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エンディング目前の半透明な令息と、60日の寄り道を  作者: 杏野 いま
第三章 半透明で過保護な彼との、上手な仕事の進め方
19/55

19. ここにいる理由

 翌朝目を覚ましたララは、ベッドの上で見慣れない天井を眺めた。


(そうだ、昨日から捜査局に……。あれ? 確か昨日は訓練をした後に湯浴みと食事を済ませて、グラント卿の執務室でお手伝いを……いつ終わったんだったかしら)


 自分の行動を振り返りながら、体に掛けられた布団に顔を埋める。


「んー……グラント卿の香りがする……」


 つぶやいた声が脳内に響き、ここがテオドールの私室だと理解した。そうだそうだ、彼の私室なのだから、彼の香りがして当然だ。

 呑気にそんなことを考えていると、むせるような咳払いが聞こえた。驚いたララは布団から顔を出す。するとこちらを見下ろすテオドールと視線が絡んだ。


「……おはよう」

「おはよう、ございます」


 数秒間見つめ合い、ララはもう一度布団に埋まる。


「……起きるところから、やり直して良いですか?」

「構わないが、俺の香りとやらは残ったままだぞ」


(……消えたい)


 もしくはテオドールの記憶を消したい。

 どうして目覚めの第一声が、「グラント卿の香りがする」だったのだろう。これでは変態である。「今日もお手伝い頑張っちゃうぞ」とかであってほしかった。


 行き場所のない熱を発散させようと、布団の中で足を小さくバタつかせ、もがく。その後、がばっと布団を剥いでベッドに正座した。


「おはようございます」

「…………ふ、ははっ。……ああ、おはよう」


 やり直してみたが、結局笑われるだけだった。

 肩を震わせるテオドールと目が合わせられず、手ぐしで髪を整えながら立ち上がる。

 王城で寝泊まりする際は基本的に寝巻きを着ないララは、リラックスできるが恥ずかしくないワンピース姿だ。服装だけなら見られても問題なかったのに、と、己の言動を悔いる。


「体調はどうだ?」

「……? いつも以上にスッキリしている気がします。おかしいですね、昨日あんなに動いたのに」

「気分が悪かったりしないのか? 脈測るか?」


 テオドールが謎の過保護さを発揮してくるが、ララは健康体そのものだ。(だる)くもないし、節々も痛まない。さらに言えば体が軽い。


「とても元気です。昨夜は疲れていたのか記憶が曖昧なのですが……。グラント卿の執務室にいたのに、私、どうやってベッドに入ったのですか?」

「そのことなんだが……」


 やや気まずそうに、テオドールが昨夜の出来事を教えてくれた。それは今後の可能性を広げる内容だった――。




「――で、では昨夜、私は書類整理をしながら眠ってしまったのですか?」

「ああ。急に眠気がきたと言っていた」

「そしてグラント卿が私の体に入ってみると」

「体を自由に動かせた。君の魂が眠っているのは感覚的に分かったけどな」

「お仕事の続きは?」

「問題なくできた。君には悪いと思ったが、ちょっとした実験心で書類整理を少し進めたんだ。その後で俺がベッドに入って、君の体から出た」

「なるほど。だから私はベッドで寝ていた、と。私の記憶がある時点で日付は変わっていましたから、肉体の就寝時間はかなり遅かったはず。それでも私は今、かつてないほどの元気に満ち溢れています。……つまり」

「どうやら君は、肉体が活動していても魂が睡眠をとれば回復する体のようだ」


 凄い発見である。思わず「ふおぉ」と声を漏らした。自分にしか適用されないため、発見したところで他の人には真似できない。だとしても、これが事実ならば……、


「グラント卿は私の体を使って、二十四時間お仕事ができるということですね」

「そういうことだな」


 なんて便利な体なのだろう。仕事が非常に(はかど)りそうである。

 今後は二十四時間、体を貸しっぱなしにすれば良い。ララの魂が適度に睡眠を取れば、テオドールは永遠に活動できる。そう提案したのだが――、


「それはダメだ」

「どうしてですか? たくさん仕事できますよ? 私の体も問題ないですし」

「訓練時と就寝時は君の体を借りて行動する。だが、日中の訓練以外の時間は、できるだけ君のままでいてほしい。今後は外の仕事にも同行してもらいたいし」

「外に? 私がですか?」

「町の巡回だ。嫌か?」

「いえ、行ってみたいです。ただグラント卿に体をお貸しした方が、仕事の進みは早いだろうなと思いまして」


 もちろん道具の修理はララがやるが、捜査局の仕事であればテオドールがやった方が効率的なはずだ。

 いまいち意図を読めないでいると、テオドールがふっと笑みをこぼした。


「君のまま過ごす時間を長くとって、捜査局(うち)の連中と親しくなっておけ」

「それは……なれれば嬉しいですが。なぜですか?」

()()()()()()()()()でも、あいつらはララの力になるはずだ」

「なっ……」


(……なんてこと、言うのですか)


 不意打ちは卑怯だ。

 動揺を隠せず、テオドールから目を逸らす。


「……私が捜査局でお世話になっているのは、あなたがいらっしゃるからです。あなたがいなくなったら、私がここにいて良い理由がありません」

「ないならつくれば良いじゃないか。まあ、ここにいる理由があろうがなかろうが、あいつらがいまさら君を一人にするとは思えないけどな」


 分かっている。テオドールが信じる仲間たちは、彼の意志も、彼の優しさも引き継いでいる。

 特異な体質を知った上で受け入れてくれだのだ。おそらくこの先も……テオドールが神の元に帰った後も、親切にしてくれるだろう。


「俺の勘では……この先何年経っても、捜査局は君の居場所だ」


 テオドールは愉快そうに口角を上げ、未来を語る。


(どうして私の未来を考えてくださるのですか。そこにあなたは、いないのに)


 疑問に思っていても聞けなかった。

 テオドールが隣にいない未来を、受け入れたことになりそうで。意地悪な笑顔と広い背中を忘れてしまう日が迫ってきそうで。口に出すのが、怖かった。


 悟られてはいけない。彼に心配をかけたくない。

 恐怖から目を背けるように、ララは無理やり笑ってみせた。


「先のことは分かりませんが、今はがむしゃらに働くしかないってことですね!」

「やる気出たか?」

「最初からみなぎってますよ」

「そりゃあ失礼」


 テオドールとの別れの日まで、隣で望みを叶えよう。一回でも多く、笑ってもらえるように。


「今日も全力で、お手伝いさせていただきます」


 これが自分の、――六十日間の相棒の、役割なのだから。








 その日の夜。医務室で備品の補充をしていたララは、外が騒がしいことに気付いた。


(今日はアルバート様たちが外でのお仕事だったはず。帰ってこられたのかしら?)


 出迎えのためにロビーに向かおうとした。けれども扉を開けようと手を伸ばすと、先に扉が開いた。


「アルバート様」

「ララちゃんだぁ。ただいま〜」

「お帰りなさい。って、け、怪我されたのですか⁉︎」


 アルバートの銀髪が所々汚れている。頬にも土のような物が付着しているし、他にも赤黒いものが。……これは血なのでは。

 ギョッとしたのと同時に、後ろからテオドールに目を塞がれた。というか、抱きしめられている。


「グラント卿⁉︎」


 突然のことに心臓が跳ねた。何をするのだと抗議するものの、テオドールはびくともしない。


「怖くないか? すまない、君に血を見せた」

「あ……」


 頭上から聞こえるテオドールの声が、自分を心配している。そういうことか、と、抗議をやめた。

 テオドールは半透明だから、目を開ければララには前が見える。けれどもララはそうしなかった。目をつぶってって大人しくなる。


「あれ? ララちゃん、目を塞がれてる?」

「は、はい。グラント卿が、心配されておりまして……」

「ごめんね、僕がもっと気を付ければ良かったよぉ。いつも通り入ってきちゃった」

「いえ、アルバート様はお仕事をされているだけですので! その、お怪我は大丈夫ですか?」

「大丈夫! これ全部返り血だから」

「……か、返り、血? アルバート様は?」

「無傷だよぉ」


 のんびりとした口調でアルバートが答える。

 彼がフロイドやマックスが所属する特攻部隊の隊長だとは知っていたが、戦った形跡があるのに無傷だなんて。


「お怪我がないようで安心しました。医務室に来られたので、何かあったのかと」

「医療部隊がいるかなと思って」

「え? 奥にいらっしゃいますが、やっぱり怪我を?」

「僕以外がちょっとねぇ。お城の医療棟に行くほどではない切り傷とかだから、心配しなくても大丈夫だよ」

「そんな、小さくても怪我は怪我です。早く治療しないと。グラント卿、あなたお医者様の資格も持っているとおっしゃってましたよね?」

「そうだが。…………まさか、やれと?」

「私の体を使ってください! そのためにも、そろそろ目を開けさせていただけると嬉しいのですが」


 目を塞がれていることもだが、抱きしめられたままなのは心臓に悪いのだ。テオドールの鼓動が聞こえなくとも、ララの鼓動は早くなる。


「平気なのか? 医療部隊に任せれば、君がやらなくても」

「怪我をされてる方がいるのに、放って置けるわけないでしょう。生前のあなたなら医療部隊のみなさんと一緒に治療されるはずです。といいますか、グラント卿は医療部隊だったのでは?」

「……兼任で隊長だった」

「そうだろうと思いました。私なら大丈夫です」


 傷も血も得意ではないが、これから捜査局で過ごすなら慣れるべきだ。いつまでも心配される対象ではいたくない。

 ララが意思を伝えると、テオドールがゆっくりと目元を解放する。そして離れながら、背後で囁いた。


「嫌な時は必ず言ってくれ。無理はするな」


 いつも余裕たっぷりで強引なくせに、こんな時だけ心配性なテオドール。

 耳元を撫でるような低い声に、胸の辺りが、きゅっと鳴った気がした。

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