第八話 自治会長
「やあやあいらっしゃい。遠いところからご苦労様でした。」
大きな家や先ほど浴びた集落の人々からの突き刺さるような視線で自治会長もこちらに敵意を持った人物なのではないかと怯えていたのだが、戸をたたいた私たちを出迎えてくれたのは予想外に朗らかな笑顔を浮かべた優しげな老人だった。
しわの刻まれた手で私の肩をポンポンと叩き、ねぎらいの言葉をかけてくれた。
「お、おじゃまします。」
そのまま案内してもらった居間に入ると部屋の真ん中に大きな木製のテーブルがあり、それを囲うように同じく木製の椅子が並べられている。
会長が先に席につき、その向かいに私たちは並んで座る。
「この集落の家、みんな変な形してるでしょう。それ以外何にもないところだけど、これ目当てでこんな辺鄙なとこまでわざわざいらっしゃる学者さんも中にはいるんですよ。」
私たちが腰を下ろすと同時に会長はニコニコと人当たりの良い笑顔のまま話し始めた。
相槌を打ちながら話を聞いていると横から奥様だろうか、彼と同じくらいの年齢の白髪の女性が奥からお盆にお茶を三つ載せて運んできてくれた。会長はそのお盆がテーブルに置かれるや否や自分の分であろう一つ模様が違う湯飲みを一番に手に取った。
その女性がお茶を私たちの目の前に配ってくれたのでありがとうございます、と感謝を伝えたが聞こえなかったのかこちらを見ることはなく、横を向いたまま会長に近づき耳元で何かをひそひそと小声で話し始めた。その内容を聞き取ることはできなかったがその行動にここまでの道中にあった住人たちのこちらを見る目を思い出しす。
もしや何か気に障ることをしてしまったのではないか。
そう頭によぎり、ひっ、と肝が冷えるが当の会長は「そうだったそうだった。」と独り言を言いながらこちらに向き直る。その表情は先ほどと変わらぬ穏やかな笑顔であり、私の考えは杞憂だったとすぐに分かった。
「名乗るのを忘れていました、喜多野邦夫です。よろしくお願いします。」
そう言いながら私と作田、それぞれと握手をした後に先ほどの女性を手のひらで示しながら本人に代わって紹介してくれた。
「そっちは家内の鈴江です。」
手の先を見ると鈴江さんは笑みを浮かべる喜多野さんとは対照的に無表情でこちらに目を合わせず俯いていたが、自分の名前が紹介されるとその仏頂面のままぺこりと会釈をした。
続いて私たちも自己紹介をして、ここに来た経緯を説明しつつこの家の造りに関する資料や情報を教えてほしいとお願いする。すると私たちが言い終わるとほとんど同時に
「もちろん構いませんとも!」
と、拍子抜けするほどあっさりと了承の返事をもらうことが出来た。