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エンディング目前の半透明な令息と、60日の寄り道を  作者: 杏野 いま
第二章 半透明な令息と、初めてだらけの二日間
15/55

15. 王立犯罪捜査局(3)

「――以上が、グラント卿と私が捜査局に来た経緯です」


 ララはできるだけ簡潔に、事実のみを説明した。初対面の人間しかいない環境で話すのは緊張したが、テオドールが隣から助言をくれたためなんとか伝えられた、はずだ。


 ララの前に霊体のテオドールが現れたこと。彼には亡くなった時の記憶がないこと。ララが展開した安眠の間によって家に帰れないこと。テオドールがララの体を使えることと、なぜか体に触れられること。そして一番大切なのが――、


「つまりテオは、最後の六十日間を使って仕事をしたい、というわけですね?」

「はい、その通りです!」


 ヒューゴがメモにペンを走らせる音を聞きながら、ララは返事をする。


「オルティス伯爵令嬢は――」

「申し訳ありませんドーハティ卿。オルティスの名を出すと不快な思いをされる方がいらっしゃるかもしれませんので、ララと呼んでいただけるとありがたいのですが」

「よろしいのですか?」

「はい。グラント卿や開発局の局員にはそう呼ばれていますので、問題ありせん」

「テオが?……そう、ですか。事情が事情なので、ララさんと呼ばせていただきますね。代わりにと言ってはなんですが、私のこともヒューゴとお呼びください」

「私がお呼びしても大丈夫なのですか?」

「もちろんです」

「……嬉しいです。ではヒューゴ様と呼ばせていただきますね」


 ジャスパー以外に名前で呼び合える人が現れるとは思っていなかったため、頬が緩む。

 喜びを噛み締めていると、周りの捜査官たちが次々に「僕も名前がいい!」「俺も呼んでいいっすか?」「俺のことも名前で呼んでください!」と挙手した。

 思い返せば、捜査官たちはほとんどが名前で呼び合っていた。おそらくこれが当たり前なのだろう、と、ララは快く受け入れた。


(ふふっ。なんだか仕事の関係っていうより、お友達ができた気分)

 

 隣に立つテオドールが聞こえるか聞こえないかくらいの声で何やらぶつぶつ言っているが、ララは上機嫌だった。

 きっとテオドールは自分だけ話に入れないのが不満なのだろう。心配しなくても、ここからは彼に交代しようと考えているのに。


「ヒューゴ様。グラント卿の存在を信じていただくためにも、彼とたくさんお話をしていただきたいのですが」


 色々と考えてみたが、やはりどんな方法を選んでもララの演技だと言われてしまえばそこで終わりだ。だから表面上ではなく、しっかりと会話をしてもらいたい。


「先ほどおっしゃっていた、体を貸す、というやつですね」

「はい。いきなり現れた私の言葉を信じていただくには、限界があると思いますので」

「確かにその方が、話が前に進みそうではありますが……ララさんの体に悪影響はないのですか?」


 ヒューゴがメモのページを(めく)り、ララの反応を待つ。体への影響を記入するつもりのようだ。その様子を見たララは……肩を震わせ始めた。


「ふ、……ふふっ」

「私、何か変なことを言いましたか?」

「すみません。ふふふっ、違うんです。いや、違わないんですけど。……ヒューゴ様が、グラント卿と全く同じことを言われたので」

「同じ?」

「はい。グラント卿に私の体を使いますかと聞いた時も、『君の体に悪影響は?』って聞き返されたんです。眠たくなるだけであとは大丈夫ですとお伝えしても、『本当か?』って疑いの目を向けてこられて。それを思い出したら、ふふっ、面白くて」


 意外と心配性なんだなと思った記憶がある。肩を震わせ続けるララに言い返したのは、ヒューゴではなくテオドールだった。


「どこが面白いんだ。普通だろ」


 彼の言う通り、普通なのかもしれない。でもララには、たまらなく面白かった。


「だって、口の悪さや見た目は全然似てないのに、自分の損得よりも相手のことを気にしちゃうところが、……ふふっ。真面目で優しいところがそっくりなんですもん」

「――っ」


 面食らった表情をするテオドール。彼には自覚がなかったようだ。ささいな言葉一つ、考え方一つが、彼らが共に過ごしてきた時間を証明するようで。嬉しくて、おかしい。

 俯いて笑うのを堪えようとしていると、テオドールの手が頬に伸びてきた。


「君が笑うツボは分からないな」

「すみません、こんなに笑うつもりはなかったのですが」

「顔が緩みきってる」


 そう言うテオドールだって、緩んだ表情をしていると思う。長い指にゴーグルの端と頬を撫でられ、くすぐったい。

 身じろぎをしたララは、ここぞとばかりに苦情を漏らした。


「グラント卿、あなた亡くなってから距離感がおかしいです」


 自分が知らなかっただけで生前もこうだったのかもしれないが、間違いなく一般的な紳士淑女の距離感ではない。しかしテオドールは悪びれもせずに答えた。


「仕方ないだろ。俺が触れられるのは君だけなんだから」

「え……」


 触れるものがないという感覚は、さすがにララも分からない。どんな感じなのだろう。想像してみると、少し寂しいような気がする。


「そう言われてしまうと、この距離感も仕方がないような気がしなくとも、……ない、ですね」

「だろ? 仕方がないんだよ。……俺が君に触れたいのは、仕方がないんだ」


 当たり前のような顔をしてテオドールが言うものだから、これ以上反論してはこちらがわがままを言っているみたいだ。

 彼の指先が触れる度、恥ずかしいと思ってしまう自分が、わがままみたいだ。


「……納得しました」

「そうか。じゃあそろそろ、呆けたヒューゴ達をどうにかしてやってくれ」

「どうにかって……」


 ここでララは、自分が捜査官たちを放置していたと気付いた。

 アルバートは胸のときめきが止まらないというような顔で目を輝かせているし、他の捜査官たちは三日前の晩ご飯を思い出しているような表情だ。

 ちなみにこれらの表現はジャスパー仕込みなため、使い方が合っているのかは定かではない。


「も、申し訳ありません! ついグラント卿と話し込んでしまいました。口が悪いと言ったのはグラント卿のことで、決してヒューゴ様のことではありませんので。口が悪いのは、グラント卿です」


「何回も言わなくて良い」としかめっ面をするテオドールを無視して、ララは謝る。


「すぐにグラント卿と交代しますね!」

「い、いえ。その前に、ララさんに教えていただきたいことが」

「なんでしょう?」

「……ララさんとテオは、いつから面識があったのですか?」

「へ?」

「見た感じ、……正確には、見えてはいないのですが。昨日今日知り合った関係ではないですよね?」

「そうですね」

「では、いつから?」

「三年ほど前からです」


 ララが答えると、捜査官たちが目配せをする。嘘はついていないのだが、疑わしい部分でもあったのだろうか。

 ここで変な誤解を受けては困るため、ララはなんでも聞いてくれ、という眼差しをヒューゴに向ける。すると彼はテオドールがいる場所をチラッと見た後にメモを閉じた。


「今の話には、引っかかる点がありまして」

「どの辺りですか?」

「テオがあなたの名前を出したことがないんです。一度も」

「それは」

「普通、三年も付き合いがあれば名前を出してもおかしくないと思うのですが」


 ララがジャスパーの前でカルマンの名前を出さなかったのと同様に、テオドールは捜査局でララの名前を出さなかった。

 だが、これには理由がある。


(グラント卿、私との約束を守ってくださっていたのね)


「私がお願いしたのです。私の名前を誰にも言わないでほしいと」

「なぜですか?……ああ、なるほど。そういうことですか、すみません」

「お気になさらないでください。お察しの通りです。ララ・オルティスが開発局にいると知られた場合、私や局員が作った物を使ってもらえなくなるかもしれないと思いました。存在を消して自分の腕で信頼を得るしかなかったんです。今は国中の様々な組織に道具を提供していますので、余計に名前を出せなくなってしまったのですが」


 責任を持って仕事に取り組んできたつもりだが、使用者の信頼を得るには自分の名前は邪魔だった。だから消した。叔父や他の局員にも協力してもらい、存在自体を。

 納得してもらえただろうか、と捜査官たちの様子をうかがう。マックスと数人の捜査官が今にも泣きそうな顔を両手で覆った。


「罪悪感で消えたい」


 呪われた令嬢が受ける評価と先ほどまでの自分たちの態度に、思うところがあったらしい。謝ってくれたのだから、もう気にする必要はないのに。


「グラント卿が私の名前を出されなかった理由については、納得していただけましたか?」


 ヒューゴに確認すると、彼は悲しそうに微笑む。ここに来る前から予想はしていたが、捜査官たちはあまり感情を隠さないようだ。人間味があり、羨ましい。


「ええ、もう充分ですよ。話したくないことを言わせてしまいましたね」

「問題ありません。ここで疑問点を潰しておかなくては、グラント卿のことを信じていただけませんので」

「ふふっ、ララさんは一生懸命な方ですね。きっとテオも、ララさんがそういう人だから言われた通り名前を出さなかったのでしょう。……知り合ったのが三年前ということは、捜査局ができたばかりの時期ですよね?」

「はい」

「ではララさんは、副局長の元に通っていたテオと偶然出会った、と」

「……ん? いえ」

「違うのですか? あの時期は捜査局(うち)に割り当てられる経費が少なくて良い道具が(そろ)えられなかったので、開発局の副局長に大変お世話になったんです。……その時に出会ったのではないのですか?」

「いえ、その頃なのは、間違いないのですが」


 ララは白衣の内ポケットから入館証を取り出すと、ヒューゴに見えやすい向きに持ち替え、両手で差し出した。

 おそらく捜査官が持っているものとそう変わらないだろう。王城の許可印と所属組織、識別番号、個人名などが記載されている。ただ、ララの入館証は少し特殊だ。基本的な情報に加え、役職名が記載されている。


 ララは三年前、『開発局の副局長』に会いにきていたテオドールと偶然出会ったわけではない。


「ご挨拶の時に、役職を名乗り忘れていました。私、開発局の……副局長なんです」


 無言で入館証を見つめるヒューゴ。その深緑色の瞳が驚愕に染まっているのを見て、ララは思った。


(やっぱり私って、威厳ないんだなぁ……)

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