⑥
ある時、客間に通されエヴェリーナと向かい合って紅茶を飲んでいると、彼女は少々考え込むように目を伏せた後で尋ねてきた。
「ねぇ、ミリウス様。自分も相手も同じことを望んでいるのに、相手が私に気を遣って遠慮しているときってどうしたらいいのでしょう……。私のそうしたいっていう希望を通してもいいと思いますか?」
「? 何か悩みごとか?」
「ええ。このまま押し通してしまっていいのか、ちょっと迷ってしまって」
この時は珍しく部屋にあの執事がいなかった。
毎回エヴェリーナの後ろで監視するように俺を見ているので少々うっとうしく、アメル公爵に持ってきた手土産を渡して欲しいと言って、半ば追い出すように部屋を去らせたのだ。
執事は渡された手土産とエヴェリーナを交互に見ると、エヴェリーナに向かって「何かあればすぐにベルを鳴らして呼んでください」と心配そうに言ってから、何度も振り返りつつ出ていった。まったく失礼な執事だ。
それはともかく、エヴェリーナが俺に悩みごとらしきものを相談してくれた。
そのことに感動し、俺は張りきって答える。
「なんの話かわからないが、エヴェリーナもその人物も同じことを望んでいるのだろう? それなら迷うことないではないか。お前のしたいようにしたらいい」
力強くそう言ったら、エヴェリーナの目がぱっと輝いた。
「そう……、そうですわね!」
「ああ、よくわからないが、きっとそうだ」
「ありがとうございます、ミリウス様。なんだか気分が晴れました。私、したいようにすることにします!」
エヴェリーナは満面の笑みで言う。
そんな笑顔を向けられたのが嬉しくて、俺はうんうん満足気にうなずいた。
思えば、切なげな顔で相手も、なんて言葉を出してきた時点で、察するべきだったのだ。
数日後、エヴェリーナのほうから家に来ないかと誘われた。初めて彼女のほうから誘われ、舞い上がった俺はいつもより大量のプレゼントを用意してアメル公爵家へ向かう。
そこで、衝撃的な言葉を告げられた。
「ミリウス様、今日は報告があるんです。実は私、サイラスと結婚することになりました!」
エヴェリーナは頬に手を当てて、心底嬉しそうな顔で言う。いつもの通り彼女の横に張り付いている執事は、照れたように目を伏せている。
「け、結婚……?」
「ええ! お父様、はじめは反対してたんですけれど、しつこくお願いし続けてたらついに許してくれたんです! サイラスは最初私にはもっと良縁があるからって遠慮してたんですが、私がそうしたいって言ったらやっと受け入れてくれて」
私がそうしたい、遠慮、以前聞いたような言葉が再び、今度はとても楽しそうに彼女の口から飛び出してくる。
いや、エヴェリーナと執事の噂は知っていたし、王宮で執事を悪く言われ激昂する彼女の姿も見ていた。二人の関係を予想しなかったわけではない。
しかし、身分差のある二人の結婚がこれほど早く決まるとは思っていなかったのだ。
「エヴェリーナ、あの……」
「ミリウス様には直接会ってお礼を言いたかったんです。前に相談したとき背中を押してくれたでしょう? 私、とても元気づけられました。ありがとうございます」
エヴェリーナは照れたような、とても可愛らしい笑顔でこちらを見る。
執事のサイラスが、横から遠慮がちに口を開いた。
「ミリウス様。私からもお礼を言わせてください。お嬢様から、私とのことをあなたが応援してくださったと聞きました」
「え、いや、応援というか」
「私はすでに心を入れ替えたあなたに失礼な態度ばかり取っていたのに……ご厚意をありがとうございます」
サイラスはそう言って深々と頭を下げる。
待ってくれ。誤解だ。俺は応援した覚えも背中を押した覚えもない。
あの時エヴェリーナは具体的なことは何も言わなかっただろうが。
目の前のエヴェリーナは頬を緩めて心底幸せそうに笑っている。その顔を見ていたら、邪魔しようだとか、うまくいかなければいいとか、そんなよこしまな思いは出て来なくなる。
思えば、サイラスとかいうこの男は、常にエヴェリーナの味方だったな、と思い返す。
俺がレストランで彼女に言いがかりをつけたときも、あの暗殺未遂を疑われた場面でも、何の後ろ盾もないくせにずっとこの男は彼女を守ろうとしていた。
エヴェリーナを見るサイラスの目は愛情に満ちていて、俺にはとても敵わないと思わされる。
「……よかったな、おめでとう。エヴェリーナ。それとサイラス」
動揺を押し込めて、何とか言葉を絞り出す。
「ありがとうございます、ミリウス様!」
「ありがとうございます」
二人揃ってお礼を言われ、何だか不思議な気持ちになった。
大分ショックを受けているはずなのに、なぜだろう。痛みと同時に、温かい感情が胸に広がっていく。
晴れやかな気持ちすら感じるのはどうしてだろう。
「おめでとう、幸せにな」
もう一度そう言った。今度はちゃんと心を込めて。
それを聞いたエヴェリーナが再び幸せそうな笑みをこちらに向けてくれたので、俺も仕方なく笑って見せた。
終わり
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