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逃げるしかないだろう  作者: だるっぱ
博幸 一九八〇年十一月
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 ジョージさんと一緒に、貴子を盗む計画をした次の日は文化の日だった。予告状を手にした僕は、朝から落ち着かない。ひどい緊張に襲われていた。

 貴子に、予告状を出すことは決めた。決めたけれど、いざ行動に移そうと思うと、足がすくんでしまう。時計ばかりを見ていた。

 九時になった時は、まだ貴子の家に訪問するには早過ぎるだろうと考える。十時になった時は、貴子はまだ寝ているかもしれないと考えた。そこから、十分、二十分と時間が過ぎていくけれど、その度に足を運ばない。何かしらの言い訳を考えてしまう。そんな自分に嫌気がさして立ち上がった。勉強机に近づく。

 机の上には貴子から貰った怪人二十面相の本が、昨日から置かれたままだ。僕と貴子の原点であり、絵を描くことが好きになった切っ掛けでもある。その本を手に取って、抱きしめた。


 ――貴子を救い出すのは僕だ。


 半ば暗示のように自分に言い聞かせる。本を置いて、部屋を出た。玄関で靴を履いた僕は、表に出る。貴子の家はすぐ隣。

 空を見上げた。広くて青い空に、白い雲が浮かんでいる。あの白い雲から見たら、僕なんて小さな砂粒くらいにしか見えないだろう。

 未来の僕が、今後どのように成長していくのかは分からない。でも、この瞬間は、これから始まる「僕の物語」の最初の一ページなんだ。そんな風に思った。

 篠田家の家の前に立つ。口から心臓が飛びだしそうなくらいに緊張していた。重い指を上げる。篠田家の呼び鈴を押した。


 ピンポーン。


 呼び鈴の音が鳴った。ところが、篠田家からは反応が返ってこない。


 ――誰もいないのだろうか?


 いや、そんな事はないはずだ。少なくとも貴子は家の中にいると思う。僕は、もう一度、呼び鈴を押した。


 ピンポーン。


「はーい」


 女の人の声が返ってきた。でも、貴子ではない。かといって、おばさんでもない。


 ――誰だろう?


 暫く待っていると、玄関の扉が開けられた。


「はい、どちら様でしょうか?」


 出てきたのは綺麗なお姉さんだった。自分の中の記憶を手繰り寄せる。


 ――久美子お姉さんだ!


 フラッシュバックのように、揶揄われた過去が蘇る。


「男の子と女の子が、何をするのか知っているの?」


 悪戯に微笑む、若い頃の久美子お姉さんを思い出した。気持ちが挫けそうになる。思わず、僕は顔を背けてしまった。久美子お姉さんを見ることが出来ない。僕は拳を握り締めた。


「あのー、隣の小林です。貴子さんはご在宅でしょうか?」


 久美子お姉さんが、珍しそうに僕のことを見ている。不審に思われているのだろうか。緊張で体が委縮した。


「ちょっと待ってね。貴子に聞いてみるけど……あの子、出てくるかな?」


 玄関の扉が閉じられる。お姉さんが、貴子を呼びに行った。

僕は、用意していた予告状を取り出す。目の前にかざした。


 ――僕の気持ちが、貴子に届いて欲しい。


 祈るような気持だった。

 ジョージさんは、予告状のアイデアを僕に示した。果たして、これで良かったのだろうか。あまりにもふざけ過ぎてはいないだろうか。少し心配になる。

 好きっていう感情は、一方的なものだ。貴子が僕のことを、どの様に思っているのか、それは分からない。相思相愛なら言うことはない。でも、そんな希望的観測は、ただの思い込みだ。


 ――好きな人に、想いを伝える。


 これは、一種の賭けなんだと思う。断られたら、もう後がない。

 そうした意味では、ストレートではないこの予告状の存在は、かなりの変化球に思えた。


 ――今、大切なことは何だろうか?


 僕の想いを伝えることよりも、少しでも貴子には元気になって欲しい。その為には、貴子との接点を作らないといけない。この予告状は、貴子と話をする為の足掛かりなんだ。そんな風に思うことにした。

 篠田家で、階段を下りる音が聞こえる。


 ――貴子だろうか?

 ――それとも、久美子お姉さんだろうか?


 固唾を吞んで見守った。玄関の扉が開けられる。


「ヒロ君、ごめんね。貴子、誰とも会いたくないって」


 久美子お姉さんだった。予想はしていたけれど、残念だ。

 お姉さんが、玄関を閉めようとする。僕は、お姉さんを引き留めた。


「あのー」


 お姉さんが、怪訝な表情を浮かべる。


「貴子さんに、これを渡して欲しいんです」


 僕は、久美子お姉さんに予告状を手渡した。


「貴子に、これを渡せばいいのね」


 お姉さんが、目を丸めてその予告状を見つめる。

 予告状を、直接、貴子に渡すことが出来なかった。最後の望みとして、久美子お姉さんに手渡す。しかし、このままで良いのだろうか。僕の心に不安がよぎる。考える前に、僕は叫んでいた。


「貴子! お姉さんに予告状を渡したから、必ず読んでね。絶対だよ。文化祭は、必ず、来るんだよ」


 久美子お姉さんが、ビックリして僕を見つめた。

 恥ずかしさに包まれた僕は、久美子お姉さんにお辞儀をする。逃げるようにして自宅に帰った。


 予告状は出した。この後、貴子が文化祭に来てくれるのかは、まだ分からない。でも、賽は投げられた。後、僕がすべきことは貴子の肖像画を描くだけだ。

 貴子が驚くような素晴らしい肖像画を描こう。誰かの為に絵を描くなんて、初めてのことだ。しかも、その相手が貴子なのだ。僕の中から、使命感のような気持が湧き上がってくる。こんな気持ちは初めてだ。

 中学生の頃から、遠くから貴子を見つめてはクロッキー帳に描いてきた。貴子の事なら、目を瞑るだけで想像することが出来る。


 次の日、朝ご飯を済ませた僕は、学校に行くために表に出る。すると、篠田家からおばさんの声が聞こえた。


「負けないでね。辛かったら、帰って来てもいいのよ」


 ――えっ!


 驚いて隣りの篠田家を見た。


 カチャリ。


 玄関の扉が開かれる。


「大丈夫よ、母さん。じゃ、行ってきます」


 貴子が姿を表した。貴子は、体を翻してドアのノブに手を掛ける。その時、貴子の長い髪の毛が、フワリと広がった。貴子の顔を隠す。


 カチャリ。


 貴子が玄関の扉を閉める。

 硬直した僕は、その様子をずっと眺めていた。子供の頃に、真っ黒になって一緒に走り回っていた貴子は、そこに居ない。スラリと背が伸びた貴子は、細い指を耳の辺りに持っていくと、顔に掛かる長い髪の毛をかき上げた。僕の方に振り向く。貴子が冷たい目で僕を見つめた。


「あら、怪人二十面相さん。おはよう」


 僕は突然のことに動揺してしまう。


「お、おはよう……学校に行くんだね」


 冷たい視線のまま、貴子が眉を寄せる。


「私が、学校に行ったら悪いの?」


「いや、そういう意味ではなくて……」


「ふーん」


 僕から視線を逸らすと、貴子が歩き出した。ミナミ高校までは、一キロ半ほどの道程がある。掛ける言葉が見つからないまま、僕は貴子の後を追いかけた。

 貴子が、学校に行く気になったことは大きな進展だ。僕も嬉しい。ただ貴子に対して、どのように接したら良いのかが分からなかった。それに、昨日の予告状のことも気になる。

 足早に貴子の横に並ぶと、僕は思い切って声を掛けてみた。


「ねえ、貴子。文化祭には来るよね」


 貴子が足を止める。僕を見つめた。


「あの、予告状の事?」


「う、うん」


「私を盗むって、本気なの?」


 貴子の勢いに気圧された。


「……うん」


 何とか頷いた。そんな僕を見て、貴子が悪戯っぽく笑う。


「楽しみにしている。どういうつもりなのかは知らないけれど、ちょっとは面白そうね。でも……」


「でも?」


「つまらなかったら、もう口を利かないから」


 貴子が、また僕を冷たく睨みつけた。僕は、返す言葉を失ってしまう。

 貴子が学校に向かって歩き始めた。肩を並べるようにして、僕は貴子と一緒に歩く。学校に到着するまで、貴子と会話らしい会話は出来なかった。だけど、心の中は、嬉しさで舞い上がっていた。


 ――貴子が、予告状に反応した!


 しかも、文化祭に来ると、確かに言った。それだけで、百人力の力を得たような気持になる。貴子が喜ぶような、最高の絵を描きたい。


 その日は、学校の授業もうわの空に、貴子の肖像画について思いを巡らせていた。貴子を、描くことは出来る。出来るけれども、どんな絵を描けば、貴子の心を盗むことが出来るのか。それが分からないのだ。実は、肖像画のテーマについては、昨日からずっと悩んでいた。


 貴子をお姫様のように描き上げたら、どうだろうか?

 テニスに取り組んでいる、貴子を描いてみようか?

 それこそ、普通に澄ましている貴子の肖像画を描こうか?


 どれも、なんだか違うような気がする。僕の手元には、僕が描き溜めた貴子のクロッキー画や、貴子が写ってる子供の頃の写真が資料としては残っていた。でも、高校生になった貴子の資料はない。今からモデルになってくれと、貴子に言うわけにもいかなかった。


 ――貴子を盗むことが出来る絵。


 分からない。底なしの泥沼に足を取られたように、僕の思考がズブズブと沼の中に沈んでいく。

 放課後になると、僕は美術室に籠もった。貴子の絵の下描きを何枚も描いてみる。でも、どれも納得が出来なかった。上手く描けているとかいないとか、そういうことではない。これでは、貴子を盗む事が出来ないと、漠然と感じるのだ。


 ――貴子の絵を描くことで、僕は何を伝えたいのか?


 そんな根源的なテーマにぶつかった。

 悩んだ末に、僕は学校を飛び出した。自転車に跨り、天王寺公園に向かう。ジョージさんに会いたい。僕が描こうとする絵について、相談してみたかったのだ。

 日が落ちて、もう夜になっていた。思いつきで飛び出してしまったけれど、僕はジョージさんの居場所を知っているわけではない。会えるのかどうか心配だった。不安になりながらも天王寺公園に到着する。


 天王寺公園は、ミナミの繁華街の外れにあった。繁華街のネオンの光が届かないその地域は、森のように黒く沈んでいる。辺りはお寺に囲まれ、街の喧騒からは切り離されていた。

 天王寺公園は、昼と夜とで趣が変わる。昼間は人々の憩いの場なのに、夜になると人を寄せ付けない異質な世界に豹変した。その理由は、はっきりしている。浮浪者だ。


 生活に追われ住む場所を無くした者たちが、吹き溜まりのように集まっている。あちこちに、ブルーシートや段ボールで作った簡易なテントが目についた。

 昼の間、彼らは日雇いの仕事に出かけている。夜になるとゾロゾロと帰ってきた。普通の神経では、夜にこの公園に立ち入ろうとは誰も考えない。正直、怖すぎるのだ。でも、どうしてもジョージさんに会いたかった。


 躊躇していた僕は意を決して、天王寺公園に自転車を乗り入れる。辺りを見回した。昼間は鳴りを潜めていた浮浪者がウロウロと徘徊している。


「ジョージさん、いませんか?」


 公園の入り口から、少し遠慮がちに名前を呼んでみた。視界にいる浮浪者が、何事かと僕の方に振り返る。僕は慌てて自転車を走らせた。公園の奥へと進んで行く。ガタガタとハンドルが取られて、自転車が小刻みに揺れた。


「ジョージさん」


 自転車を止めて、また呼んでみた。僕の声が、暗い公園の中に吸い込まれていく。


 ――ここは本当に大阪なのだろうか?


 どこか違う世界に迷い込んだような感覚に襲われる。心臓がドキドキと震えていた。

 暗い公園のあちこちで、幾つかの黒い影が歩徘徊している。その影が、妖怪か物の怪の類に感じた。逃げるようにして、奥へ奥へと自転車を走らせる。


「ジョージさ~ん」


 助けを求めるように、ジョージさんの名前を呼んだ。


 ――このままでは襲われてしまう。


 そんな疑念に囚われた。何の為にこの公園にやって来たのか。そんな事すら忘れそうになる。


「おい!」


 その時、急に呼び止められた。心臓が口から飛び出そうになる。

 自転車を止めた。恐る恐る、声がする方に振り返る。公園を照らす街灯の下から、人影がぬうっと現れた。

 裏返った声で、返事をした。


「はい!」


 暗くて良く分からない。一瞬、ジョージさんかと思った。しかし、その期待は裏切られる。全く知らない男だった。


「お前、なんの用や」


 浮浪者だった。長く伸びた髪の毛と伸び放題の髭、薄汚れた身なり。駄目押しはその臭いだった。風呂に入っていないのか、その男からはすえた臭いが漂っている。

 その男から、目を背けてしまった。


「ジョージさんに相談があって……」


 そこまで言って、思わず息を止めてしまう。臭い……。


「ジョージって、あの絵かきのジョージか?」


「はい、そうです」


 その男は、僕の姿を上から下まで睨めつけた。


「ついて来い」


 踵を返すと、男は歩き始めた。不安に駆られながらも、その背中を追いかける。

 男は、公園の外れの方へ足を向けた。街灯が減り、辺りが闇に包まれていく。少し心配になった。


 ――この男を信じても良いのだろうか?


 でも、付いていく以外に選択肢はなかった。

 しばらく歩くと、ブルーシートや段ボールで作られた住居が幾つも並ぶ一角にたどり着く。日中であれば、天王寺公園の景観を汚す、ゴミ溜めにしか見えなかっただろう。

 ところが、その真ん中で一斗缶に角材を突っ込んだだけの焚火があった。赤い火が揺らめき、まるで踊っている様だった。時おり火力が強まると、炎がすうッと伸びて天を焦がした。僕は小学生の時に経験したキャンプファイヤーを思い出す。

 その焚火を、浮浪者たちが囲んでいた。宴会だろうか。お酒の匂いが漂っている。火を見つめながら談笑していた。


「おい、ジョージ」


 男が、その人だかりに向かって叫んだ。すると、その中の一人が振り返る。


「呼んだか?」


「お前に、お客さんや」


 呼ばれた男が立ち上がる。あのジョージさんだった。僕は頭を下げる。


「どうも、小林です」


「やあ、小林君。どうしたの、こんなところまで」


 ジョージさんは両手を広げると、嬉しそうに僕を迎えてくれた。


「実は、絵についてジョージさんに相談がしたくて」


 ジョージさんが微笑んだ。僕の肩を抱く。


「少し火に当たっていく? 暖かいよ。そこで、話をきこうか」


 自転車のスタンドを立てる。ジョージさんに導かれるままに、僕も焚火に近寄った。浮浪者と一緒に火を囲む。


 ――暖かい。


 焚火が心地良かった。赤い炎が、僕の緊張をほぐしてくれる。

 ジョージさんは、浮浪者たちといつもこんな風に過ごしているのだろうか。僕だけが、場違いだった。なんだか居心地が悪い。


「お前も飲むか?」


 隣に座る浮浪者が、僕に缶ビールを突き出した。思わずのけ反ってしまう。


「す、すみません、僕はまだ高校生なので」


 気を悪くしたのか、その浮浪者は更に絡んできた。


「ええやないか。俺がお前くらいの時は、もう飲んでたで」


 その浮浪者に、ジョージさんが声を掛ける。


「元さん、許したって」


 元さんと呼ばれた浮浪者が、ジョージさんを見る。


「これは、俺のおごりや。なんで飲まれへんねん」


「まー、まー。それよりも、元さん」


「なんや?」


「自慢の歌声を聞かせてよ。ほら、安来節」


 元さんがニヤリと笑う。膝に手を付き、ゆっくりと立ち上がった。


「ご指名を頂きました。中塚元吉、ここ……」


 元さんの足元がふら付いた。ジョージさんが、慌てて元さんを支える。


「ちょっと、ちょっと大丈夫? かなり酔っぱらってるよ」


「何を言うか! これくらい大丈夫」


 元さんが、支えられながらも胸を張った。焚火を囲む僕たちを見回した。


「中塚元吉。心を込めて歌わせて頂きます。安来節」


 元さんの上半身が揺れていた。足元もおぼつかない。そんな元さんだったが、ひとたび歌い始めると、腰の据わった深い響きを公園中に響かせた。


「いづも~めい~ぶ~つ――にもつ~に~は~なら~ぬ~」


 僕の知らない歌だった。ゆっくりと声を絞り出すようにして、元さんが歌う。

 その歌い方から、長延な時間の長さを感じた。まるで、古い過去に放り出されたようだ。

 百年、二百年。いやそんなもんじゃない。

 千年、二千年。良く分からないけれど、古来から男と女が交わり人間の営みが繰り返さる。そんな歴史を見させられたような感覚に襲われた。


「たかい~やま~か~ら――たにぞ~こ~み~れ~ば~」


 歌詞の意味は良く分からない。でも、なんだか郷愁に誘われるような気分にさせられた。


 元さんの歌を聞きながら、僕は目を瞑る。僕の心が、遠い過去に戻っていく。まだ小学生だった、あの頃に。

 幼い頃から、僕の隣にはいつも貴子がいた。男とか女とか意識したことはなく、近所の友達たちと一緒に日が暮れるまで遊んでいた。

 そんな僕が、貴子を女として意識したのは、僕が泣いた時。母親に怒られて意気消沈していた僕に、貴子は言った。


「その話を、聞かせて欲しいな」


 誘われるままに、僕は貴子の家に上がる。あの時の貴子は、妙に大人びていた。僕は、そんな貴子に背伸びをしてみせる。万引きの話を自慢げに話してやった。


「格好良い泥棒は、犯行の前に予告状を書くのよ」


 貴子は、僕に対して挑発的だった。僕の心がかき乱される。

 隣に椅子を寄せると、貴子は怪人二十面相の話を、とても嬉しそうに話してくれる。そんな貴子を見たのは初めてだった。

 僕は、貴子の唇をジッと見つめている。貴子の唇が上下に動くさまが、とても可愛らしく、とても卑猥に見えた。僕の心の中に、自分では表現できない欲求が湧き上がる。

 その唇に、僕は女を意識した。


「男の子と女の子が、何をするのか知っているの?」


 久美子お姉さんの問い掛けは、僕の心を激しく揺さぶる。


 ――貴子の唇を奪いたい。


 僕はそんな事を考えていた。あの可愛らしい唇に、僕の唇を重ねる。

 そんな僕の心の内を、久美子お姉さんに見透かされたようで動揺した。どうにも堪らずに、僕は逃げ出してしまう。

 そんな遠い記憶を思い出した時、僕のイメージが完成した。


「今日は、どんな相談かな?」


 気がつくと、元さんの歌は終わっていた。ジョージさんが僕に問い掛けている。


「絵について相談に来たんです。だけど、元さんの歌を聞いていたら、イメージが出来上がりました」


ジョージさんが微笑む。


「それは良かった」


 僕は、ジョージさんににじり寄った。


「ジョージさんに、お願いがあるんですけど」


「なんだろう?」


「今度、高校の文化祭に来てください」


「僕なんかが行っても良いのかな?」


「構いません。是非、僕の完成した絵を見て欲しいんです」


 ジョージさんが笑顔で、僕の肩をポンポンと叩いた。

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