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しかし驚いた様子だったのも一瞬のことで、ミリウスは言葉を続ける。
「なるほど。王子に婚約破棄された腹いせに、執事を連れ回していると」
「ミリウス殿下、失礼ながら今日は私がエヴェリーナお嬢様に頼んで来ていただいただけで……」
サイラスが口を挟もうとするが、私は止める。
「サイラス、いいのよ。連れ回しているのは否定できません。けれど婚約破棄された腹いせなんかではありませんわ。そもそもジャレッド王子に婚約破棄されたことなんて、もう全く気にしていませんの」
馬鹿にしたようなミリウスの顔は気にしないことにして、笑顔で言葉を返す。早く行ってくれないかなぁなんて思いながら。
「新しい男がいれば元婚約者などどうでもいいというわけか。それはそれは、公爵令嬢ともあろうものが節操のないことだ。少しはカミリアを見習ってはどうだ? カミリアはあまたの貴公子が求婚しても、兄上に一途だったぞ」
笑顔でいようと思ったけれど、つい顔が引きつる。
この男は一回目の人生では確かに、婚約破棄後もジャレッド王子が諦められない私に向かって、「振られたのだから潔く身を引くべきだ。執念深い女は恐ろしい」とか言っていたのだ。結局文句を言いたいだけなのだろう。
大体、カミリアが一途だなんて、本気で思っているのだろうか?
カミリアはジャレッド王子と婚約する前は、ミリウス王子をはじめそのあまたの貴公子とやらに愛想を振りまいて、代わる代わる逢瀬を重ねていたような気がするんだけれど。
一度目の人生では、王子との婚約後も影に隠れるようになっただけでそれは変わらなかった。今回も多分同じだろう。
けれど、ここで口に出すことでもないと思い、言葉を呑み込む。
これ以上話を続けると向かいの席で何か言いたげに肩を震わせているサイラスに我慢の限界がくるかもしれない。無難に切り上げるべきだ。
「それはよろしいことですわね。きっとジャレッド王子とカミリア様はこれからも仲睦まじく過ごされることでしょう。ミリウス様も、以前はカミリア様ととても親しくしておいでだったのに、婚約が決まったらお兄様とカミリア様との仲を応援して差し上げるなんて。心が広いのですね」
穏やかな口調でそう告げる。
しかし、ミリウスを多少おだてて早くこの場を離れてもらおうなんて考えたのがまずかった。カミリアと親しく、と言った瞬間からミリウスの顔はどんどん歪んでいった。
あ、これは失敗したかも、と思った時にはもう遅く、ミリウスはテーブルの上のグラスを手に取ると、躊躇なく私に水を浴びせかけた。
「馬鹿にしているのか!? カミリアと俺はそんな仲ではない! 彼女は俺を利用してなどいない!!」
「ミリウス様! 何をなさるんですか!! お嬢様はそんなこと言っていないでしょう!?」
サイラスが立ち上がってミリウス様の腕をつかむ。ミリウスの二人の従者は焦った顔で一人はミリウスを、もう一人は今にもミリウスに掴みかかりそうなサイラスを止めている。
水滴が頬を伝ってぽたぽたと落ちる。
私は頭から水を浴びせかけられるような失言をしたのだろうか?
「ふん、無様な姿だな、エヴェリーナ。皆、お前のことを王子に婚約破棄された哀れな女だと話しているぞ。強がってこたえていないふりをしているようだが、いつまで持つか」
「ミリウス殿下! これ以上お嬢様に無礼な発言をするなら公爵家から王家へ抗議を入れますよ!?」
「公爵家から抗議? 本当にそんなことができるのか? アメル公爵はエヴェリーナが婚約破棄されたと知ると、一切かばうことなくカミリアに対しての非礼を詫びて、王家が望むなら娘とは縁を切るので許して欲しいと懇願しに来たそうだが……」
ミリウスは冷たい目で私を見下ろしながら言う。
「王子に捨てられて、親にまで切り捨てられ、本当にかわいそうな女だな」
何となく察しがついた。
ああ、ミリウスは私にダメージを受けていて欲しかったのか、と。王子に婚約破棄されて、社交界での立場も悪くなり、親にまで見捨てられたかわいそうな女であることを望んでいたのだと。
それは、おそらくミリウス自身がジャレッド王子とカミリアの婚約にショックを受けているのが原因だろう。そうでなければ私の何気ない一言にここまで激昂するはずがない。
カミリアは、ジャレッド王子以外ではミリウスと特に親しかった。
何度も二人で出かけるところを見たし、王宮の庭でカミリアがミリウスの腕に手を絡めて歩く様子は、ただの友人同士には見えなかった。
それが突然、公の場でジャレッド王子とカミリアが婚約を宣言するのを聞かされたのだ。
憤っても兄や愛するカミリアに感情をぶつけるわけにはいかず、王子に婚約破棄されて自分以上に哀れな立場になった私を蔑むことで溜飲を下げようとしたのだろう。
「ミリウス殿下、お嬢様に謝罪してください。思い通りに行かなかったからと言って、お嬢様をあなたの癇癪に巻き込まないでください……!」
「どういう意味だ? まるで俺が駄々をこねているとでも言いたげじゃないか」
サイラスの言葉にミリウスの頬が引きつる。このままだとさらに暴走しそうだ。