17. これから、どうしたい?
初めて捜査局を訪れた日から、数日が経った。
時刻は午後六時。ここ数日のララなら、もう捜査局でテオドールの手伝いを始めている時間だ。
しかし今日は、開発局の局長室で叔父と対面している。入り慣れた部屋なのに、どうにも落ち着かない。
(まさか、バレていたなんて……)
自分の仕事を終えてそそくさと開発局を出ようとしたのが一時間前。
「毎日仕事終わりにどこの捜査局に行ってるのかなぁ?」と、叔父含む開発局員たちに囲まれたのも一時間前。
叔父たちを待たせて大急ぎで捜査局に向かい、しどろもどろでヒューゴに助けを求めたのが三十分前。
「では、私が一緒に行きましょう」とにっこり笑ったヒューゴと共に開発局に戻り、……今に至る。
(ヒューゴ様、叔父様になんて説明するのかしら)
冷や汗を流すララの右隣に立つのは、相変わらず半透明なテオドール。
彼はこちらに顔を近付け、「いいか。上手く嘘をつくコツは、嘘の中に真実を混ぜることだ」と、悪知恵を授けてくる。
できればそんな知恵は活用したくないが、左隣で微笑むヒューゴは捜査官だ。嘘を見抜く側であり、つくのは苦手かもしれない。
場合によっては援護しなくては、と思ったところで、ヒューゴが叔父に自己紹介をし、事情の説明に入った。
「先日ジャスパーの代わりにララさんが配達に来てくださった際、訓練中だった捜査官の一人が道具を故障させてしまったんです。偶然近くを通ったララさんが修理してくださったのですが、あまりにも手際が良かったので気になってしまいまして……。お話をうかがったところ、以前から捜査局の担当をしてくださっている方だと分かりました。捜査官たちとも打ち解けている様子でしたので――」
……とんでもねぇ嘘つきである。
ヒューゴの口から淀みなく紡がれる嘘に、開いた口が塞がらない。なんという絶妙な捏造。
確かにララはジャスパーの代わりに配達に行ったし、ここ数日の手伝い中に道具の修理も少しだけした。
しかしあの日の捜査局では、テオドールの存在を証明するために下手くそな石投げの披露しかしていないのだ。思い出したら、また恥ずかしくなってきた。
ララが思い出し羞恥に耐えている間に、ヒューゴの説明は終わったようで。
「……うーん。つまりララは、捜査局用の道具をさらに改良するために、勉強しに行っている、と」
知らない、そんな話は知らない、とは言えず、こちらを見た叔父に曖昧に微笑む。
叔父は一応納得してくれたようで、浅めに頷いている。
「理由は分かったけど、なんで私たちに隠してたんだい?」
「それは、ですね……」
テオドールのことを口走らないようにするには、黙秘が一番だと思ったのだ。捜査局に行った時にフロイドとマックスの前で失敗したため、反省を活かしたつもりだった。
だが、どうやら心配させてしまったらしい。叔父の顔を見れば、それくらいは分かる。
「……私が仕事以外の時間にも外で作業をしていると知ったら、叔父様や局員のみなさんが心配してしまうかもしれないと思ったんです。今までも研究室で作業はしていましたが、それとは話が違いますし。……でも、何も言わない方が心配になりますよね。黙っていてごめんなさい」
しょんぼりと頭を下げると、叔父はいつもと変わらぬ穏やかな笑顔を返してくれた。
「心配してることが伝わってるなら良いんだ。怒ってたわけじゃないからね。……で、どうだった? 何日間か捜査局に通ってみて」
ララはしばし考え込む。捜査局に行った本来の目的は勉強ではないものの、得るものはあった。だからここは正直に答えられる。
「自分が今まで、書類上でしか人を見ていなかったと気付きました。例えば、アルバート様……ロックフェラー卿です。先日お会いするまで、私は彼を、熊のような大男だと思っていたのです」
「私は面識がないんだけど、違うのかい?」
「他の捜査官と並ぶと小柄な印象でした。髪は柔らかそうな癖のある銀髪で、瞳は宝石以上の輝きを放つ赤。熊ではなく、可愛らしいうさぎのような方です」
「ふむ。……思ってた破壊の神とは、だいぶ違ったようだね」
「はい。運動能力が高く、力が強いのは予想通りでしたが、他の部分は想像とかけ離れた方でした。温かく、人の心に寄り添える方です。……彼がどんな人で、何が得意で、何が苦手か。動きの癖や思考。そういったものが、実際にお会いして初めて見えました。……人を知れば、私は今より、もっと良い物を作れると思うのです」
書類の向こう側には、溌剌とした人や穏やかな人、思慮深い人など、様々な人がいるのだと知った。
「ララらしい考え方だと思うよ。……念のために確認するけど、捜査局にララを虐める人は?」
ヒューゴの前だというのに、叔父は真剣に聞いてくる。
「いません。みなさん私の噂も知っていますが、普通に接してくださいます」
最初にララから目を背けた捜査官たちは、あの後全員謝りに来たのだ。
ララはマックスの時と同様、頭を上げてくれと必死に頼んだ。鉄拳制裁を加えようとしたテオドールもなんとか止めた。冗談なのか本気なのか分からなかったが、最終的に慌てふためく自分を見て大笑いしていたから、おそらく冗談だったのだろう。
『鉄拳制裁未遂事件』があったおかげで、人見知りをする余裕もなく捜査官たちと打ち解けられた。
「ララはこれから、どうしたい?」
叔父はいつだって強要しない。選択肢をくれるだけだ。
そんなの、答えは決まっている。
「今後も捜査局に通いたいです。私は、……彼らの役に立ちたいです」
叔父の目を真っ直ぐに見て答えた。
テオドールが最優先なのは変わらないが、開発局員として成長したいのも本心である。
「そっか。ララにとっての幸せは、人との繋がりの中にあるんだね……。私は応援するよ」
「……っ! 叔父様、ありがとうございます!」
「ふふっ、若者の成長を見届けるのは、年配者の役目だからね。楽しみでもある。……ただ、今後も仕事終わりに通い続けるとなると、ララの負担が大きい気がするなぁ」
「あ、いえ、そんなことは」
「――その件についてなのですが」
自分なら大丈夫だと言おうとしたところで、ヒューゴが割って入った。待ってましたと言わんばかりに、美しい微笑みを浮かべて。
「ひとつ、ご提案がございます」
「――ララちゃん、捜査局に入れることになったの⁉」
翌朝、捜査局の門をくぐったララの元に、アルバートが駆け寄ってきた。今日も可愛らしい。
「はい! 開発局と兼任させてもらえることになりました」
「やった~! ヒューゴのお手柄だぁ」
「ふふっ、ヒューゴ様が突然『ララさんを貸してください』なんて言うので驚いちゃいました」
ヒューゴが叔父にした提案とは、ララがしばらくの間、開発局と捜査局を兼任するというものだった。
彼曰く、テオドールが行っていた修理開発の手続きを省略できるという捜査局側の利点もあるらしい。
叔父はすぐに許可をくれたものの、ヒューゴに何度も「あげるんじゃないからね、兼任だからね」と念押ししていた。たまには開発局にも顔を出す必要がありそうだ。
「じゃあさじゃあさ、ララちゃんもここに住むの?」
「そうですね。グラント卿の私室には生活に必要な物が揃っているとのことなので、後で修理道具を持ち込んで、今日からはこちらで寝泊まりしようと思います」
持ち運びができない道具が必要な時は開発局に戻って作業をする。元から家には帰っていなかったし、慣れてしまえば問題ないだろう。
しかし、一点気になることがある。ララは恐る恐るテオドールに話しかけた。
「……グラント卿のお部屋、本当に私が住める状態なんですよね?」
「大丈夫だ。シャワーもベッドもある」
「そういう意味ではなく、書類で埋もれたりしてないですよね?」
「多いのは執務室だけだ」
「それを聞いて安心しました」
手伝いを初めて数日。彼の執務室は手を付けていない書類が山積みな状態なのである。
テオドールはそこそこ綺麗好きなようで散らかってはいないのだが、ひたすらに書類が多い。開発局に来ていた時も毎回書類の束と格闘していたため忙しいのだろうとは思っていたが、やはり激務だったようだ。
(次のミッションは、あの書類の片付け……は長期戦になりそうだから、まずは捜査局に慣れて、仕事を覚える)
自分にできることは少ないが、小さなことから一つずつ、テオドールの手伝いを進めていかなくては。
――彼が神の元に帰るまで、あと五十二日だ。
ララは「よしっ」とつぶやき、アルバートと共に捜査局の本館に入った。
テオドールの執務室に向かおうとしたところでヒューゴに呼ばれたため、彼とアルバートの後ろについて移動する。いつもと違う執務室に入ると、すでにフロイドとマックスが待機していた。