第15話「詩を忘れた少女の、最後の手紙」
1.澪、消える
その日、花宮澪は学校に来なかった。
誰も気にしなかった。もともと人付き合いのない少女だったから。
でも、智久だけは違った。
彼にはわかっていた。「スキマ」が空いたまま、彼女がひとりでいたことを。
放課後、図書室に立ち寄ると、いつもの席には澪の姿がなかった。
その代わりに、机の上に一通の封筒が置かれていた。
――智久へ、とだけ書かれた文字。
開いた瞬間、胸の奥がざわついた。
2.手紙の中の「詩」
わたしは、詩を書くことでしか、誰かと繋がれなかった
わたしの言葉は、誰かの心を縛り、誰かを惑わせた
でも、あなたは、それを破り捨ててくれた
怖かった。嬉しかった。どうしたらよかったのか、わからなかった
だから、わたしは――
最後に、「わたし自身」を、忘れたかった
ありがとう、さよなら
智久は立ち尽くした。
紙を握る手が震えていた。
「“忘れる”って……そんなの、逃げじゃないか」
でもそれが彼女にとって、最後の「自分で選んだ詩」だったのだと、彼は知っていた。
3.悪魔のささやき
その夜、智久の耳に“あの声”が囁いた。
「彼女は“解放”を選んだだけ。
詩に縋らず、自分を失くすという自由を」
蓮だった。
完成された悪魔の声は、どこまでも冷たく、どこまでも甘い。
「……あんたが、澪を」
「僕は誘っただけさ。
選んだのは、彼女だ。
綾瀬智久、君も知ってるはずだ。“救い”は、常に毒を孕んでいる」
智久は、拳を握った。
「……ふざけんなよ。
澪は、まだ“自分の声”を手にしてない。
奪ったくせに、救いだなんて言うなよ……!」
4.「詩のない」少女
翌日、澪は戻ってきた。
だが、彼女の目には、もう光がなかった。
彼女は、智久に会っても、目をそらした。
話しかけても、返事をしない。
まるで、「言葉を捨てた詩人」のように。
「花宮……おまえ、ほんとに、それでいいのかよ」
智久の言葉に、彼女は一瞬、まぶたを震わせた。
でも、すぐに何もなかったように首を振った。
まるで、自分の存在を「閉じた本」のように扱う彼女に、智久は……。
5.智久の詩
放課後、智久は彼女の机に、手紙を置いた。
中には、短い言葉が一つだけ。
「おまえの詩、まだ忘れてねぇよ」
彼は、花宮澪の詩を覚えていた。
初めて読んだあの日。胸に刺さった言葉。
人に理解されない痛みを、誰よりも感じていたのは――智久自身だったから。
そして、その手紙を読んだ彼女が
――ふっと目を潤ませたのを、誰も知らなかった。




