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エンディング目前の半透明な令息と、60日の寄り道を  作者: 杏野 いま
第二章 半透明な令息と、初めてだらけの二日間
16/55

16. 王立犯罪捜査局(4)

 ララの入館証を見て一番最初に声をあげたのは、アルバートだった。


「ララちゃんって何歳なの?」


 周りの捜査官たちが大慌てでアルバートの口を塞ぐ。女性に聞くことではないと思ったのだろうが、全員表情にはアルバートと同じ疑問が浮かんでいる。


「二十歳です」

「わあ良かった。僕より二つ年下だぁ。実はもの凄く年上なのかと思ったよぉ」


 アルバートとテオドールが同学年だという事実に驚きを隠せないのだが、愛称で呼び合っていることを考えると嘘ではないのだろう。


「なぜ年上だと思ったのですか?」

「だって開発局って、捜査局と違ってだいぶ前からあるでしょ? 局員も若い人よりおじさんの方が多いし。そんな中で副局長だって言うから」

「なるほど、そういうことでしたか」


 アルバートの言い分はもっともだ。役職に就くには同局員たちの承認も必要で、勤務歴が浅いとなかなか難しい。

 ララの場合は自分が知らないうちに書類に署名をする手前まで話が進んでいたため、逆に本人の拒否権がなかったのだが。


「お恥ずかしながら、私は親戚の力で十歳の頃から開発局に入っていまして」

「じゃあララちゃん、お城の勤務歴十年以上なの? 大先輩だねぇ。……あれ?」


 (ほが)らかに話していたアルバートが、ここで急にハッとした。何か閃いたらしい。


「もしかして今まで僕が壊した物も、全部ララちゃんが直してくれてたの?」

「隊長、やっとそれ気付いたんすか」

「俺ら、ララさんには頭上がんない身ですよ」


 フロイドとマックス……に加え、他の捜査官は皆事情が把握できたらしく、アルバートの思考が追いつくのを待っている。

 だがアルバートの思考は、ララが思っていた方向とは違う結論を導き出した。


「僕、テオにダシにされてたってこと……⁉︎」


 何を言っているのか分からない。なのに捜査官たちが「それだ!」みたいな顔をしているし、隣でテオドールが舌打ちをしているから、余計にわけが分からない。がばっと頭を抱えるアルバートが可愛らしいことしか分からない。


「どういう意味か、教えていただいても?」

「僕よく物を壊すでしょ? だから何回か開発局の副局長……ララちゃんにね、謝りに行こうとしたんだ。でもテオが『そんなこと気にする人じゃないし、俺が謝っとくから気にすんな。その分働け』って言ってて」

「それは、私が存在を知られたくなかったからでしょうね」

「うん、多分ね。でも、物の回収とか配達ってジャスパーがしてくれるから、僕たちはしなくても良いはずなんだ」

「……確かに」

「それなのにテオ、自分の非番の日に毎回持って行ってたんだよ? たまには休みなよぉって言っても『これが俺の休み方なんだ』って言ってたし、修理品持って帰ってきたらいつもご機嫌だし」


 それは、要するに。


「テオ、ララちゃんに会うためにわざわざ開発局に通ってたんだよ」


「ね、そうでしょ? どうなのさ」と、アルバートはテオドールが立つ場所に話しかける。アルバートには見えていないはずなのに、見事に目が合っているようだ。野生の勘、うさぎの勘だろうか。


「グ、グラント卿。違うと言っていただいても」


 詰め寄られているテオドールが少しも否定する素振りを見せないため、思わず助け船を出してしまう。

 しかし、彼は否定しない。居心地の悪そうな顔を隠さないのに、否定もしない。


「アルは間違えてない。……君と会うために、俺は開発局に行ってた」

「それでは、まさか……」


 ああ、心臓がうるさい。まったく、テオドール・グラントという男は。


「私にお友達がいないから、ずっと話し相手になってくださっていたのですね……!」

「…………ハア?」


 素っ頓狂(すっとんきょう)な声は誰のものか判別できなかった。テオドールが言った気もするし、周りから聞こえた気もする。


「そうとは知らず、私ったらいつも『口が悪い』とか、『優しさをグラント公爵夫人のお腹の中に忘れてきたのか』とか言ってしまって」


 大きめの噴射音が聞こえて視線を移すと、ヒューゴ、フロイド、マックスが下を向いて小刻みに肩を震わせている。それほどにひどい発言だったということだ。反省しなくては。

 忙しいテオドールと気軽に話ができていたのは、彼が自分のために時間を作ってくれていたおかげなのだから。


「グラント卿の優しさに、感謝いたします」


 自然と顔がにやけてしまい、締まりのない顔をテオドールに向ける。なぜかじっとりとした目でこちらを見ていた彼だが、ララが笑いかけると顔を片手で覆ってしまった。


「……君が嬉しいなら、それで良い」

「はい、とても嬉しいです! このララ・オルティス、グラント卿の優しさにお応えするべく、馬車馬のように働かせていただきます!」

「ほどほどにしておけ。……だがまあ、試したいことがあるから、少し体を借りても良いか?」

「喜んで!」


 ついに体に入るらしい。ララは捜査官たちに説明し、テオドールを受け入れた。

 魂が同じ器に入り、同時に彼の姿が視界から消える。


「……グラント卿、大丈夫そうですか?」

「ああ、問題ない。早速試すぞ」

「そういえば、何を試すのですか?」

「最終手段を使えるかどうか、だ」


 テオドールが急に動き出したため、景色が流れる。

 彼は捜査官たちの間を歩いて抜け、地面に落ちていた石を一つ拾った。そのまま二、三度軽く腕を回したかと思うと、――無言で石を投げた。


 目を疑った。自分の体で投げたはずの石が矢を放ったかのような勢いで飛んでいき、どこまで飛んだのか見えなくなったからだ。


(石って、……あんなに飛ぶものなのね)


 ぽけーっと石が飛んでいった方向を眺めていると、テオドールが満足したように話す。


「ララ、朗報だ」

「……どのような?」

「俺が入っている時、君の体でも俺の力が使える」

「今のはグラント卿のお力だったのですか?」

「ああ。試しに君も投げてみてくれ」


 体から出たテオドールに言われるがまま、ララはその辺にあった石を拾う。地面に落ちた石に触れるなんて、いつぶりだろうか。

 そもそも、投げるとはどう動くのが正解なのだろう。首を傾げながら、テオドールのお手本を思い出してみる。


(えーっと、こんな感じで腕を引いて、確か足も少し開いてて……腕を回して、手を離す――!)


「えいっ!…………あれ?」


 完璧にテオドールを真似たつもりだったのだが、投げる瞬間に目をつぶってしまい石を見失った。


「グラント卿、石どこに行きましたか?……グラント卿?」


 テオドールがこちらから顔を背けた状態で一点を指さす。彼は石の行方を追えたらしい。

 なんだか指さしている方向が不自然なのだが、素直に指の先を目で追う。すると石はすぐに見つかった。……自分の足元の、二歩ほど後ろに。


「なぜ後ろに⁉︎」

「俺が、くくっ、……聞き、たい」


 息も絶え絶えにテオドールが言うものだから、ララは羞恥心を誤魔化すためにムッとした表情を浮かべた。


「は、初めて投げたんですもん。こんなもんですよ。ねえ、みなさん……」


 同意を求めようと振り返ったのだが、誰とも目が合わない。

 フロイドとマックスは二人して空を見上げ、「空ってどうしてこんなに広いんだろうなぁ。もう空しか見えねえわ」「な。あんな風に大きな男になりたいもんだな」と、謎の会話を繰り広げているし、アルバートは捜査官たちに目元口元を押さえつけられているため、顔が見えない。

 頼みの綱だったヒューゴにいたっては、膝から崩れ落ちて地べたで震えている。彼は笑いのツボまでテオドールと似ているらしい。

 ララは再び振り返り、テオドールを見上げる。


「下手っぴですみませんねぇ」

「拗ねるなよ。俺が入れば君はそこそこ強くなれることが分かったんだから」

「それのどこが役に立つのですか?」


 彼はさっき最終手段がどうのと言っていたはずだ。


「何に対する最終手段なのですか?」

「それはな……」


 新しいおもちゃを見つけたような表情を浮かべたテオドールが、再び体に入った。驚いた。許可をしていないのに、彼は自由に入れるようになったらしい。

 ララの体を使って、テオドールが話す。


「俺の存在を会話で証明できない場合。つまり、こいつらが俺とララの話を信じない場合……」


 捜査官たちの方にテオドールが振り向くと、彼らは顔を引きつらせて一斉に一歩下がった。お願いだから、人の体で首をバキボキと鳴らすのはやめてほしい。


「――俺が全員、潰して分からせれば良いってことだ」


(……それ、私の体でやるのですか?)


 返事は明白なため、ララはあえて聞かなかった。


 テオドールが数歩進み、一人の捜査官の前で立ち止まる。ララの体ゆえに、相手を見上げなくてはならない。


「潰すとしたら、最初はお前だからな。マックス・ティンバーレイク」

「なんで俺なんですか⁉︎ 大人しくしてたのに!」

「図体がデカいから目立つんだよ。それにさっき、ララに殴ってくれって頼んでただろうが」

「あんたとララさんじゃ違いすぎるでしょ……」


 不味いものを食べたような顔で反抗するマックスを見て、ララは心の中で首を捻った。だが口を挟む間もなく彼らは話を続ける。


「安心しろ。今の俺は、大体ララだ」

「それは勘違いです。同じところは一つもない。あんたは間違いなく局長ですよ」

「分かってんなら良いんだ」


 二人の会話について行けなくなり、ララは遠慮がちに声を出した。だって、おかしいではないか。


「あの、マックス様。どうしてグラント卿だって」

「信じてるのか、ですか?」

「はい」

「そりゃあ信じますよ。立ち方も話し方も威圧感も、全部局長ですから。容姿がララさんなので、変な感じはしますけど」

「でも、私の演技かも、とか」

「演技であんな剛腕見せられる人いないですよ。俺でもあそこまで遠くに石投げられないです」


 カラカラとマックスが笑う。信じない理由はいくらでもありそうなものなのに、彼は信じる理由を探してくれるようだ。


「一応他の理由もありますよ。なあ?」


 マックスが言うと、今度はフロイドが教えてくれる。


「局長とヒューゴ先輩が似てるって話でララさんが笑ってた時、……局長、ララさんの頬に触りませんでしたか?」

「は、はい。触りました」


 テオドールに距離感について苦情を入れた時のことだろう。


「あの時、ララさんの頬とゴーグル、あと髪が若干動いたんす。あれは自分でできる動かし方じゃありませんでした」

「よく、見えましたね」

「職業病ってやつっすかね。まあ今の理由じゃあ、ララさんの近くに何かがいるって証明にしかならなくて、それが局長だとは言い切れないんすけど……」


 しばし視線を彷徨(さまよ)わせた後、フロイドは諦めたように肩をすくめた。


「局長が女性にあんな触れ方するなんて想像したこともなかったのに、俺らにはなんとなく見えちゃったんすよ。ララさんに笑いかけてる局長が。……見えてないのに見えちゃったんすから、もう俺らの負けっすわ」


 霊は見えなくとも、彼らにしか感じられない何かがあるらしい。ララとは違う第六感が働いたのだろうか。

 フロイドが話し終わったのと同時に、テオドールが体から出た。たった数分しか入っていないのに。


「まだお話ししていない方がたくさんいらっしゃいますが」

「だってこいつら、俺がいるってもう信じてるじゃないか」

「それは、そうみたいですけど……。ヒューゴ様はどうですか? 信じてくださったのですか?」


 ヒューゴはあっさりと首を縦に振った。

 信じてもらえたのは喜ばしいことだが、もっと手間がかかると思っていたため拍子抜けする。


「私が信じた理由は、ララさんがテオと話す時に毎回テオの目の高さを見ていたから、というのもありますが、……どちらかと言うと、生前のテオの発言やララさん自身を信じた、という感じですかね」


 不思議な回答だ。テオドールはともかく、今日出会ったばかりの自分には、信用できる要素はないと思うのだが。

 詳しく話を聞こうとしたララの前に、アルバートがひょこっと顔を出して手を上げる。


「僕も! 僕も信じてるよララちゃん!」

「ふふっ、アルバート様は最初から信じてくださってましたもんね」

「クリーム増し増しは僕とテオしか知らなかったからねぇ。それに、テオがよく言ってたの。『開発局の副局長は、誰よりも俺たちの無事を祈って、誰よりも俺たちを支えてくれてる人だ』って」

「……そう、なのですか」


 テオドールがバツの悪そうな顔でそっぽを向いたため、ほんの少し、その大きな手を追いかけたくなった。

 ララが言葉を見つけられないでいると、アルバートはフロイドが持っている木箱の蓋を開け、中からカードを取り出した。そこには、『いつもお仕事お疲れ様です』とだけ書いてある。


「このメッセージも、ララちゃんが書いてくれてたんでしょう?」

「……はい」

「僕ね、このカードすっごく楽しみにしてたんだ。読んだら元気になるの。僕たちのこと、ちゃんと見てくれてる人がいるんだなぁって。応援してくれてるんだなぁって」


 アルバートが撫でるようにカードに触れる。なぜだか自分の頭を撫でられているような気持ちになった。


「きっとララちゃんが人を思いやれるのは、今までたくさん傷ついてきたからなんだろうねぇ」

「……」

「こんなに優しくて、一生懸命で、人のために頑張れる子なのに。……ちょっと周りと違うだけで、我慢ばっかりだったねぇ」


 心の中の無防備な部分が、陽だまりのような声に包まれる。

 アルバートの丸い目が、この上なく穏やかに細められた。その瞳に見つめられただけで、鼻の奥がツンとする。


「もう大丈夫だよ」


 不意に、テオドールの声が蘇った。

 ――俺はこの場所を、ララに好きになってほしい。


「僕たちにはララちゃんの声、全部届くから」


 聞いてくれる人がいる。届いていたのだ。誰にも聞こえないと思っていた自分の声が、届いていた。


「長い間、一人でよく頑張ったねぇ」


 上手く返事ができず、声を押し殺して何度も頷く。

 だが正面にしゃがみ込んだテオドールがゴーグルを外そうとしたため、反射的に両手で押さえた。


「……何、するんですか」

「ゴーグルがあったら涙拭けないだろ」

「…………泣いてません」

「なんで変なところで意地張るんだ?」

「……あなたが泣くなって、おっしゃったんじゃ、ありませんかぁ」

「あ? 覚えがない」


 冗談ではなく本気で覚えていなさそうなテオドール。ちょっぴり腹が立つ。つい昨日の話だというのに。


「亡くなって初めて私の研究室に来られた時に、私の涙は拭えないって言いました。絶対、言いました」

「ん?……あー、あれか。だってあの時、君に触れられると思ってなかったから。どうやっても拭えないだろ?」

「そ、そんな、物理的な……?」


 心の距離の話だと思っていたため、絶句する。


「当たり前だ。それ以外に俺が君を慰めない理由がない」


 常識でも語るように甘やかす言葉を吐かれ、ぐらぐらと意思が揺れる。視界も揺れる。

 ゴーグルを押さえたままのララの手に、テオドールが軽くノックした。早く退けろと言いたいらしい。


「捜査局は君の味方だ。だから、ゴーグル(これ)はもう外せ」

「……うぅー……」

「あははっ、嫌そうだなぁ」


 躊躇(ためら)いながらも手を離すと、テオドールがゴーグルを首元へと下ろす。そのまま指でララの目元を撫でた。


「これまで散々誤解されてきたんだ。もう隠さなくて良い。今すぐに、とはいかないかもしれないが……君は君のまま、自由に生きろ」

「……はい」


 今まで隠れて流した涙は、苦しさや悲しみが溢れたものだった。逃げ場がなくなった暗い感情が外に出ただけの、負のかたまりだった。


 だからこの時、初めて知った。


 ――温かい感情でも、人は涙を流すのだ、と。

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