第17話「この心に棲むもの」
1.“彼女”の再来
「……また会えたね、智久くん」
教室の扉の前に立っていた少女は、確かに“彼女”だった。
白い肌。長い黒髪。あの頃と同じ、儚げな微笑み。
だが、目だけが違った。
真っ黒な――いや、深淵のような“スキマ”を宿していた。
「そんな……はず、ない。君は、あの時――」
「うん、死んだよ。……でも、“ここ”には残った」
少女は自分の胸に手を当てる。
そして言った。
「わたしは、あなたの心のスキマに棲んでる悪魔。
あの日から、ずっと一緒にいたよ」
2.真白の警告
屋上。風が吹き抜ける。
真白は、硬い表情で告げた。
「その子は、“具現化型の悪魔”……智久、あなた自身が創り出した存在」
「そんなこと、あるのかよ……?」
「あるよ。だって“心”は、現実さえ歪めるから。
痛みと後悔の残滓が、人格を持って“形”になることがあるの。
あなたの罪、あなたの孤独が――彼女を生んだの」
智久は、拳を握る。
(俺が、あの時、もっと強ければ。
助けられていれば。――そしたら、彼女は……)
真白は、そっと言葉を重ねる。
「でも、彼女はただの呪いじゃない。
あなたの心が、“許されたい”と願った証でもある」
3.心の中の対話
その夜、智久は再び夢を見る。
暗い水面のような空間。そこに、少女が佇んでいた。
「ねえ、智久くん。あの時、言ってほしかった言葉があるの」
「……何?」
「『お前のせいじゃない』って。
ねえ、どうして言ってくれなかったの?」
智久は、口を開けない。何も言えなかったあの日の自分が蘇る。
(あの時の俺は、弱くて、怖くて――)
「言えなかったんじゃなくて、言わなかったんだよね。
私の死が、ちょっとでも君の“意味”になるって思ったから」
少女は、優しく微笑む。
「でももう……私の存在に“意味”なんて、つけないで。
私は、ただ、助けてほしかっただけ」
4.決意
朝日が差し込む教室。
智久は窓際に立ち、静かに目を閉じていた。
(もう……逃げない)
その瞬間、胸の奥から“何か”が剥がれ落ちるように消えた。
長く張りついていた重さ。
それが、ようやく――消えた。
教室の中、少女の姿はなかった。
だが、智久の心の中には、確かに“何か”が残っていた。
それは、悔いではなく、“想い出”だった。
そして――
「真白。……俺、自分のスキマと向き合えたよ」
真白は少しだけ、微笑んだ。
「……うん。じゃあ、次は“他人のスキマ”に、飲まれないようにね」




