第19話「春野凛の選択、心を差し出す日」
1.優しさという毒
昼休み、屋上。
春野凛は、智久の横でお弁当を広げながら、いつも通りの笑顔を見せた。
「ねえ、智久くんって、どうしてそんなに……誰にでも優しいの?」
「え? そんなことないよ」
「ううん、優しいよ。わたし、知ってるもん。
澪ちゃんにも、真白ちゃんにも、……もちろん、わたしにも」
智久は少し照れて笑ったが、その視線の先――凛の瞳の奥には、深い揺らぎがあった。
(ねえ、その優しさで……どれだけの子が、期待して、苦しんで、泣いてるか……知らないんだね)
2.崩れていく境界線
その夜、凛はひとり自室の鏡を見つめていた。
「優等生の私」は、今日も完璧だった。誰も気づかない。誰にも見抜かれない。
でも、ふとした瞬間に、彼の言葉が蘇る。
『完璧じゃなくていいんだよ』
……その一言が、毒のように心を溶かしていく。
(だったら、もし全部やめたら……それでも、私を見てくれる?
それでも、私を選んでくれる?)
答えは、わからなかった。
そしてその夜。再びあの“影”が現れる。
「選びなよ、凛。優等生の自分を続けるか、それとも……心を渡して楽になるか」
3.放課後の問い
次の日。教室で凛は、ついに智久に聞いてしまった。
「ねえ……智久くん。もし、わたしが全部投げ出して、
誰かに頼ってばかりで、だらしなくて、泣いてばかりでも……」
彼女は震える指先で、制服の裾を握りしめた。
「……そんな私でも、好きになってくれる?」
智久は、その問いの重さに言葉を詰まらせた。
でも、彼女は続けた。
「本当の私、ずっと隠してた。見せたら、誰にも必要とされなくなるって思ってた。
……でも、あなたにだけは、知ってほしかったの。――全部」
その目には、もう涙が浮かんでいた。
4.悪魔との契約
その夜、再び凛の前に現れた悪魔は囁く。
「ねえ、智久はなんて答えたの?」
「……答えてくれなかった」
「そう、じゃあ、やっぱり“優等生の凛”しか愛されないんだよ」
凛は目を伏せる。でも――
「……でも、それでも、私は“私”をあげない。
私の心は、私のものだから。あなたなんかに差し出さない」
悪魔の影が一瞬たじろぐ。
凛の目は、震えていたが、確かにその奥に火が灯っていた。
5.放課後、再び
次の日の放課後、屋上。
凛は、再び智久の前に立った。
「昨日の答え、聞かせて?」
智久は、少し苦しそうに、でもまっすぐ凛を見て言った。
「……正直言うと、ちゃんと答える自信なかった。
でも……今の凛を見て、思ったよ。
――すごく、綺麗だって」
凛の目が大きく見開かれた。
「そのままの凛が、俺は好きだ。……強くても、弱くても」
そして智久は、凛の涙を指先で拭った。
「だから、もう一人で泣くなよ。俺が、隣にいるから」
凛は、やっと――小さく、でも確かな笑顔を見せた。




