【再就職先は皇帝陛下の愛人の執事?】 side スール
マケル宰相閣下から、直接に最期通達の御言葉を賜れる事。
それは我々仲間内では過分に名誉なこと。
宰相閣下の直属として、皇帝陛下のお側近くを取り巻く我々は、戸籍を持つ市井の人間と何ら構造上の違いはない。
普通の人間同様に個別の身体、容姿を持ち、それぞれに遺伝子配列を持つ。
宰相閣下所属の配下は主に3種、はっきりとした職務の境界はなく重なりあう曖昧な場合も発生する。
陛下のお側近くに配属を賜る〔頭〕カプト、
長期の潜入活動も含め荒事も請け負う〔目〕スール
至るところに耳ありのごとく諜報を担う〔耳〕オレ
この内の、自分は‘スール’としての役割を担って来た。
いつ産まれて来たかの記憶はもちろん、今の状態を得る前の記憶は無い。
いつの間にかここにあり、いつの間にか無に帰して行くという事を理解している。
事務裁量または諜報を活かせる場を与えられ、皇帝陛下のお膝元で役割をいただいた時間の終了。
不思議な充足感を持ちながら、今最期を向かえるため宰相閣下の執務室へと向かっている。
少し前の潜入活動中に、再生不可能な神経の損傷を負い、利き足を不自由にしてしまった。
このような不細工な有り様で、皇帝陛下の周辺で仕事を続けるなどはあり得ない。
この事も周知の事実。
誰に教わる事もなくはじめから承知している。
はて、はじめからがいつからの事であるのか、このまま無に帰すとはどういう事なのか、何ひとつ分かっていることはないのに。
そうあるべきと刻み込まれて、あるのは達成感のみである。
やはり、自分たちは人間とは違った生き物なのであろう。
執務室での宰相閣下は、妖怪と言われる老獪な顔を、机上から目線を外されることもなく
「来たか」
とおっしゃった。
「あの者に聞かれたら、地方にホテルの支配人として新たな職を得ている。
俸給を尋ねられたら現職の半分にも満たないと話をするとよい。
いつまでも子供臭さの抜けない性分、それで充分ごまかせるであろうよ。
そこが陛下のお気に召される由縁であろうが、少しは大人になってもよかろうに。」
宰相閣下の御命令に事の理解が追いつかないなど、勤める上では一度としてなかった。
宰相閣下の口元を見つめても、何をおっしゃっているのか分からない。
内面の驚きを外に表す機能不全の自分の反応に、恐怖すら覚える。
無に帰すであろう覚悟を持って、この部屋に向かう回廊の途中でさえ、感情の波を泡だたせずに歩みを進めて来たものを。
いったい宰相閣下は、何の比喩を使っているのだろうか。
そもそも我々は、人形のように目立たぬようにそこに立ち、俸給などと言う俗世の価値観とは別の次元で陛下のお側でお役目を頂戴している。
マケル宰相閣下が、少し皮肉な笑いを貼り付け目線を上げられた。
「ふん わからぬか?」
「軍服を脱いで、あの坊やの手助けをしてやれと命じている。」
「陛下とてお灸が過ぎたと思われても、今さら可愛さ余ってなんとやらを、お引きになられる御気性ではあらせられまい。」
「あの坊やには、もう少し役にたってもらう役目がある。ここで潰れてもらっては先の‘国造り’が手詰まりになるのでな。」
「私は、どなたに何をさせていただいたらよろしいのでしょう?」
「皇帝陛下が、執着を持たれるたったひとり。
今上陛下へのお仕えも長きに渡るが、ご幼少の砌より陛下ご自身が人にも物にも執着なされるなど皆無であった。
機械いじりが好きな坊や サリュー·ターラン以外には。
彼の勝手に作った子供を含め銃後の守りを固めてやれと申している。」
「銃後の守りを固める?私生活のでしょうか。」
「全くのこと、陛下にお仕えする覚悟であれば、己の背後に隙を作る事、それ自体がそも不敬であろうに。
流石に陛下の御勘気も緩むころ、少しくらい手を貸してやったところで咎め立てもなさるまい。」
「お前はただ、その扉を開けて真っ直ぐに回廊の端まで歩くがいい。
情報の根回しは済んでいる。
あの坊やが現れたら、少しもったいをつけながら、仕えることに承知を示すがよい。
あとは算段整えて、屋敷の1つも整えてやるがよい。不足はこちらに言ってくればよい。
常に情報はこちらと共有せよ。
子供のままに意地が強い性質であるので、敵と認識されぬようまず懐に入り信用を掴め。
世間で言うところの、執事というものであるかの?
何、仕事の1つと思えばお前には容易い事。」
「ドゥーダン提督も、少しお遊びが過ぎて悪趣味も見苦しい。
子供の手など切って転がし何が楽しいのやら。
またあの坊やも、思惑どおりにおたおたと血相を変えて見せるから余計に喜ばせるものを。ドゥーダン提督にもそろそろ遊びに飽きていただかなければ。
サリュー坊やが後ろに気を取られて陛下から目を反らすようでは、陛下の御不興を煽るばかりのものを。」
「この先は《オーラン·スール》と名乗るがいい。
古い言葉で ‘美しい’目 という。存外悪くもなかろう。」
成り行きとはいえ自分に‘名’を頂戴するとは驚きを隠せない。
宰相閣下の唯一の御趣味は歴史の研究と、蔵書の収集と承知している配下も多い。
隙のないマケル宰相閣下の御容貌に真のお姿を知るものは少ないが。
宰相閣下の歴史学者の目線からの‘国造り’の高い理想が、先代から今上陛下へと、仕える君主を移して来たものかと浅慮する。
自分のようなものがおこがましい限りではあるが。
宰相の御前を下がり、命じられた通りに回廊の端を目指す。
心持ちゆっくりと歩みを進め人気のない柱の前で、サリュー·ターラン司令その人に呼び止められた。
この時を境に、自分にも魂が宿る道をたどるとは、宰相閣下でさえ思いもかけなかったのではないだろうか。
陛下の御心を掴み離さぬ魅了をお持ちになる方にお仕えする、本当の意味をまだ私は理解してはいなかった。
目に入れて下さった方が、どう思って下さったのだろう?ドキドキ
今日の暇潰しや気分転換になってたりしたら嬉しいなあと思っております。
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