③
アメル公爵邸に戻ると、私はベッドの上に倒れ込んで枕に顔をうずめた。
馬鹿みたいだ。喜ばれもしないものを何日もかけて作って、社交辞令のお礼を真に受けてはしゃいで。とてもみじめな気分だ。
「……そうよね……。ジャレッド様の周りには最高級の品がいくらでもあるんですもの……。押しつけがましいことをした私が悪いのよ……」
自分に言い聞かせるようにわざと声に出してみるが、気持ちはちっとも晴れなかった。
私はぐすぐす言いながら枕をぎゅっと握りしめる。
「うぅ……。この悲しみは一人では抱えきれないわ……」
そう呟いて、顔を上げる。
そうだ、サイラスに慰めてもらおう。
サイラスなら、無神経な私の家族と違って王子にそんなものを渡したお前が悪いなんて責めてくる心配はない。きっと私以上に悲しんで、お嬢様は悪くありませんと励ましてくれるはずだ。
私は早速使用人寮のほうに向かった。
使用人寮への出入りは禁止されているけれど、私はろくに守っていない。けれど、一応人に見つからないように忍び足で歩く。
使用人寮の二階につき、サイラスの部屋を見つけるとノックした。
「サイラス!」
「お嬢様?」
外から声をかけると、中から驚いたような声が返ってくる。すぐさま扉が開いて、サイラスが顔を出した。
「お嬢様、またいらっしゃったのですか? 旦那様に怒られてしまいますよ」
「サイラス―」
涙目で手を掴むと、サイラスはぎょっとした顔をする。
「どうしたのですか!? なぜ泣いてるんです? 何かあったのですか!?」
サイラスは顔を青ざめさせて言う。
「中に入ってもいい?」
「はい、けれど、本当に何が……」
サイラスは私が目を赤くしているのを見て焦ったのか、いつもはなかなか部屋に入れてくれないのに、今日はすんなり中へ通してくれた。
「お嬢様、どうぞおかけください」
「うん」
サイラスが椅子を用意してくれたので、言われた通り腰掛ける。
それから今日王宮であったことを話そうとして、ふと棚の上に置かれた籠が目に入った。
籠の中には、見覚えのある白い布が見える。私は棚のほうまで歩いていく。
「お嬢様?」
「これ、私の刺繍したハンカチ?」
近づいて見てみると、それはやはり私があげたハンカチだった。白い布に不格好なドラゴンが縫い付けられている。明らかに失敗作とわかる出来のものだ。
しかし、ハンカチは綺麗に折りたたまれ、丁寧に籠に入れた状態で棚の上に置かれている。
「はい、お嬢様にいただいたものです」
「こんなに丁寧に扱うことないのに……」
もともと処分してもいいと思っていたものだ。こんな風に大事に扱ってもらうようなものじゃない。
頑張って成功したと思っていたハンカチですら、ジャレッド様には迷惑がられてしまったのに……。
しかし、戸惑う私に向かってサイラスは少し照れたように言う。
「どれも愛らしいので、適当に扱うなんてできません。……きっと、お嬢様がひとつひとつ頑張って縫われるのを見ていたから余計にそう感じるのでしょうね」
その言葉を聞いて、胸がいっぱいになってしまった。
さっきまでの悲しい気持ちがどこかに消えていくのを感じる。もう慰めてもらう必要はなかった。その言葉で十分救われてしまったから。
私は思わずサイラスに抱き着く。
「わっ、お嬢様、使用人に抱き着いてはいけないと……」
「ありがとう、サイラス」
お礼の言葉が震えてしまう。嬉しいのに、なんだかまた泣きそうになる。
「お嬢様……」
「今度は失敗作じゃなくて、サイラスのために刺繍したのをあげるわね! だからそれも大事にしてね」
「そんな、お嬢様にお時間を取らせるのは申し訳ないです」
「私があげたいの! いいでしょ?」
そう尋ねると、サイラスは迷うように視線を彷徨わせる。それでも何度も作ってあげると繰り返していたら、ようやくうなずいてくれた。
私は早速、頭の中でサイラスにあげるならどんな刺繍がいいかしらと想像を巡らせる。
ああ、もう全然悲しくない。なんだかとっても幸せな気分だった。
番外編読んでいただきありがとうございました!




