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エンディング目前の半透明な令息と、60日の寄り道を  作者: 杏野 いま
第六章 二人の寄り道が終わるまで
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52. 真相

 捜査官の手によって、倉庫の分厚い扉が開かれた。中にいた数人の見張りが、ぎょっとした顔でこちらを見る。

 広くて薄暗い倉庫の中を捜査官たちが駆け抜ける。何度か剣がぶつかり合う音が聞こえた。


 奥に進むと、木箱と樽が並んでいる場所があった。見取り図の通りだ。

 ララの体で駆けるテオドールが怪しく笑う。


「――アル、ぶっ壊してやれ」


 先陣を切っていたアルバートがさらに加速し、背中のホルダーから二本の斧を抜いた。

 宣戦布告のような派手な衝撃音と共に木箱が粉砕され、木片が飛び散る。隠されていた床があらわになった。


「みーっけ」


 ジャスパーが足で木片を退かせ、床の扉を開けた。地下が騒がしい。敵襲だと気付いたのだろう。


 アルバートとヒューゴに地上を任せ、他の捜査官がなだれ込むように地下に降りた。湿り気に満ちた通路。鼻をつく臭い。

 カルマンに雇われた者たちが道を塞ごうと武器を振り回すが、テオドールはそれをいなして突き進む。

 先にやらねばならない仕事があるため、敵の捕縛はフロイドたちに任せた。


「あの部屋だ」


 一室に入るなり、待ち伏せていた三人の男を気絶させた。周囲に敵がいないことを確認し、テオドールが体から出る。


 ララは壁際に置かれた金庫に近付いた。この中に牢屋の鍵があるはずだ。金庫に意識を集中させる。複雑なつくりではなかったため、解錠に苦労はしなかった。

 中身を確かめると、リング型のキーホルダーが二つ保管されていた。どちらにもジャラジャラと大量の鍵がついている。牢屋用と足枷(あしかせ)用だろう。


 鍵がこすれ合う音に混ざって、走ってくる足音が聞こえた。扉に視線を移して身構えたが、現れたのはフロイドだった。

 

「局長、ララさん、こっち片付きました。金庫は――」

「開きました」

「早ぁ」


「ララさんが泥棒だったら捜査大変っすね」と苦笑いを浮かべるフロイドに、鍵を託す。


「起爆スイッチが入った金庫も、大泥棒になったつもりで開けてきます」

「お願いします。俺らは捕まってる人助けてくるんで、後で合流しましょう」

「はい。お気をつけて」


 フロイドと別れたララとテオドールは、起爆スイッチの保管部屋に忍び込んだ。金庫への信頼からなのか、警備が手薄だ。

 テオドールに見張りを頼み、ララは金庫と向かい合う。


 ダイヤルを回して解錠すると、中には違う種類の金庫が入っていた。

 今度は鍵穴があるタイプだったため、ピッキングをした。大きな声では言えない特技である。ガチャリと開いた金庫の中を見て、ララは目を丸くした。


(また金庫……。大きさ的に、これが最後だと思うけど……)


 連続した八桁の数字を入力すると開くものだ。単純な仕組みだが、油断すると時間がかかるかもしれない。

 早く開けてしまおう、と気合いを入れた時だった。


「――多分これだよ」


 横から伸びてきた小さな手が、一つ目の数字を入力した。


「あれ? 押せた……?」

「押せ、ましたね」


 小さな手の主とララは顔を見合わせる。濃紺の髪と瞳に、泣きぼくろ。

 ちょっとばかりびっくりしている様子の彼は、カルマンに憑いている幽霊少年だ。


「……お嬢さん、僕の声聞こえてる?」

「はい。はっきりと」


 これまでの人生で彼の声が聞こえたのは一度だけ。物に触れているところを見たのは今が初めてだ。

 なぜ急に? と疑問が湧く。しかし――、


「へえ。そういうことか」

 

 困惑するララの前で少年は頷き、一人で納得している。


「僕、この倉庫が大嫌いなんだ。だから死んでからは入ったことがなかったんだけど……ここでならお嬢さんと話ができるし、物にも触れられるみたい」


 彼がこの場所を嫌う理由は明白だった。


「……ここであなたは、亡くなったのですね」

「そう。正確には殺されたんだけどね。カルマンに」


 少年はあっさりとした口調で話すが、瞳には深い闇を宿していた。容姿は子供だが、思考は成熟している。生きていれば自分より年上だったのかもしれない。

 二つ目の数字を入力しながら、少年は続けた。


「あの男は後悔も反省もしていない。僕が死んだのはもう何年も前の話だけど、いまだに許せないんだ。だから復讐するための力を与えられたんじゃないかな。恨みが詰まったこの倉庫限定でね。……まったく、神様は平等なのか不平等なのか」


 三つ目、四つ目、五つ目と、迷いなく数字が入力されていく。


「悲劇を終わらせる時がきたんだよ」


 六つ目、七つ目。


「なぜあなたは、解錠方法をご存じなのですか?」

「同じ金庫がカルマン邸にあるんだ。あの男が設定する数字はいつも変わらない」


 少年が最後の数字を入力すると金庫が開いた。ララは無意識に八桁の数字を読み上げる。


「……日付のようですね」

「カルマンが殺しの快楽を覚えた記念日。忘れられぬほどの興奮に身を落とした日。――僕の命日だ」


 あまりにも重い現実に言葉を失った。何を言ったところで少年は生き返らない。自分にできるのは、霊の声を拾うだけだ。笑い声でも泣き声でも、受け止めるしかない。


 ララは少年が金庫から出した起爆スイッチを受け取った。即座に操作し、全機能を停止させる。これで捕らわれた人々が爆破に怯える必要はなくなった。

 ふう、と息を吐いたところで、ララの元に通信が入った。

 ――ジー、ジジッ。


『マックスです。牢屋の中にいた人は救出しました。地上に第二騎士団の応援が到着しているようなので預けてきます』

「分かりました。余裕があれば魔道具を首から外してあげてください」


 機能を停止させたことを伝えると、マックスの声が一段明るくなった。


『フロイドたちが捕らえた傭兵を見張っているので――え、変わるんですか? いや、自分のでっ』


 通信機の向こうがガヤガヤしている。耳を澄ませて待っているとジャスパーの声がした。マックスの通信機を奪ったようだ。


『ララ、あたしよ』

「どうされたんですか?」

『カルマンが例の部屋に向かったみたいなの』


 ララはピタリと動きを止めた。

 例の部屋とは、人身売買の契約書がある部屋だ。そこに行けば、事件の元凶を捕らえられる。


「すぐにテオと向かいます」

『あたしも行くわ。途中で合流しましょ』


 通信を終えたララの体に、数秒と待たずテオドールが入った。部屋から飛び出し、周囲を警戒しつつ先を急ぐ。

 すでにほとんどの敵を制圧し、捕まっていた人々の救助も成功した。ここまでは順調。ただ一点、気がかりなことがある。


(誰がテオを殺害したのか、分からない)


 合流したジャスパーにも聞いてみたが、テオドールほど強い者とは会わなかったらしい。


 言い表せぬ不安を抱えたまましばらく走ると、目的の部屋が見えてきた。わずかに開いていた扉から、ジャスパーと共に突入する。

 気味の悪い部屋だった。硬い床と石壁、低い天井に、所々飛び散ったような黒い跡がついてる。奥に設置された机を漁っていた男が、慌てた様子でこちらに短剣を向けた。


「……カルマン卿」

「また貴方たちですか。一体どれだけ……私の邪魔をすれば……」


 カルマンは夜会の日よりも顔色が悪かった。悪夢を見続けているのだろう。

 すぐに取り押さえようと思ったのだが、問題が起きた。

 カルマンのそばに、十歳前後の少年がいる。攫ってきた者の中から人質として連れてきたようだ。

 首につけられた魔道具は爆発しないが、カルマンが短剣を所持しているため迂闊(うかつ)に近付けない。カルマンもそれを分かっているようだった。


「二人とも武器を置いて、ゆっくり扉から離れなさい。下手な動きをすれば、この子供を殺します」


 カルマンに短剣を突きつけられた少年がぎゅっと目をつぶる。こけた頬から一筋赤色がにじんだ。


『テ、テオ』


 頭の中で話しかける。

 テオドールとジャスパーはカルマンの要求をのみ、剣を床に置いた。両手を上げて部屋の奥へと進む。

 カルマンは少年を無理やり歩かせ、こちらから一定の距離を保ちながら扉の方へ向かう。口元は歪な弧を描いていた。


「常々感じていましたが、正義の味方というのは、この世で最も哀れな生き物ですね」


 半開きの扉の前で立ち止まったカルマンは、自分の短剣を捨て、先ほどジャスパーが置いた剣に持ち替えた。


「全く理解できません。薄汚れた子供一人救うために、自ら不利な道を選ぶ。――テオドール・グラント。あの男もそうでした」


 愛する人の名前に動揺し、心臓が激しく脈打った。


「教えて差し上げましょう。あなた方の大切な局長が、誰に殺されたのか」


 今まで得た情報が脳内を飛び回る。それらと現状が結びつき、真相にたどり着く。

 カルマンが答えを口にする前に、ララはすでに犯人を見つめていた。


「この子供です」


 カルマンに髪を掴まれた人質の少年が、ぼろぼろと涙を流していた。後悔の粒が床に落ち、シミをつくる。

 テオドールより強い人間を探しても見つからないはずだ。初めからいないのだから。


 カルマンはテオドールが死んだ日のことを、「あの夜は――」と語り始めた。


「大勢雇った傭兵が役に立たず、どうなることかと思いました。捜査局の局長が死んだ理由はたったひとつ。彼が正義の味方だったからです」


 六月十七日の夜、カルマンは倉庫街に侵入したテオドールを殺すため、雇った戦力を総動員した。しかしテオドールの圧倒的な強さの前には意味がなかった。傭兵は次から次へと地に沈む。


 焦ったカルマンは攫ってきたばかりの少年に刃物を握らせた。そしてテオドールにも聞こえるように言ったのだ。『あの男を刺さなくては、お前の頭を吹き飛ばす』と。


 少年の首につけられた魔道具の効力を、テオドールは知っていた。だからすぐに理解したのだろう。テオドールを刺せなかった場合、魔道具によって少年が命を落とすと。


(テオが避けるはずがない)


 彼は子供が、好きなのだから。


『……あなたは最後の瞬間まで、あなたらしく生きたのですね』


 テオドールは恨まれて命を落としたのではない。人を守って、死んだのだ。


『私はあなたを、誇りに思います』


 だから今度は自分が守ろう。テオドールが守った子供を、カルマンの手から。

 ララは体の主導権を握り、深く息を吸った。背筋を伸ばし、少年に話しかける。


「今日でこの場所を終わらせます。カルマン卿と手を組んでいる者にも、必ず罪を償わせます。ですからどうか、私に力を貸していただけませんか」

 

 カルマンが剣を前に突き出し、眉をひそめた。


「何を言い出すのかと思えば……。この子供が役に立つわけないでしょう。私から逃げることすらできないというのに」

「彼はそのままで良いのです。私が協力を依頼したのは、別の方ですので」

「は……?」


 依然として険しい顔のカルマンに、ララは静かな声で質問をした。


「カルマン卿。『ポルターガイスト』って、ご存知ですか?」


 ――……ギイィ……バタン。

 カルマンの背後にある扉が、不気味な音を立てて閉まった。


「なんだ⁉︎……ぐぁっ」

 

 振り向いて扉を確認したカルマンの手を、()()()()()()()()()()()()()()()()()が切りつけた。

 傷は浅かったようだが、カルマンは怯んで剣を落とした。宙に浮く剣から逃げようとして、人質の少年からも手をはなす。


 その隙をテオドールは逃さなかった。獲物を仕留める矢のように体が飛び出し、カルマンとの距離を詰める。斜め後ろからジャスパーが追ってきていた。


「子供はあたしが」

「頼む」


 テオドールは床に落ちた剣を素早く遠くに蹴り飛ばし、カルマンの前髪を正面から掴む。

 

「今回は当てるぞ」


 抵抗する時間を与えなかった。頭を押さえつけると同時に、振り上げた膝で顎を砕いた。

 カルマンは二、三度よろめき、言葉を発する前に白目を剥いて崩れ落ちた。微動だにしなくなったカルマンを見下ろして、テオドールはララの体で首を鳴らす。


「やりすぎだったか?」


 暴力は嫌いだし、できるだけ怪我人を見たくない。

 だが、今だけは言わせてほしい。


「足りないくらいです」

「足りないっての」


 ララとジャスパーの声が揃ったものだから、テオドールは「そうか」と吹き出した。


「あたしも何発か蹴っておこうかしら」


 ジャスパーはしかめっ面だが、優しい手つきで人質の少年の涙を拭っている。

 少年がテオドールを刺した犯人でも、責める気にはなれなかった。彼も被害者なのだ。


(被害者といえば……)


 ララは隣にたたずむ幽霊少年に視線を向けた。扉を閉めてくれたのも、剣を浮かせたのも彼だ。

 彼はララから離れ、横たわったカルマンの方に歩いていく。するとカルマンの体が、突如痙攣(けいれん)し始めた。


「……ガッ……ッ」


 気を失ったまま、自分の首元を掻きむしっている。少年が悪夢を見せているようだ。

 カルマンは数秒間床でのたうち回り、壊れたように動かなくなった。しかし、ララが近付こうとすると再び痙攣を起こした。激しく足をばたつかせ、もがき苦しむ。


「ゆ、るし……て……」


 首と手を血だらけにしたカルマンを、幽霊少年は冷めた目で見下ろしていた。


「今までどれほどの人が、お前にそう言ったんだろうね」


 少年はカルマンに馬乗りになって首を絞めた。倉庫内では直接触れられるのか、首が圧迫されていく。

 目を見開いたカルマンの口からは、声とは呼べない乾いた音が出た。


「ダメです! 殺してしまっては」

「どうして止めるの?」


 少年は手の力を抜いたようだが、カルマンを見下ろしたままだった。


「復讐しても僕は生き返らないから? 何も解決しないって? そんなの――」

「私があなたの友人だからです」

「――っ」


 止める理由なんて、それしかない。

 少年はビクッと肩を揺らし、視線をこちらに向けた。驚いているようでもあり、心細そうにも見える眼差しだった。


「あなたは神から復讐のための力を与えられたとおっしゃっていましたが、私は違うと思っています」


 彼がカルマンを殺したいほどに憎んでいるのはしょうがない。だが――、


「先ほどその力で、私たちを助けてくださったではありませんか」


 彼がカルマンを怯ませてくれなかったら、逃げられていた可能性もある。

 金庫を開けたのだってそうだ。彼のおかげで捕らえられていた人は救われた。


「あなたが神から与えられたのは、人を守るための力です」


 綺麗事だと言われても構わない。これが本心なのだから。少年は自分と同じ不幸な目にあう人を生まないために、力を得た。


「十年間友人を続けてきた私は、あなたがとても優しい人だと知っています。……この場でカルマン卿を殺めた場合、実行した自分を許せるような人ではないと、知っています」


 カルマンを手にかけたら、少年は罪の意識から神の元に帰らなくなるだろう。いつまでも苦しみ、寂しく漂うことになる。そんな痛みを、彼一人が背負う必要はない。


「……まだ僕を心配してくれるの?」

「友人ですから」

「カルマンを殺そうとしたんだよ?」

「未遂です。それにあなたの行いが間違いだとは思っていません」


 復讐されても文句が言えないようなことを、カルマンはしたのだ。


「ただ、私は自分の友人に、笑顔で神の元に帰っていただきたいのです。悔いを残さず、晴れやかな気持ちで。だから止めました。そしてちゃんと、本来のあなたに伝えたい」


 ララは少年に微笑みかけた。


「十年間私を励まし続けてくれて、ありがとうございました」


 子供の頃の記憶には、彼らの姿がある。彼らは生前辛い思いをしたはずだが、ララにはいつも親切だった。

 ララは彼らが、大好きだった。


 昔を思い出したのだろうか。少年は泣きそうな顔をした後、一度拳を握ってカルマンの体から降りた。


「…………あーあ。カルマンが死ぬまで呪い続けるつもりだったのに。ある程度善人の状態で神の元に帰りたくなっちゃった」


 そこまで話すと、少年の体が消え始めた。

 別れの時が来たようだ。


「……あとのこと、任せても良いかい?」


 ララは頷いて答える。カルマンは法に(もと)づいて正しく裁く。亡くなった人の無念を晴らすために。


 こちらを見て安心したような笑みを浮かべた少年は、もう闇を(まと)っていなかった。


「止めてくれてありがとう。幸せになってね、お嬢さん」

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