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エンディング目前の半透明な令息と、60日の寄り道を  作者: 杏野 いま
第三章 半透明で過保護な彼との、上手な仕事の進め方
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23. 初めての巡回(2)

 戻ってきたフロイドの案内でララたちが向かった場所は、倉庫街と呼ばれる一角だった。通路を挟んだ両脇に、同じような赤レンガの建物が延々と続いている。

 シャツの袖を肩まで捲り上げたガタイの良い男性たちが、荷物を担いで通路を行き交う。


「周りの建物は、全て倉庫なのですか?」

「ああ。輸出入倉庫だ」


 ララが疑問を漏らすと、テオドールが教えてくれた。


「船に積んで帰ってきた資源なんかを、ここで一定期間保管する」

「グラント卿はなんでもご存じなのですね」

「買い被りすぎだ。死んだから予定が狂ったが、そろそろこの辺りにも顔を出そうと思ってたんだ。だから軽く情報を入れてた」

「あ、そういうことでしたか」


 植物園についてもだが、テオドールは色々な情報を集めているらしい。そうでなければ仕事にならないのだろう。

 納得していると倉庫から一人の男性が出てきた。ジャケットを羽織っており、他の従業員と比べて身なりが整っている。

 小走りで向かってくる彼に会釈をしようとして、ララはあんぐりと口を開けた。


(これはまた、随分と……)


 突風にあおられたみたいに、倉庫の中から霊が飛び出してきたのだ。一人や二人ではない。こんなにたくさんの霊を一度に見たのは久しぶりだ。他国の者が多いようだが、年齢や性別に規則性はない。


「何か、事件でもあったのですか?」


 イーサンと名乗った男性が呼吸を整えながら聞いてきた。太めの下がり眉と背中に乗った霊が印象的である。彼は男爵家の四男で、倉庫の管理を一部任せられているらしい。

 やや不安そうなイーサンに、マックスがいつも通りの人懐っこい笑顔を向けた。


「驚かせてすみません。近くを巡回してたので寄らせてもらっただけなんです」


 事件ではないと分かり安心したのか、イーサンの表情がやわらいだ。マックスは相手の緊張を解すのが上手い。


「この辺りは海が綺麗で眺めが最高ですね。町にも活気がありますし」

「そうでしょう? 夜は人通りが少なくなって静かになるので、その違いもまた良いんですよ。他にも――」


 (ほが)らかに続く会話にララは耳を傾ける。けれども集中はできなかった。視界に入る霊が気になって仕方がない。

 フロイドが会話に加わった隙に、後ろを向いて小声でテオドールに話しかけた。


「グラント卿、怖くないですか?」

「何がだ?」

「霊ですよ、霊」


 見慣れている自分ですら動揺する人数だ。城内でたまに霊とすれ違うくらいのテオドールには、刺激が強いかもしれない。そう思って聞いたのだが、彼からは予想外の答えが返ってきた。


「霊? どこにいるんだ?」


 テオドールが顔を前に突き出し、宙に向かって目を凝らす。

 どこにも何も、霊ならそこらじゅう飛び回っているではないか。ついでに言うと、先ほどからテオドールの体を何度もすり抜けている。それなのに彼は避けもしない。……つまり。つまりだ。


「もしかしてあなた、霊なのに霊が見えないのですか⁉︎」

「……ここに霊がいるなら、そうなんだろうな」


 そんなことある? と、ララは絶句する。

 確かにテオドールは、今まで霊とすれ違っても反応を示してこなかった。興味がないのだろうと思い、ララも深く突っ込まなかったのだ。

 まさか存在に気付いていなかったとは。

 飛び回る霊たちもまた、テオドールを認識していないように見える。お互いに見えていないのだ。


(それなのにグラント卿は、私相手だと接触することも可能、……と)


「あなたは霊としての能力値の振り分けを、間違えたようですね……」

「悲しそうな顔で言うんじゃない」


 テオドールが不貞腐れている。その様子が珍しくて、少し可愛いかも、なんて思ってしまう。言ったらさらに拗ねられるだろうから、黙っておこう。


「そもそも、君には霊体の俺がどんな風に見えてるんだ?」


 そう問われ、改めてテオドールを観察してみた。下を見れば磨き上げられた革靴。上を見れば耳元で光るイヤーカフ。


「基本的に半透明ですが、着ていらっしゃる制服の刺繍とか、左頬にある小さなホクロも見えてます」

「細かいところまで見えるんだな」

「ええ。なので生きている人間も霊も、私にとっては同じようなものです」


 だからこそ、こうも大量に空を飛ばれると困るのだ。

 霊たちと会話を始めてしまうと仕事にならないため、できるだけ目を合わせないようにする。


 そうこうしているうちにも、イーサンとマックスたちの話は進んでいたようで――。


「中も案内しましょうか? 私が管理している倉庫の一部だけになりますが」

「ぜひ!」

「やりぃ」


 いつの間にか、倉庫に入れることになっていた。


「今日は商談のために他国のお客様も来られていますので、珍しい物が揃っているかもしれません」


 他国の珍しい物……なんと心惹かれる響きなのだろう。素材や魔道具もあるのだろうか。ぜひ見たい。ララは目を爛々(らんらん)とさせ、イーサンに尋ねた。


「国によって豊富な資源や得意な加工に違いがあると聞きますが、どのような物の取り引きをされているのですか?」

「代表の好みによって差が出ますね。うちの場合、最近では船の契約もありましたし」

「……船?」

「珍しいでしょう? 他国のものだとオルティス造船の技術には遠く及ばないのですが、交渉次第で安く手に入るみたいで」


 ララは巡回中、『新人捜査官のララ』としか名乗っていない。貴族と出会った時に不快な思いをさせないためだ。それゆえにイーサンは、ララがオルティス家の人間だと気付いていない。

『船』と聞いた途端、全身に嫌な予感が走った。オルティス家の船を必要としなくなった人物を、一人だけ知っていたから。


「あの、イーサン卿。こちらの代表の方というのは……」

「カルマン伯爵家のチェスター様ですよ」

「んぐっ」


 嫌な予感が当たってしまった。頭を殴られたような衝撃を受ける。


(カルマン卿が、イーサン卿の上司ということ?)


 カルマンが貿易関係の仕事をしていることは知っていたが、こんな場所で名前が出てくるとは思ってもみなかった。

 しかし彼が近くにいると仮定すると、今の状況が腑に落ちる。霊が異常に多いのはカルマンの体質によるものだろう。

 難しい顔で考え込むララを前に、イーサンが首を捻った。

 

「チェスター様がどうかされましたか?」

「い、いえ。他国と船を取引できるなんて、カルマン卿は凄い方なのだなと。まあ、私は何も知らないのですが。本当に、知らないのですが」

「それはもう、かなりのやり手ですよ。今も商談中のはずです。ここ数日は寝不足気味なようなので少々心配ですが」

「お身体の具合が悪いのですか?」

「そこまでひどくはないと本人が言っていました。きっと仕事の疲れが出ているのでしょう」

「そう、ですか」


 ふいに婚約破棄された日に聞いた、幽霊少年の言葉が頭をよぎる。



 ――あいつは許さない。

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