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エンディング目前の半透明な令息と、60日の寄り道を  作者: 杏野 いま
第二章 半透明な令息と、初めてだらけの二日間
13/55

13. 王立犯罪捜査局(1)

「――グ、グラント卿、どこに向かえば良いのですか? う、受付はありますか?」

「落ち着け。受付はあるが、門をくぐって二十歩じゃたどり着かない」


 まだ二十歩しか進んでいないらしい。どうりで正面の建物まで距離があるわけだ。

 ララは気を紛らわせようと、視線を右に移す。数名の捜査官が木剣で打ち合いをしているようだ。


「訓練中ですか?」

「ああ。そろそろ他のやつらも出てくるかも」


 テオドールの言葉とほぼ同時に、建物からぞろぞろと捜査官が出てきた。全員腰に木剣を差しているから、これから訓練を始めるのだろう。


「あの中にドーハティ卿は」

「いない。あいつは今の時間、事務作業中だ」

「そうですか……」


 つまり、誰かに声をかけて呼んでもらわなくては、ドーハティ卿とは会えないということだ。

 木箱を脇に抱え、片方の手でゴーグルの位置を正す。

 誰に話しかけようかと思案していると、先頭の方を歩く男性二人組がこちらを見た。一人はかなりの長身で、もう一人は灰色の髪をセンター分けにしている。


「あれ? 開発局員さんっすか?」


 センター分けの方に声をかけられ、思わず肩が跳ねる。

 ララが固まったからなのか、不思議そうな顔をした二人が小走りで近付いてきた。

 逃げたいが、逃げられない。ララは二人に頭を下げた。


「か、開発局の者です。本日ジャスパー・フォードがお休みのため、代わりに修理品をお届けに参りました」

「ああっ、なるほど! お疲れ様です!」


 長身の男性が元気に返事をしてくれた。爽やかで、明るい茶髪がよく似合っていて……なんと言うか、大型犬のようだ。

 観察していると、センター分けの男性がこちらにスッと手を伸ばす。


「開発局からここまで結構遠いし、重かったっすよね。ありがとうございました。これは俺が渡しておきます」


 彼は一見気怠げな印象なのだが、もしかするととんでもない紳士かもしれない。あっという間に木箱を取り上げられてしまった。

 荷物が手から離れたことで、「では、私はこれで」と帰りそうになる。危うく目的を忘れるところだった。


「あ、あの! 実はドーハティ卿に、お話が、ありまして」


 ララが目を泳がせながら本題を切り出すと、二人は顔を見合わせる。そして眼力で負けたらしい長身の男性が、眉尻を下げて申し訳なさそうに口を開いた。


「悲しまないで聞いていただきたいのですが」

「はい」

「先輩は、今は誰ともお付き合いする気はないようでして……」

「はい?」


 この人は一体、何を言っているのだろう。『先輩』がドーハティ卿を指していることは話の流れ的に間違いないはず。しかし、お付き合いとは……?

 ララは口を開けたまま目を瞬かせる。数秒後、ずっと隣にいたテオドールが「やべ」と声を漏らした。


「悪いララ、言うの忘れてた。ヒューゴに気がある令嬢が、たまに仕事時間に押しかけてくるんだ」


 ……ほう。つまり。


「……私がドーハティ卿に恋をしていて、会いたいという理由だけで仕事時間にも関わらず押しかけてきた、と?」

「うええっ、違うんですか⁉︎」


 違う、断じて違う。

 焦った様子の長身の捜査官に向かって、ぶんぶんと首を横に振る。全力で否定しなくては。


「誤解です! そんな意図はありません! 本当です信じてください!」

「すすすすみません! 先輩を名指ししてくる女性は大体そうなので勘違いしてしまって!」


 二人揃って声が大きくなり、他の捜査官が何事かと集まってきた。それに気付いたララは急いで冷静さを取り戻す。


「とにかく、絶対に、違いますので」


 呼吸を整えながら伝えると、センター分けの捜査官が「大丈夫っすか?」と聞いてきた。


「すいません。俺も誤解してました」

「いえ、紛らわしい言い方をした私も悪いので」

「先輩目当てじゃないことは分かったんすけど、じゃあなんで先輩をご指名なんですか?」

「それは、グラント卿が――」


 一瞬で周りの空気が凍ったため、言葉を続けられなかった。

 しまった。こんなに大勢の前でテオドールの名前を出すつもりはなかったのに。


「うちの局長が、……どうしたんすか?」


 探るように聞かれ、ララは戸惑う。この場で話すのは得策ではないからだ。

 ララとしては大真面目だが、霊を視認できない普通の人には、自分の言動は死者への冒涜(ぼうとく)のように感じられるかもしれない。頭がおかしいと思われる可能性も高い。

 名前を出しただけの今なら、まだなんとか誤魔化せるだろう。……でも。

 

(彼らに隠すのは、失礼だわ)


 触れなかったが、最初から分かっていた。こちらを見た捜査官たちの目元が、ほんの少し赤かったから。

 テオドールを失った彼らの傷は深く、簡単に癒えるものではないのだと。


 ララは大きく深呼吸をし、腹を括った。


「信じていただくのは難しいと思いますが、……亡くなったグラント卿からのご依頼を伝えるために、ドーハティ卿にお会いしたいのです」

「…………は?」


 周辺に集まった捜査官たちの声が重なった。誰もが状況に追いつけない様子で、呆気に取られている。

 そんな中、最初に我に返ったのはセンター分けの捜査官だった。


「ちょ、待ってください。お嬢さんふざけるような人には見えないんですけど、亡くなった人から依頼って」

「私は変わった体質でして、霊が見えるんです」

「いや、そんなこと、あるわけ――」


 困惑を隠しきれない様子で、彼が否定する。だが直後、長身の捜査官がぽつりとつぶやいた。


「……呪われた令嬢」


 つぶやいた本人に加え、近くにいた捜査官の約三分の二が、一瞬こちらを見てすぐさま視線を逸らした。


(やっぱり、これが普通の反応よね……)


 おそらく目を逸らした捜査官は貴族で、逸らさなかった捜査官は平民だ。同年代の貴族でララの噂を知らない者はいない。

 センター分けの捜査官は平民らしく、「は? 呪われた?」と眉間にしわを寄せて聞き返している。


 捜査官たちがざわついている間に、隣に立つテオドールに「すまない」と耳打ちされた。


(グラント卿が謝る必要なんてないのに)


 寂しいなとは思うが、嫌われるのは慣れている。

 ララにとって想定外なのは、テオドールが妙に静かなことの方だった。普段の彼なら、『めんどくせえから全員ぶん殴って受付に行くか』くらい言いそうなものである。

 しかし、彼は言わない。見定めるように、静かに捜査官たちの様子を眺め続ける。


「もう少しだけ、あいつらに時間をくれ」


(時間?)


 どういう意味だろうか。


「俺が知ってるあいつらなら、正しい答えを見つけられる」


 テオドールが言う正しい答えが何を指すのかは分からない。だが、彼が捜査官たちを信頼していることは伝わってきた。

 彼が信頼する相手なら、自分も繋がりを諦めるべきではないだろう。ここで逃げたら、テオドールの望みを叶えられない。そう思い、センター分けの捜査官に事情の説明を始めた。


「私は貴族の中で、呪われた令嬢と呼ばれているんです」

「……霊が、見えるからっすか?」

「はい」

「もちろん、良い意味じゃないっすよね」

「はい。目を見たら呪われるという噂もありますので、こうやってゴーグルをかけています」

「……すか」

「え?」

「呪えるんすか、実際」


 面と向かってこんな質問をされたのは初めてだ。いつもなら決めつけられて終わりなのに。

 だから直感した。彼はきっと、誠実な人だ。


「呪うことはできません。私にできるのは霊を見たり、彼らと意志の疎通をしたり、そのくらいです」

「いつ頃から?」

「はっきりと自分の体質が変だと気付いたのは、九歳の時ですね。もう十年ほど経ちます」


 やたら質問してくる捜査官に、ララは正直に答える。すると――、


「ハァァ……」


 センター分けの捜査官が一度盛大なため息を吐き、その後、木箱を抱えていない方の腕を後ろに引いた。

 次の瞬間、隣に立つ長身の捜査官の背中を――思いっきり叩いた。派手なような、鈍いような音が響く。


「痛っ‼︎ 」


 叩かれた捜査官がよろけながら背中をさする。今のは痛い。間違いなく痛い。なぜ急に叩いたのか見当もつかず、ララは二人を交互に見た。

 長身の捜査官が涙目で「フロイド、何すんだよぉ」と抗議するのを、センター分けの捜査官は真顔で受け流す。彼の名前はフロイドというらしい。


「……謝れ」

「え?」

「マックス。お嬢さんに、捜査局の貴族を代表してお前が謝れ。今すぐ」

「え、ちょっ、フロイド、霊とか信じるのか?」

「んなもん知らん。見たことねえもん。お前は信じてんのかよ」

「いや、だから俺だって分かんないんだよ」

「そうだよな、分かんねえよなぁ。……なのにお前」


 そこで言葉を区切ったフロイドが、気怠げな視線をこちらに向けた。呪いの話をした後なのに、逸らすことなく。


「呪いの噂は信じるんだな」

「それは……」

「相手の言い(ぶん)も聞かねえで、ビビって目すら合わせねえ」

「……良くないな、人として」

「だろ? さっきから俺たちがとんでもなく失礼な態度とってんのに、お嬢さんは嫌な顔ひとつしねえじゃねえか。文句も言わねえし、泣きもしねえ。どういう意味か分かるか? 慣れてんだよ。今みたいに弁明もできねえまま避けられることに。それも、……ガキの頃からだ」


 フロイドが苦しそうに(まく)し立てたものだから、マックスと呼ばれた長身の捜査官が見るからにしょんぼりしている。叱られた犬のようだ。


 これまでの人生ではあり得なかった。いつでも自分は異端で、嫌われ者で、悪だった。


(どうしてこの方は、私をかばってくれるの)


 分からない。何が彼をそうさせるのか、分からない。

 周囲のざわめきが落ち着き、フロイドの声だけが聞こえる。


「もし俺が呪う力を持ってたとしたら、自分を差別するやつらなんて速攻で全員呪い殺す。でもお前らは生きてる。十年間お嬢さんを差別したやつらもだ。呪いで死んだ人間なんていねえ。つまりお嬢さんには呪う力なんてないか、力を持っていても腹立つ相手すら傷つけねえような人だってことだ」


「反論は?」とフロイドに聞かれたマックスが、即座に「ありません」と答えた。この二人の関係は、なんだか微笑ましい。


「マックス……だけじゃねえか。俺含め全員だ。自分が確認してない情報に踊らされんな。本質を見極めろ。俺たちがついてきたあの人は、……局長は、そういう人だっただろうが」


 ララが弾かれたようにテオドールを見上げると、彼の口元がニヤリと持ち上がった。


(グラント卿、こうなるって分かってて……)


 彼はわざと口を挟まなかったのだ。ララがうっかりテオドールの名前を出した時も、捜査官たちの態度が変わった時も。

 捜査官たちが、呪われた令嬢すらも受け入れられる器だと、信じていたから。

 テオドールの望みを叶えようと必死なララが、捜査官たちとの繋がりを諦めないと、信じていたから。


 自分たちで考えさせ、選ばせた。


「……あなた、本当に意地悪ですね」

「なんのことやら」


 ああ、意地が悪い。

 意地が悪くて、温かい。


 自分の思考を先読みされた気恥ずかしさよりも、テオドールが自分を信じてくれた事実への嬉しさが勝ってしまう。この感情を悟られまいと、拳にきゅっと力を込めた。

 するとマックスが困り顔で片膝をついた。ララの発言が自分に向けられたものだと勘違いしたらしい。


「お嬢さん、申し訳ございません。あなたに不誠実な態度をとりました」

「い、いえ。あれが普通の反応かと。謝罪は受け取りましたので、もう頭を上げてください」


 頭を下げられるのも、下から見上げられるのも落ち着かないのだ。


「まだです、こんなもんじゃ足りません! 全員分謝罪しますので、その後にぶん殴ってください!」

「無理です」

「そうおっしゃらずに!」


 頑固だ。頑固犬だ。

 テオドールはニヤニヤしているし、フロイドに助けを求めるべきだろうか、と考えていると――、


「何やってるのー? 喧嘩?」


 男性にしては高めの、呑気な声が聞こえた。

 声の方向に視線を移すと、目を疑いたくなるほど可愛らしい男性が近付いてきた。

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