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エンディング目前の半透明な令息と、60日の寄り道を  作者: 杏野 いま
第三章 半透明で過保護な彼との、上手な仕事の進め方
30/55

30. 惚れた弱み【テオドール視点】

 テオドールがララの体で町の診療所から出ると、空には穏やかな青が広がっていた。数十分前までの豪雨が嘘のような、爽やかな風が吹く。

 いまだにララがずぶ濡れなことが気がかりではあるが、降り注ぐ日差しのおかげで寒さは感じない。


(天気が安定してる間に、捜査局に帰るか)


 白衣の裾を絞っていると、フロイドとアルバートが駆け寄ってきた。


「局長、子供たち大丈夫なんすか?」

「ああ。命に別状はない」

「良かったぁ。多分もうちょっとしたら家族が来ると思うよ」

「そうか」

「ララさんはどんな感じっすか?」

「しばらくは起きそうにないな。ずっと走り回ってたし」


 川に飛び込んで人を救出したのだから、体への負担は相当なものだっただろう。

 ララは特殊な体質だから、魂が眠れば回復する。そう理解しているものの、彼女の笑顔を見るまでは安心できそうにない。


「そういえば子供たちが川に落ちたって情報、誰から聞いたんすか? ほとんど誰も出歩いてなかったっすよね?」


 フロイドがタオルで頭を拭きながら聞く。

 

「子供たちに憑いてる身内の霊だ」

「これまた」

「信じられないか?」

「いまさら何言ってんすか。ララさんにしかできない捜索方法だから感心してただけっすよ。それで、霊に場所を教えてもらって子供たちを見つけたから、助けるために川に飛び込んだ、と」

「……言っておくが、俺は止めたぞ」

「へぇ、じゃあララさんに押し切られたんすか」


 本音を言えば、ララの体で飛び込むなんてしたくなかった。彼女の体が傷つく可能性があったからだ。

 しかし自分の思い通りにはいかなかった。仕方がない、あれは、仕方がない。なぜなら――、


「……ララが『あなたを信じています』って言ったんだ」

「うわぁ、殺し文句っすね」


 フロイドが「あちゃー」と片手で顔を覆うが、口元がニヤけているのはバレバレである。

 捜査官としては、あの時アルバートが到着するまで待つべきだった。ララの安全を考えれば、無茶をさせるべきではなかった。そんなことは当然分かっている。

 けれども彼女のラベンダー色の瞳に見つめられたら。必死に走る姿を見たら。『あなたを信じています』だなんて言われたら。それだけで全部、吹っ飛んでしまった。

 彼女からの信頼だけは、絶対に失いたくなかった。


「要するに、惚れた弱みってやつっすか」


 今度こそ心底楽しそうな笑みを隠さなくなったフロイド。生意気に育ったものだ。


「分かってるなら聞くな」


 ジトっとした視線を送ると、なぜかフロイドは目を丸くした。


「なんだその顔」

「いや、はぐらかさねぇんだな、と」

「ララへの気持ちをか? お前らに隠す必要ないだろ」

「なのにララさんにだけは……言わないんすか」

「言ってどうする。俺はあと二十日もすれば消えるのに」


 ララには未来があって、自分にはない。こんな厄介な感情を伝えれば、優しい彼女は辛い思いをするだろう。


「まあ、そりゃそうなんすけど。最後くらい自分の欲に素直に動いても、神サマとやらは怒らないんじゃないっすかねぇ」

「珍しいな、お前がそんなこと言うなんて」

「局長が惚れっぽい男だったら俺だってこんなこと言いませんよ。でも、……今まで誰も寄せ付けなかったじゃないっすか。仕事で夜会に顔出しても、ご令嬢が押しかけてきても」

「変な噂でも立って、ララに誤解されたくなかったからな」

「女性嫌いだったし、てっきり色恋に興味がないのだと」

「外れて残念だったな。ララ以外に興味がないだけだ」


 彼女には愛する婚約者がいたから、自分の気持ちを伝えずに生きてきた。だからと言ってララから離れるつもりもなかったし、他に目が向いたことは一瞬たりともなかった。

 魔道具を作る時の幸せそうな顔も、親しくなると冗談を言ってくるところも、照れて恥ずかしそうに俯く姿も。ずっと近くで、見ていたかった。

 たとえ自分が、一番でなくとも。


「ララは俺の、唯一だからな」


 テオドールが眩しそうに目を細めると、フロイドはカラッとした笑い声をあげた。


「凄えわララさん。局長にここまで言わせるんだもんな」

「このくらい普通だろ」

「へーへー。ララさんに伝えるかどうかは局長の自由ですけど、後悔だけはしないようにしてくださいよ」

「随分と世話焼きになったな」

「誰かさんと働いてたらこうなりました。……ついでに余計なお世話を一つだけ。ララさんに押し切られて川に飛び込んだって言ってましたけど、ララさんが『わがまま』言う相手は、局長だけっすよ」

「……お前」

「ララさんも気付いてないと思いますけどね。――と、子供たちの親が来たみたいっすね」


 こちらに走ってくる男女に向かって、フロイドが軽く頭を下げた。

 親への説明を済ませたら、今回の任務は完了だ。


「俺対応してくるんで、局長たちは休んでてください」


 テオドールが喋る前に、フロイドは逃げるように駆けていった。その後ろ姿を眺めながら、テオドールは隣に立つアルバートに話しかける。


「あいつ、どうしてあんなに生意気になったんだ?」

「フロイドはテオが大好きだからねぇ。仕方ないよねぇ」


 それとあいつの性格は無関係だろ。と思ったが、おそらく言い返しても(ろく)なことにならない。これまでの経験がそう言っている。


「テオはララちゃんに気持ち伝えないの?」

「その話まだ続けるのか」


 もうやめろよと目で訴えかけても、アルバートには伝わらなかった。いや、違う。伝わっているのに気付かないふりをしているのだ。

 アルバートはこういう時、妙に空気を読む。だから普段は騒がしいくせに、今は静かに話を聞いていた。


「テオはララちゃんに、幸せになってほしいんだよねぇ」

「そうだな」

「もうちょっとしたらいなくなる自分は、気持ちを伝えない方が良いって思ってる」

「ああ」

「でもさっき、フロイドや僕には自分の気持ちを言ったでしょ?」

「……ああ」

「僕には『ララは俺のだ』って言ってるみたいに聞こえたけどな〜」

「…………」


 どうしてこうも、捜査局には性格が悪いやつが多いのだろう。誰だ、こいつら集めたの。


「……俺か」

「何が?」

「なんでもない」


 深いため息をついてみても、アルバートは微笑みかけてくるだけである。


(独占欲を隠せないくらいなら、ちゃんと向き合えってことか)


 死んでもなお膨らみ続ける、ララへの感情。それをどうするべきか、考えなくてはならない。この気持ちと、ララと、向き合わねばならない。彼女の気持ちなんて、自分には分からないのに。

 ――ああ、本当に厄介だ。


 テオドールは再び白衣の裾を絞った。裾からは水が落ちてこなくなったが、袖が腕にへばりついて不快だ。肌が新鮮な空気を吸いたがっている。

 ララが嫌がるため普段は訓練時でも袖を捲らないのだが、この状況なら許されるだろう。テオドールは袖を肘の辺りまで捲り上げた。

 空気に触れた解放感。しかしそれを堪能する前に、テオドールは動きを止めた。


「なんだ……これ」


 心臓が一度、大きく脈打つ。

 白くて細いララの腕に、あってはならないものを見つけた。うっすらと、けれども間違いなく。

 ――いつ? なぜ? そんなはずはない。だが、もしそうだとすると……。

 疑問と推測が脳内で入り乱れる。まとまりのなかった考えが、徐々に一つの答えに繋がる。テオドールは自分の勘違いに気付いた。


(ララにとって元婚約者との時間は、幸せではなかった……?)


 答えに辿り着いた瞬間、煮えたぎる血液。

 冷静にならなくては。まずは事実確認だ。そう思うのに、腕から目を離せない。

 

 彼女が耐えてきた痛みが。――強く握られたような痣が、ララの腕には残っていた。

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