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あいつは俺だ

 生活費が尽きた。もう後がない。

 推しへの投げ銭と、ゲームの課金で先月の稼ぎ分を全て使ってしまったのだ。アパートの家賃も三ヶ月滞っており、これではいつ強制退去になってもおかしくない。


 仕事で上司に叱られる日々に嫌気が差して、トレカの転売で金を稼いでいたが、販売元とフリマアプリの運営が組んで、厄介なルールを設けたために高値で売る予定だったトレカが値崩れを起こしてしまった。

 今更、トレカを売ったところで、仕入れ金が回収できるはずもなく、路頭に迷った俺は、手っ取り早く金を手に入れるため、夜中のコンビニに強盗に入ることにした。台所の包丁をタオルに包んでジャンパーに忍ばせ、頭にハンチングを被り、顔はサングラスとマスクを掛けて顔を見られないようにしっかり隠した。

 身支度が終わり、洗面所の鏡で自分の姿を見てみると、そこには刑事ドラマから飛び出してきたかのような、いかにも強盗らしい身なりの男が映っていた。

 これで準備完了だ。

 

 俺は早速、隣町のコンビニに赴いた。

 いざ店内に入ろうとしたその時、自動ドアが開いて、男二人が飛び出してきた。

 俺は慌てて犬走りの角に隠れた。

 「コラ、離せ、離せつってんだろ」

 今の俺の格好とそっくりの男が言った。

 「駄目だ、早まるんじゃない。今なら間に合う」

 新聞屋の配達員らしき男が、俺そっくりの男にしがみつきながら説得している。

 「もうこれしかないんだよ、俺には!」

 「やめろ。人生を棒に振っちゃいかん」

 どうやら先客がいたようだ。俺はその場から様子を窺った。

 「お客さん、危ないからやめてください!逃しちゃっていいですよ!今、警察呼びましたから」

 今度は店員が出てきて、強盗を押さえている配達員の男に言った。

 「逃がすわけにはいかない。この男にちゃんと罪を償わせるんだ」 

 「は、離せ、離せ、金が要るんだ、金が」

 ついに取り押さえられて身動きが取れなくなった強盗は、息を切らしながら叫んだ。

 配達員の男が強盗のサングラスとマスクを剥ぎ取る。俺よりもずいぶん若い男の顔が露出した。

 「まだガキじゃないか。なんでお前さんみたいな若いのが、こんな馬鹿な真似したんだ」

 「金が尽きたんだ。食う分は我慢できても、投げ銭用の金がなくちゃ、生きていけない」

 強盗は泣き出した。

 「何言ってるんだ。そんなことで、こんな真似するな。まだ若いんだから、いくらでも仕事はあるだろう」

 「駄目なんです。俺、全然仕事できないんです。どんな仕事も怒られてすぐクビになるし、転売で生計立てようとしたら、仕入れた売り物は値崩れするし、挙句の果てに、投資詐欺に引っ掛かって所持金がもう一円も残ってないんです。だから、俺、ああ──」

 涙ながらに話す姿を見兼ねたのか、配達員の男は押さえつけるのをやめ、強盗を起こしてやった。強盗は逃げることなくその場でわんわん泣き続けた。

 「そうかそうか。そいつは苦労だったな。でも、いくら金を失ったからって、人様に迷惑を掛けるようなことはしちゃいかん。ちゃんと罪を償ってもう一度やり直すんだ」

 強盗は泣きながら頷く。

 配達員の男の言葉を聞いて、俺は胸にチクチクとしたものが刺さるような感覚を覚え、俺は見つからないようにその場を立ち去った。

 後ろでサイレンの音が聞こえた。店員が呼んだパトカーが到着したのだろう。

 

 アパートに戻った俺はハンチングとマスクを外し、敷きっぱなしのせんべい布団の上に大の字になって天井を見上げた。去り際に聞こえたサイレンの音がまだ耳に残っていた。

 懐に隠した包丁を取り出し、タオルに巻かれたままのそれを床に放り投げ、俺は一言呟いた。

 「あいつは俺だ」

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