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逃げるしかないだろう  作者: だるっぱ
譲治 一九八〇年六月二十九日
34/80

逃げるしかないだろう

「朝から、またやってるぜ……」


 茂が、テレビを見ながら呟いた。チキンラーメンを食べていた僕は、顔を上げる。


「ホンマやな」


 茂が腕を組んだ。


「可哀そうにな、月夜ちゃん」


 テレビから目を離して、僕はチキンラーメンを食べることに専念した。


 昨日から、テレビのニュースは発砲事件の話題一色だった。今朝のテレビも、安達親分が拳銃で撃たれた経緯について、その背景を事細かに説明していた。

 被害者が、大阪ミナミを地盤とする暴力団の組長であること。対立する組織との抗争が激化して、命を狙われたこと。対立の原因に、覚せい剤の存在が見え隠れすること。また使用された拳銃の詳細等、僕も知らなかった事柄が、さも見てきたかのように紹介されている。

 映像は、警察署から出てくる明美さんの映像が、繰り返し映し出された。京子さんの姿も見える。

 テレビの中のコメンテーターの関心は、拳銃で撃たれた安達親分よりも、現場に一緒に居合わせた明美さんに傾いていた。深刻な顔をしながらも、親分との関係性をねちっこく掘り下げている。下世話な話として楽しんでいた。

 明美さんのプライベートなんて関係ない。全国の晒しものになっていた。


「なんやねん、魔性の女って……」


 手を伸ばすと、僕はテレビのスイッチを切った。茂が僕に呼びかける。


「なあ、ジョージ」


「なんや?」


「これから、どうするつもりや?」


 茂の顔を見た。僕は口籠ってしまう


「うーん。どうしようかな~」


 これからの行動が全く見えなかった。取り繕うようにしてチキンラーメンを食べる。


「今はええけど、今週末には、この部屋は引き払うんやで」


 ラーメンを食べる手が止まる。


「そうやったな。美智子さんと一緒に生活するんやったな」


「お前のこと追い出したい訳やないんやで」


「分かってる」


  ◇   ◇   ◇   ◇


 事件当日、部屋で荷造りをしていると、突然に電話が鳴り出した。時間は昼過ぎ。まさか明美からの電話ではないだろうと思って、受話器を掴んだ。なんと明美からだった。

 電話口から、明美の切羽詰まった声が飛び出す。


「ジョージ、時間がないの。そこから逃げて!」


 かなり慌てている。詳しい状況を聞くことは出来なかった。でも、僕たちの関係がバレた事は分かった。ということは、これから僕を捕まえるためにヤクザが押し掛けるということだ。

 部屋の荷造りをしていた僕は、全ての作業を放り出した。通帳やハンコなど、駆け落ちに必要な荷物だけ手に取ると、部屋を飛び出す。行く当てのない僕は、茂の部屋に転がり込んでしまった。


 次の日、茂に別れを告げて、明美との約束通り、新大阪駅に向かった。

 改札口で待っていたが、九時になっても明美は現れない。

 広い構内だ。僕は、明美を探して走り回った。そんな折、駅の売店のスポーツ新聞に目が止まる。


「銃撃! 安達組長倒れる!」


 驚いた。安達親分が銃弾に倒れたというニュースだった。僕の知らない間に、大変なことが起こっていた。

 僕は、公衆電話を探して、明美に電話をする。でも繋がらない。

 万が一のことを考えて、昼過ぎまで新大阪駅で明美を待った。でも、明美が現れることはなかった。


 ――仕方がない。今晩も茂の部屋に泊めさせてもらおう。


 結局、茂の部屋に戻ってきた。

 夕方、明美に電話をしてみた。繋がらない。未練がましく、もう一度電話をしたら繋がった。


  ◇   ◇   ◇   ◇


「行く当てはあるんか?」


 茂が僕に問いかける。


「ウーン。そうだな~」


 考え込んでしまった。

 駆け落ちをするつもりで準備をしてきたので、住んでいた部屋は解約している。今の僕には住所が無かった。

 仕事にしてもそうだ。安達組が運営しているジュエリーボックスには、絶対に戻ることが出来ない。

 住むところがない。仕事がない。今の僕は全くの根無し草だった。


「実家は?」


 茂が、また聞いてきた。


「実家か……」


 僕は口を噤んでしまう。目を瞑って、顔をしかめた。


「どうしたんや?」


「……母親が亡くなってから、親父の奴、再婚したんや」


「ホンマかー、そら知らんかった」


「俺……親父とその人が一緒に居るところは見たくないんや」


「ふーん。まー、色々あるわな――」


 茂が、話題を変えてくる。


「――それより、話をしたんやろ。どうやったんや、月夜ちゃんは?」


 僕は、ため息をついた。


「ウーン。パニックになっていた。泣いていたのに、会いにも行かれへん。電話じゃ埒が明かへんし……何も出来んかった」


「泣いてたか~」


「こんな状況で可哀そうやったけど、駆け落ちの意思も聞いてみたんや」


「どうやってん?」


「行かないって」


 茂が、腕を組んだ。


「そうやなー、こんな状況ではしゃーないで。考えてみろよ。もし、今、お前と月夜ちゃんが駆け落ちしたとしたら、どうなると思う?」


「どうなるんや?」


「更なるワイドショーのネタやな。魔性の女に箔が付く。ジョージも晴れて有名人の仲間入りや」


「ハッ! しょーもな」


 鼻で笑ってしまった。


「だからな、今は、あまり派手な動きは、せんほうがええと思う」


「そうやな」


 僕は、大きなため息をついた。


「可哀想やけど、今の月夜ちゃんは、世間のさらし者やからな」


「そうなると、明美はジュエリーボックスでの仕事も、無理になるんかな?」


「そら、無理とちゃうか? 男に夢を売るのが商売やのに、ケチがついたんやで。ホステスの復帰は難しいやろ」


「最悪やな」


 僕は、更に大きなため息をついた。


「そうや、ジョージ。和子さんに、今のジュエリーの状況を聞いてみたらどうや」


「美智子さんに?」


「お前も、今、置かれている状況を知りたいやろ」


「そうやな。じゃ、お願いしようかな」


 茂が、黒い電話機を引き寄せた。ダイヤルを回す。美智子さんとは、直ぐに繋がった。


「おはよう、早くにすまんな」

「ああ、俺も、さっきテレビで見てたところや」

「うん……うん」

「……」

「分かった。それとな、話が変わるねんけど、ちょっと話を聞いて欲しい奴がおるねん。代わるわ」


 茂が、僕に向かって受話器を差し出した。受け取り、受話器を耳に当てる。


「もしもし、ジョージです」


「えっ――! ジョージ君。どうしてそこにいるの! ちょっとちょっと、みんな探しているよ!」


「ご迷惑を掛けてすみません。ちょっと事情がありまして……それよりどんな風に僕を探していますか?」


「どんなって、あなた。金曜日から無断で休んだでしょう。朝礼の時に、支配人が『ジョージの行方を知らんか?』って皆に聞くし。私なんか、あなたと仲が良かったから、後から支配人に呼ばれたのよ」


「すみません」


「すみませんじゃないわよ、早く謝った方が良いと思うよ」


 美智子さんが、かなり怒っている。


「それなんですが、もう、ジュエリーでは仕事が出来ないです。色々とお世話になったのに……すみません」


「ちょっと、どういうことよ。何があったのか、事情を説明しなさいよ」


 美智子さんに、明美との関係について説明した。安達親分に隠れて付き合っていたこと。岡山に二人で旅行に行ったこと。駆け落ちの計画をしていたこと。バレてしまい、僕が逃げ出したこと。安達親分が銃で撃たれたこと。現在は茂の部屋に匿ってもらっていること。

 話があっちこっちに脱線しながらも、美智子さんに伝えることが出来た。


「うーん。月夜と親分さんの関係は知っていたし、月夜がジョージ君のことが好きっていう事も聞いてはいたけれど、駆け落ちまで考えていたなんてねー」


「すみません。心配ばっかり掛けてしまいました」


「いいのよ、今更。それより、心配なのは月夜ね。今頃、家から出ることも出来ずに、悶々と悩んでいるんだろうな……」


「昨晩、明美に電話をしたんです。泣いていました」


「……分かった。月夜のことは私が様子を見てくる。私の可愛い妹みたいな子だからね。それより、ジョージ君はどうするのよ。今の話じゃ、住むところもないんでしょう」


「そうなんです。行くところが無くて、困っています」


「話を聞く限り、もうジュエリーボックスには帰ってこれないもんね。それに、月夜に会いに行くわけにもいかないし……もう、いっその事、一人で大阪を離れたら? どっちみち、そのつもりだったんでしょう」


「一人で……ですか?」


「ほとぼりが冷めるまで、逃げるしかないんじゃない」


 ――逃げる。


 美智子さんの言葉に、僕は顔を上げた。その時、茂のサイクリング自転車が目に入る。


「……そう、ですね」


 大原美術館での、明美の言葉が思い起こされた。


「絵のことは、忘れないで欲しいな」


 明美は、僕にそう言ってくれた。僕は、受話器を握りしめる。


「美智子さん、そうします」


 美智子さんが、電話口で笑った。


「月夜には、必ず連絡をするのよ。大丈夫。生きていたら、色々あるわよ。私と茂だって、こう見えて色々あったんだから……」


「はい、ありがとうございます」


 美智子さんとの話が終わり、茂と電話を代わった。二人は、自分たちの引っ越しのことよりも、明美をどのように励ましたら良いのか、話し合っていた。良い友達に出会えたと思う。


 二人の話が終わった。茂が受話器を下ろす。僕は、茂にお願いをした。


「なあ茂、その自転車を僕に譲って欲しい」


 茂が、ニヤッと笑った。


「言うと思った。捨てる手間が省けるから、こっちも助かるわ。他にも、キャンプ用品なんかも一式あるから、持って行ったらええ」


「ありがとう。何から何まで……」


「ええよ、ええよ。それより、行くんなら、早い方がええんとちゃうか?」


「ああ、直ぐに出発する。今日の内に、行けるところまで行ってみる。それから具体的に考えることにするわ」


「そうやな」


 茂が、自転車旅行の用意を手伝ってくれた。

 僕の荷物は、貴重品と衣類以外は持たせてくれない。それよりも、野宿をするために必要な道具を優先してパッキングしていた。


「これで、ええやろ」


「荷物が少ないような気がするけど、こんなんで、ええんか?」


「ええよ。お金は持っているんやろう。もし必要なものがあったら、現地調達。このコンロとコッヘルで簡単な料理は作れる。食料も行く先々で現地調達。やりながら覚えていったらええ」


 僕は、茂が省いた荷物の中から、スケッチブックと鉛筆を拾い上げた。


「荷物になるけど、これだけは持っていく」


「絵を描くんか?」


「ああ。今回は逃げることになってしまったけど、どうせ逃げるのなら、前向きに考える。帰って来て、明美に会った時に、何かしら成長している姿を見せたいし……」


「そうか。なんや、裸の大将みたいやな」


 茂が笑った。

第一部が終了です。これから後半戦に入ります。

後半戦は、もう少し時間を掛けて投稿するつもりです。作品は完成していますが、もう少し質を上げます。毎日は投稿します。宜しくお願い致します。

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