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エンディング目前の半透明な令息と、60日の寄り道を  作者: 杏野 いま
第三章 半透明で過保護な彼との、上手な仕事の進め方
20/55

20. 君にしかできない

(ひいぃ、痛そう……っ!)


 フロイドの腕の傷口を見て、ララは思わず目を閉じそうになった。しかし治療中のテオドールに迷惑をかけたくなくて、意地で耐える。


「ララ、嫌なら言えよ? こいつの腕なんて放置したって平気なんだから」

「ひでぇ」


 テオドールの雑な言葉に、フロイドが声を出して笑う。痛みなんて感じていないように見えるが、ララにとっては大怪我だった。


「フロイド様、無理をなさっているのでは」

「いやぁ、こんくらいなら全然余裕っすわ。局長の教えで急所を守る癖ついてるんで、怪我も軽いんです。ララさんに治療してもらってる気分が味わえて、むしろ得してますかね」

「おい、一回骨折って逆向きにくっつけんぞ」

「ララさんの顔でそれ言うのは勘弁してくださいよ」


 フロイドは文句を垂れながらも楽しそうだ。テオドールもこんな会話に慣れているのか、時折り笑いながら手早く処置を進める。

 ララは視界に入るテオドールの手の動きから、処置の手順や包帯の巻き方を学ぼうと必死だった。早く役に立てるようになりたい。


「あの、今回のような怪我は、よくあるのですか?」

「そっすね。城内の捜査の時は諜報部隊が出ること多くて、戦闘ってより秘密裏に潰す方が多かったんすけど。最近は外の仕事増やしてるんで、ヤバいやつも多くて」

「……ちなみに今日は、どのような?」

「違法薬物の密売組織と、少々」


 テオドールが包帯を巻きながら「勝ったんだろうな?」と聞けば、「当然っすわ」とフロイドが返す。


「ただ、ちょーっと厄介な問題が発生しまして」

「なんだ?」

「組織の連中が、取引先の情報を金庫にしまってるんです。鍵が何重にもかかってる魔道具なんすけど、開けるための文字配列を数人で分割して作ったみたいで」


 それのどこが問題なのだろう。ララは金庫を想像しながら考える。


「どのように困るのですか?」

「配列を作った人間全員の口を割らせないと金庫が開けられないんです。口を割るのは時間の問題でしょうけど、それより先に俺らが捜査してるって情報が回ると、薬を購入してるやつらに逃げられる可能性がありまして」

「時間との勝負だから、金庫を開けるのに手間取ると困る、ということですか?」

「そういうことっす」

「なるほど。では、すぐに開けてしまいましょう」

「ですね、開けて……え?」


 フロイドが気怠げな表情を捨て、こちらを二度見する。

 彼の腕に巻き終わった包帯を確認したララは、にこっと笑顔を返した。


「――今の私は、開発局員()、捜査官なので」







 怪我をした捜査官たちの処置を終えた後、ララは自分のトランクを持って会議室に来た。室内には木製の長机を囲むように黒い革張りの椅子が並べられている。

 事前にヒューゴが呼んだのか、密売組織とやり合ってきたであろう捜査官たちが大勢集まっていた。


「ララさん、こちらが金庫です」

「拝見します」


 手袋をはめた手で、ヒューゴから例の金庫を受け取る。机に置き、全体を観察した。

 指の先から肘くらいまでの長さを一辺とした、立方体の金庫である。歯車のようなつまみが三十ほどついており、それぞれに結界を構築する文字が彫られている。

 ふむ、と髪を後ろに流し、椅子に腰かけた。するとララを囲む捜査官たちが首を捻る。


「金庫のつまみ全部回して確認したら、すげぇ時間かかるんだよな?」

「てかこれ結界だろ? どうやって解読するんだ? 局長が頭良いのは知ってっけど、そんなことまでできんの?」

「流石に専門外だろ。今までやってなかったし……。金庫自体の仕組みと結界の展開方法を完璧に理解してないと……あ」


 ――と、そこまで話して、捜査官たちがじーっとこちらを見る。どうやら彼らは、テオドールが金庫を開けると勘違いしていたようだ。そして今、基本的なことを思い出したらしい。


「私……これが本職なので」


 そう、ララの本職は霊の通訳者ではない。王立開発局の副局長だ。

 単純に腕力が足りず武器は扱えないが、それ以外の道具や結界で扱えないものはない。そうでなければ、副局長にはなれないのだ。


「他人の物の解錠(かいじょう)は犯罪行為ですが、私は今、捜査官なので……」


 許してもらえるはず、と言い終わる前に、金庫しか見えなくなった。周りの音が遠くなり、頭の中にいくつかの図が浮かぶ。


 何年も、何度も、繰り返し魔道具の設計図を書き、作り上げてきた。そうしているうちに、ある時から魔道具の構造や劣化具合、結界の文字配列や展開方法が感覚的に理解できるようになった。

 これは叔父にも分からないらしく、人に教える術がない。けれども、ララが導き出した答えが間違ったことはなかった。


 トランクから出した聴診器を金庫に押し当て、金庫のつまみを回しながら、結界の(ほころ)びを探す。

 目の前で踊るように飛び回る、無数の文字。己の好奇心を満たしてくれるその光景は美しく、道具と対話しているようだ。

 

(――見つけた)


 綻びのあった部分の文字を、勢いに任せて書き留める。

 静まり返った世界の中で、自分がつまみを回す音と、暴れるように走るペンの音しか聞こえない。

 文字を探し、追いかけ、捕まえる。作業を何度か繰り返し、結界を解除するための文字配列を特定する。……あとは順序通りつまみを回せば、――ガチャリ。

 音を立て、心が踊る時間が終わってしまった。


「……開きました」

 

 解錠を告げて視線を上げる。

 いつの間にか正面に座っていたテオドールが、「お見事」と目を細めた。


(なんだか、懐かしい)


 少し前まで、これが日常だった。テオドールが開発局に来ていた時も、修理や製作終わりに視線を上げると、いつもこの表情が近くにあった。

 その度になんだか嬉しくなってしまったのを覚えている。

 

 ララは開けたばかりの金庫を抱え、ヒューゴに差し出した。中身は見ない方が良いかもしれない。そう思い、鍵だけ開けた状態で。


「ヒューゴ様。中をご確認ください。……ヒューゴ様?」

「は、……はい」


 金庫を受け取るヒューゴの顔が、心なしか赤い気がする。それに彼にしては珍しく、目が泳いでいる。


「どうかされたのですか?」


 体調が悪いのでは、と不安になって、ララはヒューゴから金庫を取り上げた。金庫を机に置き直し、彼の顔を凝視する。

 だがヒューゴはララの方を見ないまま、悩ましげにこめかみを押さえた。


「あー、……あの、ララさん。解錠中に微笑んでいらっしゃったのは、……無意識、ですか?」

「微笑む……え、私が?」


 なんだその奇妙な状況は。想像しただけでゾッとする。


「そんな、はずは」


 狼狽えながら、青い顔で捜査官たちの様子をぐるっと見回した。けれどものぼせたような顔の彼らは、誰も反応を返してくれない。

 青を通り越して白くなった顔で、ララはテオドールに確認した。


「グラント卿。私、……笑ってましたか?」

「君が集中してる時に楽しそうなのは、いつものことだ」

「なっ⁉︎」

「鼻歌まじりの時もある」

「ど、どうして教えてくださらなかったのですか」

「教える理由がないからだ」


 テオドールがケロッとした表情で言うものだから、自分が悪いのは承知の上で八つ当たりしたくなる。さりげなく注意してくれても良かったのでは、と。

 ジャスパーくらい感情豊かな人間であれば、ハンカチを噛みしめて悔しがっているところだ。――なんて考えている場合ではない。


「お見苦しい姿を……っ!」


 後悔の嵐に飲まれたララが、机におでこをつけて平伏(ひれふ)した。まるで踏み潰された雑草である。


 一部始終を見ていた捜査官たちは、珍獣と遭遇したような気分だったに違いない。いや、珍獣の方が何倍も可愛かったはずだ。鍵を開けながらニヤついている女なんて、捕縛(ほばく)されてもおかしくない。

 彼らは気味の悪いものを見せられた怒りで言葉を失っているのだ。顔が赤いのも納得である。


「もう二度と笑いませんので、どうか捕縛だけは……!」

「……ほばく?」


 テオドールが疑問の乗った声を出すが、ララは平伏したまま動かない。

 その哀れな姿を見たからなのか、ヒューゴが冷静さを取り戻した。


「大丈夫ですよララさん。誰も怒ってませんから」

「でも、みなさん何も言ってくださいませんし」

「それは別の意味なので。ただ、……テオがララさんを隠していた気持ちが、理解できただけで」

「へ、へえ……?」


 話の十分の一も理解できなかった気がするが、彼らが怒っていないと聞いて安堵する。

 やっと顔を上げたララは、改めてヒューゴに金庫を渡した。彼は中から紙の束を取り出し、ペラペラとめくっていく。


「ほう、……これはこれは」


 深緑色の瞳を怪しく光らせたヒューゴ。彼は顔色が戻ったフロイドに紙の束を渡すと、()いた手を二回叩いた。

 よく響く音に、頭の中が一瞬で覚醒(かくせい)する。会議室内の視線がヒューゴに集まった。


「仕事です。特攻部隊を中心に、装備の準備をしてください。距離があるので馬の手配も。詳細は一斉通信で。情報処理部隊への指示は私がします。フロイド、覚えたらその紙をマックスに回してください」

「了解っす」

「アルも現地に向かってください。道に迷わないように。一番元気だと思うので、他の者たちのフォローをしつつ、誰よりも多く捕まえてきてくださいね」

「任せて! ララちゃんに使いやすくしてもらった武器、もっと試したかったんだぁ。フロイド案内よろしくね~」

「へーい。マックスは最後尾頼むわ」

「あいよ」


 捜査官たちがヒューゴの指示通り動き始めた。ララは窓の外が真っ暗であることを思い出し、テオドールに近寄る。


「あの、こんな夜中に出ていって、危険ではないのですか?」

「この時間が一番悪事に向いてるからな。現行犯の方が捕まえやすい。心配か?」

「ちょっとだけ。みなさん、怪我もされてますし……」


 訓練を通して彼らが強いと知っているものの、心配なのは変わらない。白衣を強く握ってしまい、しわが寄る。


「ここで引いたら、君の仕事が無駄になる」


 俯いた視線の先に、テオドールがしゃがみこんだ。


「……鍵を開けたことですか?」

「ああ」


 テオドールはララの頭をふわりと撫でると、破顔した。


「大手柄だ。捜査官の中でも君にしかできない。君がここにいる理由を、君自身がつくったんだ」


 あまりにも眩しい笑顔に、ララは目を見開き、呼吸を忘れる。胸の中が急激に温かくなった。

 

『――あなたがいなくなったら、私がここにいて良い理由がありません』


 今朝の自分の発言を、テオドールは忘れていなかった。手柄を立てたことよりも捜査局にいる理由ができたことを喜んでくれているようで、やはり眩しい。

 何も言えないまま固まったララの元に、マックスが駆け寄ってきた。身長が高いため、一歩が大きい。


「ララさん。金庫の解錠、美しかったです――じゃない、素晴らしかったです。俺たちこれから出てくるので、ゆっくり休んでくださいね」

「マックス様のお怪我は大丈夫なのですか?」

「局長のしごきに比べたら大したことないです。俺の()()は頑丈さなんで。それに――」


 ガーゼを貼った手の甲を軽く叩き、マックスが白い歯を見せる。

 

「うちの新人捜査官さんが最っ高の仕事してくださったのに、俺らがちんたらするわけにはいきませんよ」


「ちゃちゃっと捕まえてきます!」と、マックスが扉に向かって走り出す。

 会議室から慌ただしく出ていく捜査官たちの背中に、ララは声援を送った。


「みなさん、お気を付けて!」







 捜査官たちを見送り、静かな会議室にテオドールと二人きりになった。


「グラント卿は行かなくても良かったのですか?」

「問題ない」


 彼らなら任務を完遂すると言い切るテオドール。確信したような声のおかげで、ララの心から不安が消えた。

 そうだ、みんな自分にできることを精一杯やっているのだ。


「部屋に戻って休むか?」

「いえ……」


 なんだかドキドキして、そわそわして、今夜は眠れそうにない。


「――研究室で、作りたいものがあります」

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