第四話 宿の主人
少女を見失った後、諦めて民宿に戻った私たちをそこの主人が出迎えてくれた。
ふくよかで血色の良い顔ににこやかな笑みを浮かべ、慣れない場所でくたくただろう、とこちらを気遣う親切な人だ。
その笑顔を見ると先ほどの衝撃的な出来事でざわついていた心も幾分か落ち着き、少し冷静になることができた。
先ほどはすぐにでも警察に連絡をしようかと思っていたが、少し待とう。そもそも私も作田もここへは初めて訪れており、ここのことは何も知らない。
この集落で分からないことはここに住む人に聞くべきであろう。
私は主人に、傷だらけの少女のことを知っているか尋ねた。
あの時は虐待ではと決めつけていたが、もしかしたら不運な事故などで怪我をしてしまったのかもしれない、そう考え直したからだ。
小さな集落なのだから、そんな事故があったらきっとこの人も知っているはずだ。少女にしたってその事故のことはあまり思い出したくはないだろうし、下手に我々が蒸し返さない方が良いだろう。
それに、仮に少女が虐待を受けていたとしても目の前の人のよさそうな主人がそれを見過ごすわけがないと、そう思った、あるいは信じたかったのもある。
するとどんな子だったかを聞かれたので背格好やあの痛々しい火傷のことを伝えると、主人はああ、と気の抜けたような声をあげて
「あの子はいいんだよ。」
とだけ返した。
そう言った主人の顔は先ほどと変わらず笑っていたが、目だけは私の方に向けながらもどこか別の、更に奥を見つめているようでどこかおかしかった。
あの子はいい、とはどういう意味だろうか。
虐待でできた火傷じゃないから心配するな、ということだろうか?もしそうならもっとはっきりそう言うべきだ。誤解されかねないし、何の得もない。
しかしわざわざその表現を選んだのだと思うと、なんだか含みのある言い方である。
それはまるで、彼女がひどい目に合っているのを容認しているかのような口ぶりだ。
その言葉の違和感に私と作田が再び口を開こうとすると、急に主人が、そういえば、と私たちの大学はどこなのかと全く別の話をし始めた。まるでこれ以上踏み込むなとでも言うかのように。
その後会話がひと段落すると主人は仕事があると言って別の部屋へ移動してしまった。
少し時間をもらえないか頼んだが聞き入れてはくれず、ただ疲れているだろうから早く寝なさいと言うだけだった。
これ以上は話を聞いてはくれないだろうと判断した私と作田はおとなしく事前に案内されていた部屋に向かうのだった。