第13話「心の奥に、君がいた」
1.崩れゆく優等生
春野 凛は、完璧だった。
いつも笑顔で、誰とでも仲が良く、勉強も運動もそつがなくこなす――
クラスの誰もがそう思っていた。
でも、その実態は、誰にも見せられない「罪悪感」によって成り立っていた。
(あの日、あたしが……見捨てたから)
妹の事故。親の離婚。家庭の崩壊。
そして何より、幼い頃、智久を“見捨てた”という記憶。
そのすべてが、凛の心の奥に「スキマ」を刻んでいた。
2.囁き
夜、凛の部屋。
スマホを見つめていた凛は、不意に気配を感じた。
窓際に──男の影。
「こんばんは、春野さん」
「……蓮、くん?」
「どうしたの? そんなに頑張って、誰のために笑ってるの?」
「わたしは……ただ、迷惑をかけたくなくて……」
「優しさは、毒になるよ。誰も本当のきみを見ないまま、安心してしまう」
蓮の声は甘くて、優しかった。
「もし、君が“壊れた自分”を誰かに見せたら──その人は、君を見捨てると思う?」
凛は小さく首を振る。けれど、怖くて仕方がなかった。
3.“見捨てなかった人”
翌日。
智久は、誰よりも静かな凛の異変に気づいていた。
放課後、彼は思いきって、凛を呼び止めた。
「……なあ、春野。おまえさ、今ちょっと、疲れてんだろ」
「え? そ、そんなことないよ?」
凛はいつものように笑った。
でも、その笑顔は、どこかひび割れていた。
「……俺、昔、おまえのせいで泣いたことがある」
凛の顔が固まる。
「でもさ。今のおまえを見て、なんか……同じ気持ちだったのかなって思った。
誰かに助けてって言えなくて、ずっと我慢してる感じ」
「っ……」
「だから、言えよ。辛いなら辛いって。俺は、おまえを見捨てたりしないからさ」
凛の瞳から、ぽろりと涙が落ちた。
「……ありがとう、智久。わたし、ずっと……怖かった……!」
4.心の奥にいたのは
その夜、凛の夢の中に現れた“悪魔”は──
かつて幼い凛が作り出した、もう一人の自分だった。
「弱い私は、閉じ込められたまま、ずっと待ってたの」
「あなたが、本当の気持ちを誰かに言ってくれる日を──」
「だから今度は、わたしがきみを守るよ。もう、ひとりじゃない」
凛は、涙をこらえながらうなずいた。
心の奥にいたのは、“誰よりも自分を信じたかった”自分だった。
5.静かな夜
その晩、智久はスマホを見ていた。
凛からのメッセージには、ただ一言。
「ありがとう、智久。あたし、ちゃんと泣けたよ」
智久は笑った。
ほんの少し、胸の奥の何かが軽くなる気がした。
だが、同時に──その夜、蓮が誰かと話す声が、どこかで響いていた。
「綾瀬智久は、ついに選び始めた。でもそれは、誰かを切り捨てる選択でもあるんだよ」




