはただ、気づいてほしいだけ。
だれかが見てくれるだけで、
わたしの心は、いくらでも歪んであげるのに。》
「これ、花宮澪じゃね?」
「え、あの図書室の……?」
「やば……エモい。しかもタイトルが《壊れてあげる》。怖すぎ」
ざわつく声。広がる共感。
でも、その“詩”には、どこか──おかしいほどの“力”があった。
読んだ生徒たちが、澪に視線を向け始める。
「あれ、今日ちょっと可愛くない……?」
「え、もしかして……俺のこと想ってたり?」
「ちょっと話しかけてみるか……」
誰も気づいていなかった。
それが、“悪魔の詩”になっていたことを。
2
「……それ、花宮さんが書いたって本当?」
俺がそう尋ねると、真白は静かに頷いた。
「彼女はずっと、自分の心を“詩”にして吐き出してきた。でも今は、その詩が“人の感情を動かす”力を帯び始めている」
「それって……」
「悪魔との契約。彼女はまだ無自覚。でも、“誰かに読まれたい”という願いが、無意識に悪魔を招いた」
俺はその瞬間、思い出した。
放課後、図書室の隅。
一冊のノートが、開きっぱなしになっていた。
そこには、こう書かれていた。
《わたしを見て。
どこにも行かないで。
わたしを、ひとりにしないで──》
3
放課後、図書室。
薄暗い光の中、澪は机に向かっていた。
彼女の周囲には、男子たちが数人。
「花宮さん、その詩さ……すごかったよ」
「俺、毎日読むことにした。もっと詩書いてよ」
「今度、オレだけの詩、書いてよ?」
澪は、笑っていた。
でも、瞳の奥は凍っていた。
「……“読んでくれる”のは、嬉しい。だけど……違う。そうじゃないのに」
机の下で、彼女の手が震えていた。
「本当に、私の言葉を“読んでくれた”のは──」
そのとき、図書室の扉が開く。
「……花宮さん」
澪の目が、大きく揺れた。
「……綾瀬、くん……?」
「ごめん。勝手に見た。君の詩。……でも、あれは“叫び”だった」
「……ちがう……違うの。あれはただの創作で……私は……」
「寂しかったんだろ?」
「……!」
「俺は、花宮さんの“本当の言葉”が聞きたい。だから、こんな力なんて──」
俺は、彼女の詩のコピーを破り捨てた。
澪の目が、見開かれる。
「こんな力いらないよ。君が書く“詩”は、人を支配するためのものじゃない。
君が“誰かに届いてほしい”って思って書いた、ただの言葉だ」
静寂。
やがて、澪は小さく、声を震わせた。
「……読んでくれたんだね。ちゃんと、最後まで……」
その声には、はじめて“安心”が混じっていた。
4
その夜、澪の部屋。
誰もいない空間で、彼女はノートを開く。
《きみの声で、わたしは初めて
“自分の詩”を好きになれた気がした》
ページを閉じ、そっと微笑む。
部屋の隅。
そこにいたはずの悪魔の影は、もう消えていた。
5
一方、その夜の公園。
真白がひとり、ブランコに座っていた。
「……また、あなたが救ったのね。綾瀬智久」
木の陰から現れたのは、かつて凛に取り憑いていた悪魔だった。
「救う? いや……彼は、ただ“寄り添った”だけよ」
「ふふ。なら問おう、ましろ。
彼が他の少女に手を差し伸べ続けるその姿を──
君の心は、いつまで“見ているだけ”でいられる?」
真白の瞳が、かすかに揺れた。
「……私は、ただの観察者。悪魔の娘よ。感情なんて、必要ない」
「本当に……そうかな?」
風が吹く。
真白の銀髪が、静かに揺れた。