2 有名人
「一条先輩? もちろん知ってるよ。 スゲェ有名人じゃん」
学校の昼休みで前の席を占領してコンビニで購入したパンを頬張る同級生、新條武道は、次のパンが入った袋に手を付ける。
「この学校を入学して半年で生徒会長の座まで昇りつめ、成績優秀、文武両道、おまけに絵に書いたような整った容姿でモデルや女優業なども就いている正に完璧超人の御令嬢。 この高校に入学する生徒の半数が彼女と同じ学校に通いたいが為に受験しているとまで言われているぞ」
新條から聞かされる人物の話を聞いて、清寺は怪訝な表情を浮かべる。
今から一週間前の入学式に出会った在校生、一条優樹菜と名乗る女子高生から転生者だと断言され、さらには一緒に世界を救おうなどと中二病全開のセリフを言われただけに、新條から語られる人物とは同一人物だとますます考えられなくなっていった。
「なんだよ山吹。 お前も一条先輩を狙ってんのか?」
「狙うどころか狙われてる立場にある」
「あん? 誰が?」
俺は親指で自分に指をさす。
それを新條は数秒の間、パンを持つ手を口に運ぶのを止めたが、すぐにパンを丸々口に放り込んだ。
「ほりゃあ、ふげーは」
「おい待て。 お前信じてないだろ?」
「―――ごくん。 いやいや、そんなことないって。 俺はお前のいう事を信じるぞ」
「だったらまず目を見ろ目を。 っておい。 言った傍からなんで窓の外見てんだよ」
「今日は雨ならぬ大雪が降るかもと思って」
「残念だったな。 雪どころか桜も散って桜吹雪もねぇよ」
「じゃあ今日は1日か」
「エイプリルフールも先週過ぎたばかりだ」
「知ってるか山吹。 エイプリルフールの嘘ってその日の午前中だけしか嘘が言えないんだぜ」
「なるほど。 じゃあ真実しか言ってないからルール違反の心配はないな」
さらに新條は鞄から野球ボールくらいの大きなおにぎりを3つほど追加して取り出し、再び頬を膨らませて食べ始めた。
「まぁとりあえず、新條先輩が山吹に気があるとしてだ。 なんで山吹なんだろうな」
「さぁな。 なんか知らんが俺の事を転生者だとかなんとか言って来た」
「てんせいしゃ? 何それ」
「俺もよく分からん。 さらには世界を救おうとかも言われたぞ」
「新條先輩って信仰者かなにかのかな?」
「宗教の勧誘ならもっとユーモアのあるセリフが欲しかったぜ」
「いやいや。 そんなセリフを考えなくても新條先輩が誘えば男女関係なく大抵の人は無条件について行くさ。 なんたってあの一条先輩なんだからな」
「?」
新條は教室にある放送スピーカーに指をさす。
すると時刻が12時30分を針が重なると同時に、スピーカーから音楽が流れ女子生徒の声が聞こえる。
『ァー、てすてす。 皆さんこんにちは! 一条優樹菜です!』
放送部が毎日昼休みの12時30分から50分まで間に放送する音楽コーナーが流されるはずの時刻から、今まさに噂をしていた一条が透き通った声でスピーカーから聞こえてきた。
それに気づいた生徒達がまるで大スターに合ったファンのような歓声が溢れ、教室だけでなく廊下全体にまで生徒達が興奮している。
『急にごめんなさい。 本来この最初は放送部の部長さんが今日の音楽コーナーの説明をしてくれるのだけれど、少し無茶を言ってお邪魔させてもらいました!』
スピーカーから一条の声が聞こえるたびに歓声を上げる生徒や少しの声も聞き逃さないように耳を添えている生徒達が周囲に見え、本当に有名人である事認識する。
『それじゃあ長く待たせてもあれなんで、早速本題に入りますね!』
そこから数秒の間隔をあけた一条の口から、俺は思わず飲もうとしたお茶が入ったペットボトルを落としそうになった。
『1年2組の山吹くん。 連絡したい事があるから至急生徒会室にまでくるように』
その言葉を最後に、一条が放送室から出ていくまで教室内が静寂に包まれた。
この時から俺は、有名人に放送で呼び出された男子生徒として、校内で一条と同等に有名人となってしまった。