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エンディング目前の半透明な令息と、60日の寄り道を  作者: 杏野 いま
第二章 半透明な令息と、初めてだらけの二日間
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12. 最初のミッション

「え、ジャスパーお休みなんですか?」


 翌日の午後になってから、ララはジャスパーの不在を知った。

「あいつなら昨日からいねえぞ」「体調悪いんだってさ」と、口々に開発局員が教えてくれる。言われてみれば、昨日彼を見た記憶がない。


「気付きませんでした」

「嬢ちゃん、それジャスパーに言ったら泣かれるぞ」

「あ、いや。だってジャスパー、普段から配達でいないことの方が多いじゃないですか。いたらすぐに分かりますけど」

「うるせえもんな」

「そういう意味じゃなくてぇ」


 ララがむくれると数名の局員たちが笑い声を上げた。付き合いが長い古株の局員たちからは、いまだに子供扱いされている。


「今日の午前中は作業に集中していたので、周りを見てなかったんです」

「なんかすげえ早さで進めてたもんな。嬢ちゃんの作業中は声かけられねぇから黙ってたけど、働きすぎだろ。俺たちの仕事も残しとけよ」

「もちろんです。ですが、みなさんには安眠の間の方を頑張っていただきたいので。大仕事ですし」

「そっちは心配すんな。ヘンリーとやっとくからよ。なあ」


 局員に話を振られた叔父がにこやかに頷く。目尻に刻まれた笑い皺を見ると、なんだかほっとする。


「任せといて。ララはいつも通り捜査局の方を頼むよ。グラント卿の件があって大変だし、ララも落ち込んでると思……あれ? ララ、なんで元気なの?」

「なんで、とは……」

「君たち仲良かったじゃないか。あのジャスパーですら、彼の件で寝込んでるのに。多分」


 なるほど。ジャスパーはテオドールの死がショックで休んでいるのか。想像すれば分かることだったかもしれない。あれだけ仲が良かったのだから。

 それに引き換え、自分はせっせと仕事を進めている。もしかしたら相当冷たい人間だと認識されているかも。でも仕方がないではないか。

 悲しもうにも、彼なら――、


「俺、ここにいるんだけどな」


 そうですね、と、ララは宙に浮くテオドールに視線だけで返事をする。当然彼の声が聞こえるわけもなく、叔父は話を進めた。


「ララは昨日、婚約破棄の報告もしたんだろう? もっと元気ないかと思ってたよ」

「あー……両親とはいつも通りで、上手く話せなかったのですが。色々あって、心の整理ができたと言いますか」


 きっとテオドールに心の奥のドロドロしたものを聞いてもらったからだろう。何も解決はしていないのに、今朝起きた時には少し気持ちが楽になっていた。

 テオドールにお礼を伝えても、「本当にただ聞いてただけじゃないか」と笑い飛ばされてしまったが。


(私には間違いなく必要な時間だった。グラント卿が強引で優しい人じゃなかったら、絶対あの感情を飲み込んでいたわ)


 自分の中で渦巻いていたものが、(つたな)い言葉として外に出た。みっともなく、頼りないままで。

 だがそれによって気付いたのだ。心の底から、両親を愛していると。だから自分の不甲斐なさが悔しくて苦しいのだと。


「まだ解決方法は分かりませんが、私にできることを精一杯頑張ろうと思います」


 局員たちに向かって話しているようで、テオドールに向けての宣誓だった。まずは彼の望みを、叶えたい。


「ほー。じゃあ頑張る嬢ちゃんに、頼み事しても良いか?」

「はい! なんなりと――、え」


 局員が作業台に置いた物を見て、ララから表情が消えた。ララでも運べそうな木箱だった。そう、木箱だ。……何かが入った。


「あ、あのー」

「ん?」

「もしかして頼み事って」

「配達だ」

「一人で、ですか?」

「ああ。言ったろ? ジャスパーいねえって」

「聞きましたが……私、少し前まで外出を控えていた身でして」

「おめでとさん。もうどこに行こうが誰にも文句言われねえよ。思う存分城内を歩いてこいや。配達面倒だから助かる」

「最後のが本音ですよね」


 ララを筆頭として、開発局の局員たちは人との接触が苦手な者が多い。本人たち曰く「面倒くさい」らしいので、ララとは種類が違うが。

 叔父やジャスパーのように人当たりが良い人間の方が珍しいのだ。

 せめて誰か一緒に……と思ったが、局員の言葉によってララは目の色を変えた。


「配達先は捜査局だ」

「捜査局?」


(あれ? これってチャンスなのでは?)


 ちらっとテオドールに視線を移すと、彼も同じことを考えていたようだ。目が引き受けろと言っている。


「はい! やります! 喜んで!」

「いきなり酒場の店員みたいになるなよ、驚くから」


 急いで挙手した腕を、やんわりと降ろされる。


「なんだ? 捜査局って聞いた途端にやる気出して」

「いえ、そんなつもりは」

「まさかあの若造集団の中に、惚れてる男でもいるんじゃないだろうな。なーんて」

「そ、そ、そんな破廉恥な理由ではありません!」

「……今の、破廉恥だったか?」


 一斉にララ以外の全員が首を横に振る。どうやら違ったようだ。


「……言葉選びを間違えました。とにかく、違うんです。私が捜査局の方で名前とお顔が一致するのはグラント卿だけですし。ただ、これからは私も、開発局に貢献できるようになりたいと思ってですね」


 尻すぼみになりながらも、もごもごと誤魔化そうとする。

 実際は捜査局に立ち寄るための口実になりそうだったからなのだが、それを話したらテオドールの説明までしなくてはならなくなる。

 テオドールとしては、自分の存在を知らせるのは捜査官だけにしたいらしい。事を大きくしたくないのだろう。

 だから寝込んでいると思われるジャスパー含め、開発局員には事情を話せない。


「わかったわかった。嬢ちゃんが無駄に必死なのは充分伝わった。やれるんだな?」

「正直不安ですが、頑張ってみます」

「おう、じゃあ任せた。こいつを捜査局の破壊神に渡しておいてくれ」


 木箱を指さして局員が言う。

 ララがそっと木箱の(ふた)を開けると、自分が朝一で修理した二対の斧が入っていた。薪割り用ではなく、れっきとした武器である。

 

(最初のミッションは、これの配達……と見せかけて、捜査官と接触すること。そして、グラント卿の存在を信じてもらう)


 ゴクリと喉を鳴らし、蓋を閉め直す。そのまま慎重に木箱を抱え、立ち上がった。


「早速行ってまいります。帰りが遅くても、心配しないでくださいね」


 局員たちに見送られ、ララは開発局を後にした。








 捜査局に向かう途中、テオドールが隣から顔を覗き込んできた。たまに人や霊とすれ違うのだから、驚く行動は控えてほしい。


「ゴーグルつけたままで行くのか?」

「また誰かを失神させてしまったら大変ですので」

捜査局(うち)の連中はそこまでやわじゃない」

「やわだとは思っていませんが、グラント卿の死で涙を流されていたということは、心の声に素直な方が多いのだと思います」

「君の表現は綺麗だから、あいつらにはもったいないな」


 そこまで言ってテオドールが喋らなくなったため、ゴーグル着用のお許しが出たようだ。木箱を抱え直し、ララはテオドールに問う。


「ロックフェラー卿ではなく、ドーハティ卿を呼べというのはどういう意味なのですか?」


 木箱を届ける相手は破壊神……ではなく、ロックフェラー卿だ。しかし、テオドールが捜査局で最初に呼べと言ったのはドーハティ卿だったのだ。


「今回の件は異常事態だからな。ヒューゴ……ララは依頼書で名前を知ってると思うが、ヒューゴ・ドーハティな。あいつの方が落ち着いて話せるだろうと思っただけだ」

 

 ロックフェラー卿が相手だった場合、自分はひねり潰されでもするのだろうか、と若干不安になる。なんていったって破壊神だ。


「極力、ドーハティ卿を呼んでいただきましょう」


 ララは神妙な面持ちで頷く。ロックフェラー卿だけは絶対呼ばない。潰されたくないからだ。


「捜査局について聞いておきたいことはあるか?」

「うーん……仕事内容も完全には理解できていないので、聞き始めたらきりがないのですが。今までは王城と王都の治安維持をされてたんですよね?」

「ああ、王城内の膿み出しが王命だったからな。今後は王都以外にも出る予定だ」

「怪しい動きがあるのですか?」

「探ってるところだから現時点では予想に過ぎないが、あるだろうな。人攫いに人身売買、違法薬物、密輸……」


 指を折って数えるテオドールは普段と変わらぬ表情だが、ララは胃の辺りが苦しくなった。

 

「人攫いって……そんなひどいことをする人が本当にいるのですね」

「心配するな。危険な仕事だから君には関わらせない」

「そういう意味ではなくて。……表から見えないだけで、辛くて寂しい想いをしている方がいらっしゃるのだな、と思いまして」


 自分はカルマンからの暴力に耐えるだけでも心が折れそうだった。誰にも打ち明けられなかったが、開発局員やテオドールがいたから、……カルマンとは別の世界があったから耐えられたのだ。攫われた者に、そんな救いがあるとは思えない。


「ララ」


 名前を呼ばれテオドールの方を見ると、想像以上に近い位置まで彼が迫ってきていた。驚く間もなく、何かが自分の唇に触れる。


「唇、噛みしめるな」


 そう囁いたテオドールの親指が、唇を撫でて去っていく。


(グラント卿は、人との距離感がおかしいわ……!)


 ララは顔を伏せてやり過ごす。抗議したい気持ちでいっぱいだったが、周りを歩く人々に怪しまれたくない。あとはあれだ。テオドールの表情と手つきが、自分を労わっているように感じたのだ。だから文句が出てこなかった。


「君のような優しい人が、この国で平和に過ごせるようにすることが捜査局の役目だ」


 文句を言いそびれたララは、気にしていないような顔をしてテオドールを見上げた。


「騎士団があるのに捜査局も設立したのには、理由があるのでしょうか」

「あー、それは俺が……」

「グラント卿が?」

王立学園(アカデミー)時代に、課題で論文を書いたんだ。国と民を守るための力を、一つの組織だけに集めるべきじゃない、って」

「それを陛下が採用された、と」

「ガキの思いつきだったんだけどな。いきなり呼び出されて何事かと思ったら、『じゃあ、卒業したらお前がやれ』だぞ? 最低でも王城内が片付くまでの間は局長から降りるなとも言われた。こっちは家督を継ぐために医者の資格も取ってたってのに」

「お気の毒に……」


 他にかける言葉が見つからなかった。彼は忙しい学生時代を過ごしたことだろう。


「ま、結局後悔はしてないから、これが俺の生き方だったんだろうけどな。……っと、時間切れだ。話はまた今度だな」


 テオドールの声で、やっと自分の居場所を把握した。

 目の前には、背の高い銀色の柵で覆われた広い敷地。数人がかりでなければ動きそうにない分厚い門は、昼間は開けっぱなしのようだ。問題が起これば誰でも駆け込んで良いのだろう。


「ここが、グラント卿の職場……」


 初めて入る場所で、自分は上手くやれるだろうか。失敗したら、彼の望みを叶えられない。

 考えただけで、少し呼吸が浅くなる。


「俺を置いて心配事か?」

「ちょっと、緊張してしまって」

「俺の望みを叶えられなくなるかもって?」

「……」

「図星か」

「……はい」

「失敗しても良い。今日上手くいかなくったって、明日も明後日もあるんだから」

「明日も……」

「ああ。何より俺は、君が俺のために頑張ってくれることが嬉しい」

「……甘やかさないでください」

「ははっ、どうするかな」


 ララの前に立ち、門を見上げるテオドール。さらに高い位置に広がる青空が、彼はよく似合う。


「俺はこの場所を、ララに好きになってほしい」


 広い背中しか見えないが、きっと彼は今、穏やかな顔をしている。


「……行きましょうか」


 ララが覚悟を決めると、振り向いたテオドールが隣に立った。

 これから何が起こるか分からない。でも、神の元に帰るその時まで、彼は一番近くにいてくれるだろう。


 並んで門をくぐる瞬間、テオドールの低い声が鼓膜を揺らした。


「――ようこそ。王立犯罪捜査局へ」

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