第18話「優等生の涙、その理由」
1.完璧な優等生、春野凛
――春野凛は、常に“理想の生徒”だった。
成績は常に上位、容姿端麗、誰にでも優しく、教師にも信頼されている。
だけど、それは演技だった。
毎朝、自分の顔を鏡で作る。「明るく、優しく、笑って」。
その仮面を貼りつける作業は、毎日少しずつ痛みを増していく。
(壊れたいなんて思ってない。
でも……“ちゃんとした自分”じゃないと、誰にも必要とされないから)
2.放課後の崩壊
その日、凛は珍しく委員会を早退した。屋上に行くと、智久がいた。
「……凛?」
彼女はぎこちない笑みを浮かべて、言った。
「今日ね、数学で満点とれなかったの。たった2点。……なのに、私、泣きそうになってるの」
「別に、そんなの……」
「違うの。智久くん……私ね、“完璧じゃない自分”が、怖くてしかたないの」
声が震え、次第に涙がこぼれていく。
「誰にも、こんな弱いとこ見せたくなかったのに……なんで、智久くんの前だと、だめになっちゃうの……」
智久は、ゆっくりと手を伸ばした。
「凛は、完璧じゃなくていいんだよ。
弱くて、泣き虫で、意地っ張りでも……俺は、そのままの凛をちゃんと見てる」
その言葉に、凛の目が見開く。
(“そのままでいい”って、言ってくれたのは……初めてだった)
3.囁く声と、差し出された手
その夜。凛の部屋。
勉強机の上のノートが、いつの間にか黒く染まっていた。
ページの隅に、こう書かれていた。
『もう頑張らなくていい。全部投げ出して、愛されるだけでいいんだよ?』
その言葉は、優しくて、甘くて、恐ろしくて――
でも、今の凛には、すごく救いだった。
そして、黒い影がベッドの隅に佇んでいた。
「ねえ、凛。君の“心のスキマ”は、こんなに綺麗に開いてる。
どうして、まだ“それ”に抗うの?」
凛は、小さく首を振る。
「智久くんが……言ってくれたの。“そのままでいい”って」
その瞬間、悪魔の気配がぐらりと揺れる。
「――ふふ、あの子はほんと、甘すぎるよね。でも……それが毒になるのも、すぐよ」
4.朝の教室にて
翌朝。教室に入った凛は、いつも通りに笑った。
「おはよう、智久くん」
……だけど、その笑みは、少しだけぎこちなかった。
そして彼女の目の奥に、智久は見てしまう。
“悪魔の残り香”を。
(凛……もう、スキマの中に、落ちかけてる……?)
智久の胸に、鋭い焦りが走った。




