大原美術館
自宅を出た僕は、地下鉄森ノ宮駅に向かった。前方には、大阪のランドマークである大阪城が見える。この周辺は、上町台地の北端になり、歴史的に重要な地域だった。大化の改新は、孝徳天皇の御代に、ここに建造された難波宮で行われる。織田信長と対立した、石山本願寺もこの場所にあった。豊臣秀吉の時代には、その石山本願寺の跡地に大坂城が築城される。
地下鉄の改札口を抜けて、満員電車に乗り込んだ。なんば駅に向かう。いつもの出勤ルートだけど、めまいを起こしそうだ。昼はガラガラなのに、朝の通勤ラッシュは全く違った。あまりの人の多さに辟易する。こんな状況の中、明美さんを痴漢から守ることが出来るのだろうか。
――無理だろう!
身動きすら出来なかった。
なんば駅に到着する。僕は、車両から吐き出された。時計を見る。待ち合わせの時間には、まだ十五分も余裕があった。階段を登り改札口を出る。明美さんの到着を待つことにした。
いま、僕は、明美さんと待ち合わせをしている。不思議だな、と思った。明美さんと戎橋で出会った頃は、まさか付き合う事になるなんて思ってもみなかった。
ただ、明美さんと安達親分との関係は切れていない。だから、付き合っていると言っても、まだまだ宙ぶらりんなままだけど……。
――明美さんを取り合って、親分と対決するか?
僕は大きく首を振った。そんなこと、出来るわけがない。
最近、仕事を認めてもらうことが多くなった。仕事に対しての自負はある。それでも、僕はただの黒服だ。力も金も無い。こんな僕が、ズルズルと明美さんと付き合っていて良いのか、少し不安になる。
――明美さんは、どうなんだろう?
明美さんの、ホステスとしての価値は高い。入店から一年が経ち、名実とともにジュエリーボックスのナンバーワンになってしまった。多分、並の経営者よりも収入が多いはずだ。
考えれば考えるほど、自分という人間が、小さくて頼りないものに思えてしまう。どんなに想像力を膨らましてみても、僕と明美さんの明るい未来像が見えてこないのだ。
――こんな僕で、良いのだろうか?
不安な気持ちが、僕を圧し潰す。
電車が到着する度に、数えきれない人々が僕の目の前を流れていった。もうそろそろ、約束の時間だ。首を伸ばして、明美さんを探す。人の流れをかき分けて、こちらに歩いてくる明美さんを見つけた。
――えっ!
キャリーバックを引っ張って歩いてくる明美さんは、通勤ラッシュの風景の中で、ひとり異彩を放っていた。
ノースリーブの黒いタイトなワンピース。胸と腰が、妙に強調されていた。巻き上げた髪の毛に、トンボの目のような大きなサングラス。まるで、ランウェイを歩くモデルのようだ。変装どころじゃない。地下鉄の構内で、目立ちまくっていた。
――おいおい、人目を集めないでくれよ。
でも、何だかニヤけてしまう。声を掛けることすら遠慮してしまいそうな明美さんが、僕の彼女なんだ。
翻って、自分の服装を見た。ジーパンにポロシャツ。あまりにも対照的な自分の姿に、見すぼらしく感じてしまった。もう少し、明美さんに釣り合うような服装にすれば良かったかもしれない。今更、仕方がないけれど。
明美さんに向かって、手を振った。明美さんが、僕に気がつく。嬉しそうに口元を緩めた。真っ直ぐに向かってくる。本当に可愛い人だ。僕の胸が締め付けられる。
「おはよう」
明美さんに、声を掛けた。
「おはよう」
明美さんが、返してくれる。
「なんて言うか、凄く魅力的な服装だね。映画の中のヒロインみたい」
笑いながら、明美さんが露出された自分の肩を触った。
「暑くなってきたから、肩を出してみたの。少し派手すぎたかな?」
恥ずかしそうな表情を浮かべる。僕は、首を横に振った。
「ううん……ほら、オードリー・ヘップバーンみたい」
明美さんが、上目遣いに僕を見た。
「……そうなの。ちょっとね、意識してる。ティファニーで朝食を……でしょう」
僕は、目を輝かせる。
「そう。それ、それ。たしか、オードリー・ヘップバーンの役は、ホリー、だったよね?」
明美さんが、悪戯っぽく笑った。
「私がホリーなら。じゃあ、ジョージは、売れない作家のポールね」
――売れない作家のポール。
ホリーの相手役だけど、「売れない」という言葉に敏感に反応してしまう。ちょっと、心がチクリと痛んだ。
「売れない作家のポールか……そう言えば、ホリーはマフィアのボスの情婦だったよね」
――しまった! 余計なことを言ってしまった。
明美さんが、僕の言葉に固まった。僕は、思わず視線を逸らせてしまう。
――あぁ、何て馬鹿なんだ。
飛び出してしまった言葉を、無かったことにしてしまいたい。ギュッと唇を噛んだ。
沈黙を破って、明美さんが呟く。
「私達って、映画の中の二人に似ているね。仲は良いけど、なかなか結ばれない……」
――なんて答えたら良い?
どうしよう。分からない。取り繕うようにして、僕は映画の話を続けた。
「そ、そんなことないよ。色々とあったけど、映画の中で、二人は結ばれたよ」
明美さんが、吐息をこぼす。
「じゃ、猫ちゃんが必要ね。私達が結ばれる為には……」
映画のラストの話だ。僕は、明美さんを見つめた。
「そうだね。僕たちも、猫を探そうよ」
僕の言葉に、明美さんが微笑んだ。
「猫か……どうせなら、三毛猫がいいな。問題を解決してくれそうだし……」
明美さんが、クスクスと笑った。
ホッとする。明美さんの機嫌が直ったようだ。
僕は、話題を変えることにした。
「今朝は、モーニングコールをありがとう。助かったよ」
「いいのよ、それくらい。それよりも寝れた?」
「なんとかね」
明美さんは、両手を広げながら、首を振った。
「私は駄目。楽しみで、全然寝れなかったの。それにね、女は準備があるでしょう。今朝は、五時に起きたのよ五時に。三時間も寝ていないの。もう、眠たくて眠たくて」
「大丈夫?」
「新幹線に乗ったら、きっと寝てしまうと思う」
明美さんが、甘えるようにして僕に寄り掛かってきた。僕は、明美さんの肩を抱く。明美さんの顔を覗き込んだ。
「それは楽しみ。じっくりと明美さんの寝顔を鑑賞しようかな」
「やだー。悪戯しないでよ、アッハッハッ」
明美さんが、コロコロと笑った。楽しい。とても楽しい。先程までの不安な気持ちが、一遍に吹き飛んでしまった。今日は思う存分に楽しむことにしよう。
地下鉄での移動は、ずっと立ちっ放しだった。明美さんを列車の壁に押し付けて、僕が壁になる。痴漢から守る為だけど、僕が明美さんを圧し潰してしまいそうだ。とにかく、車内に人が多過ぎるのだ。
電車に揺られながら、明美さんは僕の胸の中で小さくなっていた。明美さんの息遣いを、首元に感じる。僕の胸は、ずっと高鳴ったままだ。
――このままで良いかも。
素直に、そう思ってしまった。明美さんを守っているという気持ちが、僕を得意にさせる。今更ながらに、明美さんを身近に感じた。
反対に、岡山までの移動は、ゆったりとしたものだった。新幹線は、指定席を取っていたから座ることが出来る。明美さんは、シートを倒して、宣言通りに寝てしまった。一時間くらいのことだけど、起こさないように気をつける。
もちろん、寝顔もじっくりと鑑賞させてもらった。子供のようにスヤスヤと寝ている。長いまつ毛に、スラリとした鼻梁。
――可愛らしいその唇に、そっと口づけをしてみたい。
そんな誘惑にも駆られたけれど、まだ、旅行は始まったばかり。我慢、我慢。
車内アナウンスがなった。もうすぐ岡山に到着する。僕は、明美さんの肩を揺すった。
「明美さん、岡山だよ」
明美さんが、目を擦る。トローンと微睡んでいた。
新幹線が減速を始め、岡山駅に到着する。僕たちは荷物を持って立ち上がった。他の乗客と一緒に、列をなして順番を待つ。
ノロノロと足を運び、車両から降りようとした時、明美さんが車両とホームの小さな段差に足を取られた。よろめいてしまう。
「あっ!」
明美さんが、小さな悲鳴をあげる。僕の腕を掴んだ。慌てて振り返り、明美さんの腰に手を回す。身体を支えた。
「大丈夫?」
「まだ、寝ぼけているみたい……」
明美さんが、近い。図らずも、明美さんを抱きしめる様な格好になってしまった。
――このまま、強く抱きしめたい。
そんな欲求が、僕の中からせり上がってくる。
その時、車内の乗客が文句を言った。
「ちょっと、邪魔なんだけど!」
後続の乗客が、車両から出ることが出来ない。
「すみません」
謝ると、明美さんの手を握って移動した。
「ごめんね」
明美さんが、僕に引っ張られながら謝る。僕は、足を止めて笑顔を見せた。
「いいよ、いいよ」
照れながら、手を離そうとした。すると、明美さんが僕の手を握り返してくる。驚いて明美さんを見つめた。明美さんが、微笑んでいる。
「折角だから、このまま手を繋ごうよ」
胸が締め付けられる。手の先から、明美さんを強く感じた。その小さな手を、僕もしっかりと握り返す。
今まで僕たちは、夜中の電話だけで繋がっていた。今は、現実に繋がっている。会話をしなくても、手を繋ぐだけで、会話以上の喜びを感じた。
――この手を離したくない。
強くそう思った。
岡山駅から在来線に乗り換えた僕たちは、倉敷の駅に向かった。
倉敷は、雨だった。シトシトと雨が降る中、タクシーに乗り込む。目的地である大原美術館の近くにあるホテルまで運んでもらった。
チェックインを済ませて、部屋に入る。少し驚いた。かなり豪華な部屋だったのだ。初めての明美さんとの旅行だから、少し背伸びをした。調度品だけでなく、見晴らしも良い。このホテルにして良かったと思う。
荷物を放り出すと、明美さんがベッドに寝ころんだ。
「フカフカだよ……このまま寝てしまおうか?」
悪戯っぽく笑いながら、明美さんが僕を見上げた。僕の胸が、ザワザワと騒ぎ始める。胸の高鳴りを押さえるために、大きく深呼吸した。
「駄目だよ。このまま寝てしまったら、部屋から出られなくなるよ」
「出られなくなるの。どうして?」
「だから、寝てしまうだろう……」
「どんな風に、寝るのかな?」
「えっと……」
言葉に詰まる。明美さんは、僕に何を言わせたいんだ。
「こっちに来る?」
明美さんが、上目遣いで僕を見る。とても嬉しそうだ。明美さんは、ときどき僕を揶揄って遊ぶ。本当に困った人だ。誘惑を断ち切るようにして、力強く言った。
「行くよ!」
「はーい」
明美さんは、素直にベッドから飛び起きた。僕の腕に、その細い腕を絡めてくる。相変わらず僕の胸は高鳴ったままだ。
部屋を出た僕たちは、ホテル併設のレストランで簡単なランチを済ませる。これから、大原美術館に向かうが、外は雨。
ホテルにお願いをして、傘を二本用意してもらった。ホテルの外に出る。相変わらず、雨はシトシトと降っていた。
大原美術館の周辺は美観地区と呼ばれていて、昔の古い街並みが残されている。時代劇に出てきそうな日本家屋が道沿いに整然と並んでいて、その家々の土壁が全て白色で統一されていた。とても壮観で、昔の日本にタイムスリップしたような愉快さがある。
それぞれの日本家屋には、食事ができる店や、土産物屋があり、街の中心には水が流れる堀もあったりする。
明美さんは、珍しいものを見つけると、直ぐに走り出した。僕もその後を追いかける。とても落ち着きがない。ジュエリーで仕事をしている姿からは、全く想像が出来ない。ただの女の子だった。そんなはしゃいでいる明美さんを見ているだけで、僕の心は満たされた。
「ほら、ここだよ。大原美術館は」
僕は、堀に面して建っている大原美術館を指さした。明美さんが見上げる
「ここ、なんだ……塀がツタでいっぱいね。とても雰囲気がある」
ツタに覆われた石垣の間に、小さな門があった。その美術館の入り口を、二人で見つめる。
「入ろうか」
入り口に向かった。表に立っている警備員に会釈して、明美さんと一緒に中に入る。
石造りの神殿のような本館が、僕たちを出迎えてくれた。
――大きい。
戦前に建てられた本館の両側には、パルテノン神殿の柱を模したような太い柱がそびえ立っていた。僕たちは、それまでの日本家屋の世界から、古代西洋の世界に迷い込んだような不思議な感覚に襲われる。
本館の左右には、ロダンの彫刻が鎮座していた。左には洗礼者ヨハネ像、右にはカレーの市民ジャン・デール像が、僕たちを見下ろしている。まるで、迷える僕たちを審判するかのように睨んでいた。
「なんだか怖いわね」
明美さんが、呟く。作品が持つエネルギーを感じたようだ。傘をさしながら僕に近寄ってくる。素直な人だ。安心させる為に、僕は明美さんの手を握る。雨が降りかかり、手が濡れた。
「そうだね。美術館に入る前から、こんなお出迎えをしてくれるなんて、凄く楽しみ」
雨は、変わらずシトシトと振り続けていた。傘を差しながら、暫く、その二体の銅像を眺める。明美さんは早く館内に入りたかったと思う。でも、身動きもせず、じっと眺めている僕に、一緒に付き合ってくれた。
館内に入り、入場券を購入する。ここ大原美術館は、学校の教科書に紹介されるような有名な絵画が沢山展示されている。
エル・グレコの【受胎告知】はもちろんのこと、ドガ、マネ、ルノアール、モネ、セザンヌ、ゴーギャン。近代絵画を代表する作家たちの絵画が一堂に会しているのだ。
目に焼き付けるようにして、作品を鑑賞した。どの作品も素晴らしい。なんて贅沢な時間なんだろう。中学生の頃お世話になった、アトリエの先生を思い出した。本当に、来てよかったと思う。
そうした作品の中で、一つの作品が僕の心を引っ搔いた。エドヴァルド・ムンクの【マドンナ】だ。
なんて表現したら良いのだろう。マドンナと題しているから聖母マリアを描いたのだと思う。でも、とても禍々しいのだ。
中央に、白い裸体をさらけ出したマドンナが描かれている。ただ、そのマドンナは、何故か暗闇に包まれていた。マドンナの周りは、額縁のように赤く縁どりが描かれている。その赤い縁取りの中を、白い精子が泳いでいた。更に、お腹の中にいるはずであろう胎児が、左下に描かれていて、憂鬱で悲しそうな表情を浮かべている。
同じマドンナであっても、エル・グレコの【受胎告知】は喜びに溢れていた。対して、ムンクの【マドンナ】は、狂気と悲しみが押し込められている。しかも、精子を描いている時点で、人間の生々しい性の営みを表現しているとしか思えなかった。
ムンクは、どのような気持ちで、この絵を描いたのだろうか。このような絵を描かなければいけなかった動機とは、いったい何だったのだろうか。
見れば見る程、その絵に吸い込まれるような感覚に襲われた。目が離せない。
立ち尽くしている僕の腕を、明美さんが引っ張った。
「もう、行こうよ」
僕は、もう少し見ていたかった。でも、引っ張られるままに、そこを立ち去る。
美しいけれど、暗い絵画だった。マドンナが抱える闇が、何なのかは分からない。少なくとも愛が破綻してしまったことを感じさせた。
――悲しい。
でも、その絵画は見る者の心を捕らえる強い魅力があった。絵がキレイだとか、絵が上手いだとか、そんな表面的なことではない。超えた魅力があるのだ。
その後も、色々な絵画を鑑賞した。ところが、僕の心にはあまり響かない。他の絵画を鑑賞しながらも、僕はムンクのマドンナのことばかりを考えていた。あまりにも強烈だったのだ。
鑑賞が終わった。僕と明美さんは大原美術館を後にする。雨はまだ降っていた。傘をさしながら、明美さんが振り返る。
「長いこと美術館にいたね。いっぱい絵を見過ぎて、何だかボーとする」
僕は、明美さんに笑顔を見せた。
「ありがとう。とても良かった。明美さんが、僕の背中を押してくれたお陰だよ」
明美さんが、嬉しそうにはにかむ。
「いいのよ。私も、ジョージ君と一緒に来ることが出来て、すっごく嬉しいの」
それっきり言葉が途切れた。トボトボと連れ立って歩いていると、明美さんが立ち止まった。僕に向かって手を伸ばす。僕もその手を掴んだ。すると、明美さんが僕の傘の中に入ってきた。自分の傘を畳む。
「えっ、濡れるよ」
「大丈夫。ジョージ君が守ってくれるから」
腰に手を回して、明美さんを抱き寄せた。濡れないように、傘を傾げる。雨の中、僕たちは寄り添いあいながら歩いた。
雨は良い。周りの雑音を消してくれる。世間と僕たちを切り離してくれる。今だけは、二人だけの世界だ。黒服やホステスなんて関係ない。ここには、僕たちを知っている人はいない。自由だ。
明美さんが、僕を見上げる。
「どうしたの?」
「あのね、ジョージ君、やけにムンクの絵を見ていたね」
僕は、ムンクの【マドンナ】を思い出す。
「うん、なんて言うか影響を受けた」
「そうなんだ。ムンクって、【叫び】もそうだけど、暗い絵ばかり描くのね」
「本当だね」
「見る人を不安にさせる絵って……私、嫌い。今日は、楽しい事ばっかりが良い」
明美さんが俯く。
「ごめん。なんだか不安にさせてしまって」
明美さんが首を振った。
「いいのよ、ジョージ君が悪いわけじゃないの。ただね……今が幸せ過ぎて、ちょっと怖い」
身体の向きを変えると、明美さんが僕に抱きついた。
「えっ!」
明美さんは、僕の胸に顔を埋めたまま、黙ってしまう。傘をさしたまま、僕も明美さんを抱きしめた。
――このまま一つになりたい。
素直にそう思った。腕に力を入れる。強く抱きしめた。明美さんも、僕の胸に頭を擦り付けてくる。雨は、シトシトと降っていた。
「ねえ、お腹空かない?」
いつまでも動かない明美さんに、囁きかけた。
「空いたかも」
明美さんが、顔を上げた。
「何か美味しいものを食べようよ。何が良い?」
明美さんが、笑う。
「そうね……実は、ガッツリと肉が食べたい」
僕も、笑った。
「力強いな」
「ジョージ君こそ、何が食べたいの?」
僕は、照れながら言ってしまった。
「そうだな~。明美さん……かな?」
「アッハッハッ! スケベなオヤジみたい」
明美さんが、大笑いした。
「オヤジか……」
――失敗だったかな。言わなきゃよかった。
ところが、明美さんが悪戯っぽく笑った。
「……今は、おあずけ。ウフフ」
明美さんが、元気になってくれた。明美さんの言い方に、僕も笑ってしまう。何だか僕の心も軽くなった。




