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クリスマスの魔法~Under the Mistletoe~

作者: 佐藤瑞枝

 1.モーリー


 路頭に迷っていたところを助けてやったネズミは、いったいどこから来たんだか危なっかしくてしようがない。常識がなさすぎるのだ。どうやって食べ物を調達するか、俺たちネズミにとって、どこが安全でどこが危険な場所なのか少しもわかっちゃいない。


 おつむがイカれているのかもしれない。ネズミの姿をしているくせに、自分は王子だと言い張っている。なんなら証拠を見せろよと迫ったら、あいつはどこからか金貨を一枚持ってきたが、そんなもの、ネズミにとっちゃなんも役に立たない。いっそチーズのかけらを持ってきてくれたらよかったのに。ため息がでた。


 実はアルフレッドという名前らしい。けれど、俺はあいつを「夢見るネズミ」って呼んでいる。クリスマスまでに、王女とキスをすれば、王子の姿に戻れるって? 本気でそんなこと信じているのか。笑っちまうぜ。


 世の中に魔法が存在していれば、人生こんなに苦労しないさ。


 この前なんかうっかり台所でメイドに出くわしたものだから、スリッパでしっぽを叩かれそうになるわ、チーズを落としそうになるわで、死ぬ寸前だった。それ以来、台所の至るところにネズミ捕りがあるから気をつけなければならない。


 それなのに、夢見るネズミはのん気に言うのだ。

「ねぇ、モーリー。どうしたらクリスマスに王女様とキスできるだろうか」

 俺がやっとの思いで拾ってきたトウモロコシをかじりながら。


 クリスマス。城で開かれるパーティーに、夢見るネズミは本気で繰り出していくつもりだ。いいか。馬鹿なことはするなよ。クリスマスは稼ぎ時だ。俺たちがやるべきことは、王女様にうつつをぬかすことなんかじゃない。食卓に並ぶご馳走を片っ端から持ち帰ることだ。


 2.ルビィ


 お母様が亡くなって、お父様はすっかり変わってしまった。政にも精が出ず、城の奥に伏せたままだ。おかげで国は貧しくなる一方で、争いごとが絶えない。このままではこの国も、センブルグ家もいつか滅びてしまうかもしれない。


 代々続いてきたこの城を守るのはわたしだ。


 思い切って、わたしはお父様の部屋の戸をたたいた。


「お父様、わたしはもうお父様の思っているような子供ではありません。歴史や政治の勉強を重ね、立派な大人になりました。これからは、お父様に代わってわたしがこの国を守ります」


 けれど、お父様の答えはわたしが期待しているものではなかった。


「しかし、ルビィ。お前はまだ結婚していないだろう。国を任せられるのは、婿をもらってからだ」

「お前とパール、どちらかが先に結婚した方に王位を譲る」


 驚いた。お父様がパールを世継ぎ候補に考えていることに。


 ルビィとパール。わたしたちは双子の姉妹だ。けれど、妹のパールはお父様にもお母様にも似ていない。それもそのはず。あの子はセンブルグ家の血を受け継いでいない。パールは、わたしが生まれた雪の日に、城の前に棄てられていた子だ。庭師が見つけ、保護した。


「バラのように赤いほっぺのこの子がルビィ」

「雪のように白い肌のこの子はパール」


 お母様はそう言って、わたしたちを双子の姉妹として育てた。


「ルビィはお姉さんなんだから、パールを守ってあげるのよ」


 お母様の言いつけをわたしはずっと守ってきた。パールが人形をなくしたと言って泣けば、わたしは自分の人形を貸してやった。コンペイトウの最後のひと粒は、いつだってパールに譲った。


 けれど、わたしはもうあの頃のわたしじゃない。あの子にセンブルグ家を譲るわけにはいかない。お父様はちっともわかっていないのだ。どこの馬の骨かもわからない娘をセンブルグ家の跡継ぎとすることがどんなにおそろしいことなのか。


 絶対に王座を渡すものか。

 パールになんか。


「それでしたら、今年のクリスマはミスルトーを飾りましょう」

 メイドが言った。


「ミスルトー?」

「宿り木です。宿り木を束にして、天井からつるすのです」

 そう言って、メイドは教えてくれた。


 クリスマスの日、宿り木で作ったミスルトーの下に立った男女は必ずキスをしなければいけない。


「ルビィ様が気に入った殿方をミスルトーの下に導き、キスするのですよ」


 なかなかいいことを言う。わたしが王妃になった暁には、この頭のいいメイドを昇進させてもいいと思った。


 3.パール


 お母様が亡くなって、お姉様は変わってしまった。城ですれちがっても、顔をそむけ、ひとことも喋らずに行ってしまう。子供の頃は優しいお姉様だったのに。やはりわたしがこの家の本当の娘でないからだろうか。

 メイドから聞いたときは驚いた。それまでずっと自分はお父様とお母様の子供だと信じて疑わなかったから。


「あの頃は不景気で、子供をさずかっても育てられない親がたくさんいたんですよ。孤児院もシスターが足りないくらい乳飲み子であふれていました」


 メイドは言った。


「パールお嬢様は恵まれていらっしゃいますよ。お優しい奥方様が、それはそれは大切に、ルビィ王女様と変わらずお育てになったのですから」


 もうすぐクリスマスだ。


「ルビィとパール、お前たちのどちらかが婿をもらい、この国を守ってほしい」


 お父様は言った。結婚なんて、わたしにはまだ早すぎる。けれど、もしも理想の殿方と出会えたら。わたしは王妃になって、孤児院に預けられた子供たちがひとり残らず幸せに生きられるような世の中にしたい。



 4.アルフレッド


 高らかに笑う魔女の声が未だに耳に残っている。恐怖でしかない。ネズミの姿にされ、ぼくは城を追われた。クリスマスまでに王女とキスできなければ、ぼくは一生このままの姿だ。


 モーリーはいい奴だ。ネズミのぼくに、人生のいろはを教えてくれる。安全な寝床を用意すること。食べ物を調達するやり方も。

 寝床は入口からできるだけ遠く、万が一ほうきの柄で掻きだされても、絶対につまみだされることのない奥に設置すること。食べ物は、城の住人が寝静まってから取りに行くこと。部屋の四隅には必ずネズミ捕りが仕掛けられているから特に気をつけること。

 おかげで何度も命拾いした。


 クリスマスはもうすぐそこに迫っている。王子の姿にもどるため、何が何でもぼくは王女とキスしなければいけない。


 そう言うと、モーリーは、あきれたように両手を広げ、肩を上下させた。


「お前はまたそんなこと言って。まったく夢見るネズミだな。俺は女とキスするよりもぷりっぷりのモッツァレラチーズをガブリとやりたいね」


 城には、ふたりの王女がいるという。明るく活発で血色のよいバラ色の頬をしているのがルビィ。色白で控えめな性格の王女がパールだ。数年前に、王妃はおかくれになり、すっかり老け込んだ王様は、そろそろふたりの王女のどちらかに王位を譲ろうとしているらしい。王位継承の条件は、王女が結婚することで、今年のクリスマスパーティーは事実上ふたりの王女の婿探しになるようだ。


 メイドたちは、忙しなくクリスマスの飾り付けをしている。モーリーと肩を並べ、ぼくは広間の様子をうかがった。


「思った通りだ。今年のパーティーはいつもより豪華だ」


 キッチンから漂ってくる料理の匂いに、モーリーがじゅるっとよだれをすすった。


「あそこにミスルトーがあるだろう」


 モーリーが言った。


「ミスルトー?」


 ぼくがわからないでいると、モーリーはぼくの肩に手をまわし、誇らしげに説明をはじめた。


「宿り木だよ。窓のところ、天井からぶらさがっているだろう。あれが、ミスルトーだ」


 モーリーがあごで指した方を見ると、小さな白い実をつけた植物が、花束のように束ねられ、逆さに吊るされていた。


「いいか。ミスルトーの下に立った男女は必ずキスしなきゃいけないんだ。ふたりがキスをすれば、誰もが注目する。その隙を狙うんだ。みんながふたりを祝福しているその隙に、片っ端から食べ物を盗む。できるだけ大きなかけらを狙うんだ。みんな酔っぱらっているから多少のことでは捕まらない。いいか。俺が合図を送ったら、思い切っていくんだぞ」


「おい、聞いてんのか」


 痛っ。ぼくの肩にもたれかけていた手をふりあげ、モーリーがいきなりバンバンたたいてきた。


 聞いてるさ。でも。


 正直、食べ物のことなんてどうでもよかった。

 キス、キス。ミスルトー。クリスマスの日、ぼくはミスルトーの下で、絶対に王女様とキスをする。


 5.クリスマス


 馬の嘶きと蹄の音で、馬車がきたことがわかる。城がこんなに賑やかなのは何年ぶりだろう。天井まで届きそうなクリスマスツリーの前には、カラフルなラッピングをほどこしたプレゼントが折り重なるように供えられている。リースには、保存食にもってこいのジンジャーブレッドマンや星型のクッキーがちりばめられているけれど、高いところにあるものはとれそうもないからあきらめることにする。


 広間にやってきた王子たち一人ひとりに挨拶し、ルビィはシャンパンをすすめている。姉に続き、パールもドレスをつまみ、おじぎをする。広間には料理が次々と運ばれ、俺たちの寝床までうまそうな匂いが漂ってくる。パーティーはこれからなのに、俺はもう腹が減ってたまらない。思わず腹がぎゅるるっと鳴った。


 夢見るネズミは、さっきからじっとミスルトーの方ばかり見ている。もの珍しいのだろう。それならそれでいい。見張り番をつとめてもらおうじゃないか。


「いいか。どっちの王女だってかまわない。ミスルトーの下で王女と王子がキスしたら、すぐに俺に知らせるんだ。そのあとは俺の指示に従え」


 気合いを入れ、肩をトンとたたくと、夢見るネズミはびっくりしたように俺を見た。


 さっきからルビィは熱心に王子をダンスに誘っていた。ダンスの相手は次々と変わった。ルビィは情熱的すぎる、と思ったのか、王子たちはルビィと踊っている時よりもパールと踊っているときのほうがおだやかな顔をしていた。

 パールが王子と踊っていると、ルビィは割り込んでいって王子に食べ物をすすめ、ワインのおかわりを飲ませた。もてなされた王子らは気分をよくし、ルビィのとりこになった。そして、とうとう気に入りの王子を見つけたルビィは、くるくると花のようにまわりながら、王子をミスルトーのある窓辺に誘った。


 その時だった。


 夢見るネズミが突然広間に飛び出した。


「おい、何やってるんだ」


 叫んだときにはもう遅かった。夢見るネズミはミスルトーめがけて走り、同じタイミングでミスルトーの下にやってきたルビィたちと鉢合わせた。


「きゃあっ」


 ルビィの叫び声が響き、足元のネズミに気づいた王子がびっくりしてあとずさった。すると、両腕を広げ仁王立ちした夢見るネズミとルビィが、ミスルトーの下で向い合う格好になった。


「しっ。あっちへお行き」


 ルビィがドレスをまくりあげ、尖ったヒールで夢見るネズミを蹴っ飛ばした。目も当てられなかった。脳しんとうをおこしたのだろうか。夢見るネズミは動かなかった。そこにいた誰もが死んだと思った。

 けれど、夢見るネズミは、しばらくしてふらふらと立ち上がり、再びミスルトーめがけて走り出したのだ。


「きゃあっ」


 ふたたび叫び声が響き、広間は騒然となった。ルビィに負けじと王子も靴をぬぎ、片手で持ち上げ身構えた。


 おい、早くもどって来い。

 あんなので殴られたら今度こそ命がなくなるぞ。


 けれどもう、夢見るネズミはミスルトーの下にいた。王女とキスする準備はできていた。


 ルビィが顔を歪め、後ずさり、翻った。そして、あろうことか事の顛末をはらはらと見守っていたパールを背中からどんと押した。


 ミスルトーの下で、今度は夢見るネズミとパールが向かい合っていた。


「さぁ、パール。あなたは今からそのネズミとキスするのよ」

「ミスルトーの下ではそういう決まりなの」


 ルビィの高らかな笑い声が響き渡った。パールがとまどっていると、ルビィはますます声をはった。


「うんざりなの」

「お父様が、あなたに王位を譲ってもいいと思っているなんて」

「あなたはセンブルグ家の人間じゃない。それなのに、女王になろうだなんて、どれだけ身の程知らずなの」

「そうよ。あなたなんて」

「あなたなんて、薄汚いネズミがぴったりなんだわ」


 誰もが息を呑み、ミスルトーの下のネズミとパールを見守っていた。パールは、夢見るネズミをじっと長いこと見つめていた。蹴り飛ばされたときに怪我したのだろう。夢見るネズミは頭から血を流していた。ひげも縮れ、曲がっていて、立っているのが不思議なくらいだった。


 パールがひざまづいた。


「かわいそうに」


 パールがゆっくりと手を伸ばし、ネズミの額の血をぬぐおうとした時だった。

 夢見るネズミがジャンプして、パールの唇を奪った。


 その時だった。

 夢見るネズミは突然姿を消し、驚くべきことに次の瞬間、目の前に現れたのは、美しい王子だった。


「ひゃあっ」


 あまりにも驚いて、俺は思わず変な声をあげてしまった。一瞬、何が起きたかわからなかった。不思議な魔法に、広間じゅうがざわついていた。


 まさか。夢見るネズミが本当に王子だったなんて。


「ぼくの名はアルフレッド。ミラー王国の王子だ」

「あなたに、我が城へきてほしいのです」

「パール王女、ぼくと結婚してくれませんか」


 王子の結婚の申し込みを、パールは喜んで受け入れた。ミスルトーの下で、二人はキスをした。長い、長い愛のキスを。


 6.モーリー ふたたび


 屋根裏にあたたかいベッド。テーブルには、山盛りのチーズにあたたかいミルク。なんて幸せなんだろう。ミラー城での新しい生活に、俺は大満足だ。アルフレッドとパールが結婚する時、俺も一緒に暮らすことを歓迎してくれたのだ。

 俺専用の屋根裏には、一日三度の食事が運ばれてくる。メイドが持ってきてくれることもあるが、たいていは王か王妃がやってくる。空腹をもてあますこともない。まったくネズミ冥利に尽きるというものだ。


 たまに、センブルグ城で暮らした日々をなつかしく思う。けれど、それは腹をすかせていた暮らしではなく、アルフレッドと過ごした愉快な日々だ。

 パール王妃が椅子に座って、毛糸を編んでいる。もうじき生まれてくる赤ん坊のためのおくるみになるそうだ。春のやわらかな光が部屋じゅうふりそそぎ、王妃は午睡に誘われる。


 今日のランチは濃厚なチェダーチーズとりんごだった。何もすることのない満たされた午後は、まったりとしていて、おなかいっぱいになった俺も、思わずうとうとしてしまいそうだ。


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