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逃げるしかないだろう  作者: だるっぱ
譲治 一九八〇年十二月
68/80

天王寺公園

 目まぐるしく変化してきたこの一年を振り返ってみて、僕は万華鏡みたいだなと思った。

 戎橋の上で、なぜ明美と偶然にも出会うことが出来たのだろう。

 面接の場で、なぜ支配人は僕に芸人をすすめたのだろう。

 また、僕を取り巻く人々との出会いは、更に多くの変化を生み出して、まるで嵐のように渦巻いている。遠い過去から未来に向けて、連綿と続いている人間の営みについて思いを馳せた。繰り返される変化の中で、僕は確かに生きている。

 とっても不思議だ。


 年の瀬が迫った土曜日の朝、いつもと同じように天王寺公園のベンチに座っていた。クロッキー帳を膝の上に置いて、大きく伸びをする。透き通るような青い空に、白い雲が浮いていた。吹く風は冷たいけれど、降り注ぐ太陽の光が暖かい。

 子供たちが楽しそうに鬼ごっこをしていた。鬼が相手を捕まえる。一緒に芝生の上に転がった。笑顔が零れて、こっちまでウキウキとさせられる。

 品のある老紳士が、大きな犬を連れて散歩をしていた。でも、よく見ると犬に引っ張られて、よろめいている。その姿がとてもユーモラスだ。思わず笑ってしまう。

 ピンク色のスポーツウェアを来たお姉さんが、園内でランニングをしていた。引き締まったプロポーションに目が釘付けになる。駄目だ、駄目だ。鼻の下が伸びている自分に気が付いた。思わず目を逸らしてしまう。

 高校生の可愛らしいカップルが、手を繋いで楽しそうに歩いていた。そういえば、小林君と貴子さんは、どうしているのだろう。二人の行く末に、エールを送りたい。

 目の前の一人一人に、それぞれのドラマがある。それぞれが複雑に絡み合い、この世の中を形作っている。そうしたドラマを掬い上げるつもりで、僕は鉛筆を走らせた。

 クロッキー帳を捲る。目の前のドラマを、次々と描写した。描いても描いても、描き足りない。人間って、本当に面白い。夢中になって描き続けた。


「ジョージ。もうそろそろ、電気屋さんに行こうや」


 声を掛けられる。僕の集中力が途切れてしまった。夢うつつのような状態から、現実に帰ってくる。

 顔を上げた。声がした方に振り向く。その人は、太陽を背にしていた。太陽の光が眩しくて、目を細めてしまう。よく見ると、毛むくじゃらの元さんが立っていた。


「もう、そんな時間?」


「ああ、もう時間や。遅れたら、見ることが出来んようになるで」


「分かった。もう、終わりにする」


 クロッキー帳を閉じて、立ち上がる。


「沼ヤンも行きたいって言ってたから、一緒に連れて行くで」


「オッケー!」


 沼ヤンと合流した僕たちは、天王寺駅周辺にある一番大きな電気屋に向かう。僕たちが連れ立って歩く姿を見て、公園に遊びに来ている人たちが眉を顰めた。


 ――そりゃそうだ。


 僕は、まだ普通の格好をしている。ただ、元さんと沼ヤンは見るからに浮浪者だ。伸びるに任せた髭と髪の毛。汚れて破れてしまった衣服。僕は慣れてしまったけれど、近づくとちょっと臭い。

 この天王寺の周辺は、そんな浮浪者がとても多く生活していた。彼らは、平日の朝が来ると、あいりん地区の職安センターに向かう。どこからやってくるのか、驚くほどに多くの浮浪者が集まった。日雇労働の仕事をするためだ。

 彼らは職安センターで手続きを行い、次々と現場に運ばれていく。周辺にはヤクザがらみの手配師たちもいて、中にはそんな手配師の車に乗り込み仕事に向かう者もいた。

 このあいりん地区は、賃金は安いけれど生きていく分には何とかなる、そんな人々が暮らしている地域でもあった。


「見えてきた。あの電気屋なら、店に入らんでもテレビが観れるで」


 この周辺に詳しい沼ヤンが、得意そうに言った。

 その電気屋は、大通りに面していた。大きな店構えで、店頭には大小さまざまなカラーテレビが陳列されている。

 腕時計を見た。もう直ぐ十二時になる。


「もう、時間やで。ほんまにジョージが出るんか?」


 元さんが、疑いの目を向けた。


「ええ、それは間違いないのですが、チャンネルはどれかな……」


 すると、沼ヤンがテレビに手を伸ばす。ダイアルを摘まみ、ガチャガチャと回し始めた。

 その様子を見ていた、店員が大声で叫ぶ。


「コラー、お前たち。商品に触るな!」


 僕たちは、首を竦めた。

 その時、テレビからドラムロールの音が鳴り響く。


「始まりました」


 僕たちは食い入る様に、テレビを見た。「お笑いスター誕生!!」のナレーションが流れ始める。


「スターへの道は細くて長い。今週もスーパースターの座を目指して熾烈な戦が繰り広げられる。お笑いスター誕生!!」


 懐かしい。一週間前の出来事なのに、随分昔のことのように感じた。


 ――僕は、あの舞台に立っていた。


 なんだか、とても感慨深い。

 司会者の二人が、出場者の登場を促した。カーテンで閉じられたゲートから、五組の出場者が飛び出してくる。


「あっ! ジョージがおるやんけ。ホンマやったんや」


 元さんが、僕を指さして嬉しそうに叫んだ。

 ブラウン管の中の僕が、ルパン三世の声を担当している男性司会者に紹介されている。この時の僕は、かなり緊張していたことを思い出す。

 お辞儀をした僕が、司会者にぶつかった。女性の司会者からも、観客からも笑われている。でも、笑われたことで、ジュエリーの舞台に立っていた頃の感覚を思い出す。お陰でリラックスが出来た。

 沼ヤンが、大声で笑った。


「ワッハッハッ。なあなあ、大丈夫か? お前、えらい緊張してるで」


 沼ヤンに微笑みかける。


「大丈夫ですよ。これ、一週間前に収録した内容なんです。安心して見ていて下さい」


「そうやったな。しかし、凄いなジョージ。テレビに出るなんて」


 一組目である、僕の舞台が始まった。

 初っ端の難関は、観客からモデルを選ぶことだった。最初に選ばれるモデルは、舞台に上がるのに勇気がいる。その一人を見つけるために、僕はまだ温まっていない舞台を盛り上げる必要があった。


「トップバッターの寺沢譲治です。普段は、大阪の天王寺公園で似顔絵を描いています」


 自己紹介をしながら、テレビの中の僕が、クロッキー帳を開いている。


「公園で遊んでいる人を見かけては、毎日のように似顔絵を描くわけですが、もし、僕の描いた似顔絵が欲しいと言われたら、僕はその方に手を差し出します」


 観客が不思議そうな顔をして、僕の話を聞いていた。舞台の上の僕は、そのままステージを歩き回りながら、既にマジックを走らせている。


「一枚五百円ですと……」


 観客が沈黙した。


「何故、僕がお金を要求するのかと言いますと、それが僕の収入なんですね。実は、僕は天王寺公園で浮浪者をしています」


 テレビの中で、観客がザワザワと動揺し始める。

 改めて見てみると、僕は、かなり際どいフリをしていた。


「僕の周りには、そんな浮浪者の友達が沢山います。元さんとか沼ヤンとか、大西さんとか……」


 観客が、かなり引いている。これはかなり攻めすぎだ。笑わせるどころか、下手すると場が凍り付いてしまう。自分のことながら、少し緊張した。


「友達は、日雇労働者でその日その日を生きています。僕だけは、絵を描いて生きています。では、一枚目の絵が出来ました」


 クロッキー帳を抱えた僕が、観客席をゆっくりと見廻した。シーンと静まり返っている。笑い出すような空気じゃない。


「皆さんがご存知の有名人を参考にして、似顔絵を描きました。さて……誰だか分かりますか?」


 更に観客席を見廻す。皆が、僕の言葉に注目していた。直ぐにはクロッキー帳を見せない。ゆっくりと舞台を歩きながら、観客の関心を煽る。


「ヒントを言いますと、昨年の今頃、このモデルが主人公の映画が公開されました」


 歩きながら観客席を観察した。観客の視線が僕を追いかけている。


「その主人公は、スケベで、剽軽で、かの大泥棒の孫だったりします」


 観客席の空気が少し変わった。ザワザワとした、空気が漂い始める。

それでも、僕は焦らした。

 バネが沈み込み、力を溜めるように、十分に間を取る。

 その時、観客席の隅から、小さな声が上がった。


「ルパン!」


 足を止める。声のした方を見た。小さな男の子が目を輝かせている。

 ブラウン管の中の僕が、その男の子に向かって、剽軽な笑顔を浮かべた。


「奴はとんでもないものを盗んでいきました。あなたの心です!」


 ルパンの映画で使われた台詞を、僕が叫んだ。それと同時に、クロッキー帳の似顔絵を観客に見せつける。


「ルパン三世です」


 そこには、ルパン三世の声優を務める男性司会者の似顔絵が描かれていた。ニヒルな笑顔で、決めのポーズを取っている。しかし、どう見てもアニメのルパン三世にも見えるのだ。顔は違うけれど、そう見えてしまう。描き方を工夫して、上手く特徴を表現した似顔絵だった。

 その瞬間、観客席から万雷の拍手が起こる。うねる様な拍手だった。


 ――上手くやったな。


 自分のことながら、妙に感心してしまった。

 テレビの中の僕は、観客席に向かってお辞儀をしている。体を起こすと、ステージの端に向かって歩き出した。モデルになった男性司会者に話しかけるためだ。


「ルパン。あなたを盗ませていただきました」


「あちゃ~。盗まれたようですね。見せてくださいよ、その似顔絵を」


「どうぞ、見てください」


 出来たばかりの似顔絵を差し出す。

 司会者は、その似顔絵を食い入る様に見つめた。


「これ、僕ですよね。でも、ルパン三世にも見える。凄く良く描けていますよ。皆さん、見てくださいよ」


 司会者が、その似顔絵を観客席に向かって、再度、披露した。観客の関心が高まる。

 僕が、司会者に問いかける。


「どうですか? その似顔絵」


 司会者が、僕に視線を向ける。


「良く出来ていますね。この絵、僕が貰ってもいいんですか?」


 澄まし顔で答える。


「泥棒は駄目ですよ! ルパン――」


 観客席から、小さな笑い声が起きる。

 その笑い声に押されるようにして、大袈裟な素振りで、僕が司会者に手を差し出した。


「――はい、五百円。僕の収入なんです。」


 絶妙なタイミングに、観客席が沸いた。噴き出すような笑いに包まれる。

 テレビを見ながら、自分の掴みに感心した。これは上手い。これで何とか波に乗ることが出来た。

 素直な男性司会者は、ポケットから財布を取り出して、五百円を支払おうとした。

 僕は、その仕草を止める。


「今日は、いいです。ツケにしておきます」


 また、観客が笑った。客席が、十分に温まっているのを感じた。

 司会者との掛け合いが終わった後、ブラウン管の中の僕は、次のモデルを観客から探し始める。

 運の良いことに、モデルは直ぐに見つかった。目立ちたがりのおじさんが、手を挙げる。自らステージに上がって来たのだ。

 剽軽でイジリがいのあるおじさんだった。何かとボケてくれる。お陰で、観客を笑わせるのに困らなかった。

 おじさんは、競馬が好きだと公言した。折角なので、おじさんの似顔絵は、顔を長く伸ばして馬面にしてみる。

 この似顔絵も、大いにウケた。爆笑に包まれる。

 テレビの中で、僕がそのおじさんに語りかけた。


「では、この似顔絵に僕のサインを書いておきますね」


 描き上げた似顔絵にサインをする。

 すると、おじさんが怪訝な表情を浮かべた。


「どうして、サインをするのですか?」


「サインがあれば、僕が描いた絵という証明になります。十年後には、この絵に百万円の価値が付くかもしれませんよ」


 おじさんが、ニンマリと笑った。


「百万円か……また馬券が買えますな」


 観客席が、大いに賑わった。テレビの中の僕も、おじさんのボケに苦笑する。


「折角の絵を、売らないでくださいよ。どうぞ、お持ち帰りください」


 出来上がった似顔絵を、おじさんに手渡した。


「ありがとうございます。大事にしますよ」


 観客の拍手に包まれながら、おじさんが舞台を退場する。

 二枚の似顔絵を描いた時点で、結構な時間が経過していた。


「今日は、皆さんありがとうございました」


 観客席に向かって、深々とお辞儀する。万雷の拍手が鳴り響いた。

 舞台が終わると、審査員から、僕の芸に対する評価が述べられる。いつもは辛口の審査員も、僕の似顔絵に対して好意的な評価を述べてくれた。無事に合格することが出来る。

 でも、まだ一週目だ。グランドチャンピオンになるためには、十週も勝ち抜かなくてはならない。

 実は、二週目の審査も、同じ日に収録が終わっている。これも危なげなく合格することが出来た。だから、年が明けると、三週目に挑戦する為に、東京に行くことになる。

 そんなことを考えていると、僕の横で、元さんが呟いた。


「俺、テレビで紹介されてもうた……」


 呆けている元さんに、笑ってしまう。


「元さん。紹介って大袈裟な~。それよりも僕はどうだったの?」


 頭を掻きながら、元さんが苦笑いを見せる。


「いやー。もちろん、ジョージは凄かったよ。ただ、吃驚してしまって……ジョージの事、俺、誇りに思うよ」


 感動している元さんを見て、テレビの影響力の大きさを感じた。


「元さんも、出てみたら? 歌のオーディションもあるんだよ。元さんだったら、良いところまで行くんじゃないかな」


「そんな番組もあるんか」


 そんなやり取りをしていると、店内から店員が出てきた。顔を怒らせている。


「コラー! いつまで、突っ立っているんや。お前らがいたら、他のお客さんに迷惑や!」


 気の強い沼ヤンが、店員を睨みつけた。


「あほんだらー! こんなテレビ、誰が見たるか! 行こうぜ、ジョージ」


 沼ヤンが、怒って歩き出す。仕方がないので、僕と元さんはその後を付いて行った。沼ヤンが、僕に語りかけてくる。


「おい、ジョージ」


「はい」


「今晩は、お前のテレビ出演を祝って、宴会や」


「はい」


「ビールを買ってこい」


「えっ! 僕が払うんですか?」


「当たり前やないか。これから出世するお前の為に、わざわざ宴会をしてやるんや。沢山、買って来いよ」


 そんな沼ヤンに、笑ってしまう。


「日本酒は要りますか?」


「当り前やないか。そんなん言われんでも買ってくるもんや。お前のことを、盛大に祝ったる」


 沼ヤンのぶっきら棒な物言いに、愉快な気持ちにさせられた。

 今晩を境に、僕が天王寺公園で寝ることはない。明美が、部屋の契約を済ませたのだ。一緒に生活をはじめる準備が出来ている。

 しかし、その為には、最後の大きな障害が残っていた。明日に予定されているジュエリーボックスの舞台だ。ここで、安達親分と最後の決着を付けなければいけない。

 だから、今晩はお別れの宴会だ。お世話になった皆にお酒を振舞ってやりたい。僕は、そんな気持ちになっていた。


 夕方の五時頃、宴会が始まった。

 天王寺公園の片隅に、一斗缶に薪をくべただけの焚火が用意される。太陽が沈み、寒さがより一層強くなった。

 沼ヤンに誘われて、仲の良かった浮浪者が五人ほど集まる。焚火を囲んで座った。一人一人に、缶ビールを手渡していく。

 元さんが立ち上がり、音頭を取った。


「えー。今日は、ジョージがテレビに出演しました。俺たちの中から、彼は旅立とうとしています。そんなジョージの成功を祝って、乾杯をしたいと思います。用意は宜しいですか」


 元さんが、缶ビールを高く掲げた。


「カンパーイ!」


「カンパーイ!」


 集まった皆が、缶ビールを掲げて口々に叫んだ。

 ビールを口にする。寒さが身に染みるけれど、やっぱり美味い。

 楽しい仲間たちだった。馬鹿な事を言いながら、笑い合っている。僕のテレビの話題が、一段落すると、今度は、酔っぱらった元さんが立ち上がった。喉を震わせて、歌い始める。

 そんな元さんの歌に耳を傾けながら、仲間たちは更に酒を呑む。陽気な宴会が、いつ果てるともなく続けられていった。

 頃合いを見計らって、僕は立ち上がる。


「何処に行くんや? ションベンか?」


 沼ヤンに、呼び止められた。


「電話」


「ああ。また、彼女に電話か。羨ましいの~」


 皆の冷やかしを背中に受けながら、近くの電話ボックスに足を運ぶ。

 明日の舞台のことを思い出した。僕の中から、酔いが冷めていく。先程までの楽しい気持ちが消えてしまった。代わりに、背筋が凍る様な緊張感が、僕を襲う。


 暗闇の中、ガラスに囲われた電話ボックスが、青く光っていた。ドアに手を掛けて、中に入る。ポケットから硬貨を取り出して、電話機に積み上げた。受話器を掴む。明美のナンバーをダイアルした。二回ほどコール音が鳴る。繋がった。


「もしもし」


「もしもし。見たよ~、テレビ」


 明美の明るい声が、僕の耳をくすぐる。


「ありがとう。どうだった?」


「うん。とっても面白かった。喜美代叔母様と京子さんと、一緒に見たの。皆で大笑いよ」


「僕も見たけど、自分の芸を見るのって、なんか不思議な感じがした」


「へー、どんな風に」


「うーん。なんていうか~、自分に対してツッコミを入れたくなる。お前、下手くそーって」


「アハッハッ! そんなことないよ。すっごく面白かったよ」


「ありがとう。まー、それでも、自分の舞台はなかなか笑えないけどね」


「あのね。今日、ジョージを見て、喜美代伯母様がね、正治って言ったの」


「へー。おばさんの調子はどうなの?」


「あまり良くないの。今日はね、私のことが分からなかった。凄くショックでね」


「そうなんだ」


「だからね、伯母様がジョージを見て、正治って言った時、凄く嬉しかった」


「それは良かった」


「それとね……」


 受話器に耳を押し当てながら、僕は電話ボックスの外を見つめていた。明美の声が、耳を素通りしていく……。


「どうしたの、ジョージ。聞いているの?」


 僕の心臓が激しく暴れ出した。受話器をギュッと握り締める。

 彫刻のように固まったまま、動くことが出来なかった。

 電話ボックスの外にいる二人の男達を、僕は知っている。

 その内の一人が、動き出した。熊のように大きな体を揺すって、電話ボックスの扉に手を掛ける。グイッと開けられた。

 男が手を伸ばす。僕が握っていた受話器を取り上げた。丁寧に、電話機に戻される。

 顔を引きつらせながら、僕はその男の名前を呟いた。


「木崎さん」


 とうとう、見つかってしまった。

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